君指 | ナノ


あまりに私が渋るものだから何度か試しにリトライして貰ったが、結果は散々。ある一定の段階で私のポケットに鍵が戻って来てしまうのだ。

「やだ……もうやだ……」
「まーまー、そもそも外ではあいつらに見つかんないように進むから元気出せって」
「でも見つかる時は見つかるんだよ?私さっきので限界だったのに……毎日走っとけばよかった!体力がもたない!」
「そん時は俺が気合で抱えて走るって」
「何言ってんの高尾君。女子高生なんて成人女性とほぼ変わらない重さなんだよ?人間1人抱えて走るなんて軽々しくできるものじゃあないんだから」
「なまえちゃん急に冷静に分析するよなー」
「そりゃあ命がかかってますから……」

親身に話しかけてくれた高尾君は気を使って明るい声で接してくれるのだけれど、ごめん、ほんとそれでも私は立ち直れそうにない。

「とは言えこのまま閉じこもってる訳にもいかねぇだろ」
「笠松先輩のおっしゃる通りです。みょうじ」

私が騒ぎはじめたあたりから遂にさん付けを無くした、いや同じ年だからいいんだけど、そんな赤司君に促されるように体育館を恐る恐る出る。
真ん中に配置されたのが不幸中の幸いだ。映画とかだとこういう時って一番後ろの人が危ないしね。
とは言え静寂に包まれた校舎が怖いことには変わらずこっそり前にいる花宮先輩のジャージのほんとまじ端っこ少しだけ摘んでたら、後ろにいた高尾君が捕まってていいよと腕を差し出してくれた。

「ありがと」
「お前体育館でもこれくらい静かにしとけっつの」
「だって今は話し声で居場所バレたくないし」
「ふはっ、このビビりが」
「くそービビりはよく生き残るんだからな」
「いや、大抵ビビりまくってる奴は中盤でやられるだろ」
「…………確かに」

小さく隣で吹き出した高尾君が、寒さが耐えきれない時みたいに小刻みに震えだした私を苦笑ながらに宥める。
まずはまだ探索してない場所、そこで鍵に関するものを見つけられなかったらみんなが既に見て回った場所を改めて覗きに行く予定だ。体育館から近い場所はほとんど見回り済みなので、自然と目的地は遠い教室ばかり。

「まずはみょうじのいた此処からだね」

私がいた3年2組の教室は閑散としている。入ってすぐ、廊下側の壁。此処で嫌な足音のようなものを聞いて暫く丸くなっていた。

「みょうじは前方、笠松先輩は後方の扉の側で見張りをお願いします。後は各自探索で」

言わずともさっと分担して机や棚を探し始めた3人を横目にドアの側へ。鬱々とした明るい廊下を見つめながら大きくため息をついた。
見張りだなんて、最初に怖いものを見る羽目になるし、発見が遅れたら私の責任みたいになるし。けれどきっと私を信用できないから探索はきっとさせてくれない。

"あんた何でここにいんの?"
"とにかく俺の先輩にも友達にも近付かないで欲しいっスね"

煩いばーか!ばぁーか!!!
そりゃ怖いのも分かりますよ?先輩とか友達のこと心配するのだってわかるけど、あんなあからさまに敵視しなくたっていいじゃん!せめてもっとこう、赤司君みたいにさり気なく警戒する感じでいいじゃん!!
ちくしょう、悔しくて視界が滲んできた。頬杖をつくようにしてそっと目元を拭う。

「特にねぇな。さっさと次行くぞ」
「……」
「なまえちゃん、大丈夫?」
「うん」

高尾君が廊下の様子を伺いながら戸を開け、すぐ隣の3年3組の教室へするりと入り込む。生徒の私物が無いせいだろうか、見渡した限りここも隣の教室とさして代わり映えはしない。
先程と同じように黒板側のドアの前でしゃがみ込む。うーん、スカートのせいか落ち着かない。かと言って座り込むとすぐに動けないし、立つといざという時に外から見えてしまう。

(誰かジャージ余分に持って……ないよね。バッグ持ってる人いなかったし)

「チッ、またはずれか」
「俺もねぇな〜」

いきなり成果が出る訳ではないと思っていたけれど、少し疲れた様子の2人に不安になる。スカートのポケットに入れた鍵を手で確認しながら、けれど一体何の鍵かも分からないまま。


ひた……


「っ、おとが」
「!」

私の呟くような声に一斉に身を低くする。気のせいでは、ううん、気のせいですように。祈るようにがたがたと震えている手を握りしめる。

ひた、ぺちゃ、ひた、ぺちゃ、

ああ、あの時と同じ足音だ。
足をつけ、離す。もう片足をつけ、離す。確実に歩みを進める音。けれど恐怖で頭がくらくらしているのかどちらから聞こえるものか分からない。

笠松先輩と視線を合わせ、私は静かに教室の奥の方へ。教卓の向こう側へと身を隠すと、入れ替わるように廊下側の壁で身を隠した高尾君と笠松先輩がバットを構えた。

びたんっ、ともがんっ、とも取れる近くで大きい音がする。暫くするとまた足音。一体何の音なのか。

「っ」

ぎゅうっと口を押さえつけて息を止める。花宮先輩が何かジェスチャーで壁際の2人に伝えていて、赤司君もときおり私に視線を寄越しながら廊下へ目を向けている。何もできずに私はかたかたと震える体を更に小さく丸め込むが、努力も虚しく足音は教室の前で止まった。

がんっと、教室の戸に衝撃が走る。びくりと肩が震えた。ぎゅっと閉じた目から涙が零れおちた。
何も、何も音がしない。きっとまだ、あれがドアの窓から教室を覗いている。半分皮膚のずるむけになったような、あの顔が。探している、私達を。
5分、10分……とても長く感じたけどって実際はそれくらいなんだと思う。時間が経ってからドアを離れて廊下を歩く音再び聞こえた。次に教室を覗き込む音がしたのは明らかに隣の教室で、少し力の抜けた腕を持ち上げて顔を拭う。

けれど、全ての教室を身終えたらまたここの前を通るかもしれない。まだ気は抜けない。何とか目を開いて、廊下の音に集中する。

(違う階に行った……?戻ってきてる?音が、遠くに行ったっきり聞こえない。もしかしたら廊下にいるかもしれないし)

ひたすら教室の床を見つめていると、肩を軽く叩かれた。同じくしゃがみ込む赤司君が行こう、と小さく耳打ちする。
ここで行きたくないなんて言ってられないから無理無理頷くと、優しく頭を撫でられた。初めて会った時みたいに手を回して私をフォローしながら移動してくれる。ありがとうございます、本当ありがたい。

「おい笠松、様子は」
「離れすぎて何も聞こえねぇよ。まだこの階にいるかもな」
「チッ、くそが」

外の様子を伺う高尾君も首を横に振る。

「仕方ねぇ、行くか」
「そうですね。このままじっとしていても仕方がない。みょうじも行けるか?」
「うん」

今にも腰が抜けそうで力の入らない足に爪をたてる。大丈夫、走れる。止まったら終わりだ。
先頭に立った高尾君が静かに戸を開け、廊下に出る。音が消えていった方向を見て、逆方向を見た。ということは廊下にはもう何もいなかったのだろう。
手招きされるまま私達も教室を出て隣の空き部屋……生徒指導室や進路相談室のような部屋だろうか……に体を滑り込ませた。



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