君指 | ナノ


がたがたと人間マナーモードかと突っ込みたくなるぐらい体が震える。口元を強く押さえてぼろぼろ溢れる涙を拭いもせず、ただただ壁際に座り込む体を一層丸くさせた。

ぺちゃ、ぺちゃ……と嫌な足音がこの教室を通り過ぎたのは暫く前のことだ。
校舎内はどこもかしこも煌々と人工的な明かりが照らしているのに、打って変わって外は辺りが全く見えない程の暗闇。
意味がわからない。訳がわからない。何も、何でこんな目に。私はただいつもみたいに学校に行って帰ってご飯を食べて寝ただけなのに。

怖い、立てない、何も考えたくない。
ぐずる自分の顔をごしごし擦ってポケットのティッシュで鼻をかむ。悪い夢なんだ。このまままた寝てしまえば、起きた時はきっと

「っ」

ふと足音がした。普通の足音が沢山、続いてガラッと遠くの部屋の教室を開ける音。
体をまた強張らせていると、今度は声がしてどっと力が抜けた。だってそれは普通の話し声で、ああきっとさっきのは夜の校舎を怖がった私の幻聴か何かなんだろうと言い聞かせて立ち上がる。
分かってる、まず家で眠りについた私が知らない学校にいる時点でおかしいと。でももしかしたら、夢かもしれないんだし、1人は嫌だ。

そっと教室の戸を開けると、それでもからからと音がして、そのせいだろうか向こうの集団の音がピタリと止んだ。
恐る恐る廊下に足を踏み出し、覗き込むようにさっきの音の方へ顔を向ける。

「ひっ…………ひと、だぁ」

随分とバラバラだけどジャージを着た、運動部の男の子みたいだった。私の間抜けな声が静かな廊下に、恐らく彼らにも届いただろう。
面識のない私がいきなり出てきたからか、顔を見合わせ合う彼らの元へ足を進める。

「あっあの、すみません」
「おい」

けれど、緩みきった私の心とは裏腹に彼らは厳しい表情を浮かべていて、金髪のオレンジのジャージの人が低い声を私に向けて発した。
え、なに。怖いんだけど、まさか、ヤンキー的なやつ?

「なっ、なんですか」
「お前は誰だ」
「だ、誰?あっああ。すみません、私ここの学校の生徒じゃなくて、みょうじと言うんですが。変なことを聞いて申し訳ないんですがここって何処ですか?」

着ている制服がこことは違うものだったからだろう、質問に答えようやく気になっていた問いを投げかけると、彼らの表情が困惑に満ちたものへ変わる。
…………制服?
ふと体を見下ろす。

いつも高校に着ていくブレザーと校内履き用のスニーカー。いや、いやいや今はそれより早く家に帰ろう。

「お、お兄さん達ここの学校の方ですよね」
「……、〜」
「…………。……」
「あの」

何かしら話し合った素振りを見せた彼らが、結論に至ったのか暫くしてから私に向き直る。話しかけてきたのは赤い髪の人だった。

「詳しい訳は後で話すからちょっとついてきてくれるかな」
「えっ……ついてくって、ど、どこにですか」
「体育館だよ」

半歩後ろに下がる。私は家に帰りたいだけだ。なのに彼らは様子が少しおかしくて、しかも体育館についてこい、詳しいことは後で話す……怪しすぎる。今の時点でも怪しいけど、このまま近付いたらガタイのしっかりした男の子が数人、何かあって抵抗してもかなうわけがない。

「おい、さっさと行くぞ」

金髪の人の声に肩が跳ねる。
怖い、何かおかしい。

「宮地さん、俺が。……みょうじさん、俺は洛山高校の一年、赤司征十郎だ。そちらに行っても構わないかい?」
「…………はい」

赤司と名乗った彼は1人私の方に足を進めると、腕を伸ばしても届かない位置で立ち止まった。

「初めまして。恐らく君は今とても不安だろうし、初対面の僕らに不信感を抱いているのかもしれない。ただ僕らも訳あって外に出る方法を探しているところなんだ」
「外に出る……鍵を閉められちゃったんですか?」
「少し込み入った事情があってね。俺達はバスケ部で、学校が違う者は別のジャージを着ている。体育館に他の部員や女子マネージャーも待っているんだが、一緒に来てくれないか」
「それなら、分かりました。行きます。歩きながら事情を聞いても?」
「ああ」

彼の言う内容を聞いて納得した。色んな学校のバスケ部の人がいて(合同練習かなにかだろうか)、その彼らが訳あって閉じ込められてしまったから校舎で人を探してた。成る程そういうことか。
他の人、3人と合流して一番後ろを赤司君と並んでついていくと不意に彼がまた口を開いた。

「先にこちらからの質問をしてすまないが、みょうじさんはなんでここに?」
「あー、えっと……へ、変な話かもしれないんだけど。き、気付いたらというか」
「さっきの教室にいた、ということか」
「な、なんか変だよね!家で寝たと思ってたんだけど、夢遊病なのかな……」
「それは夢遊病ではな、っ静かに」

思わず私も口を押さえてしまったが、一瞬で緊張感を漂わせるみんなに困惑する。隣にいる赤司君はどこかに感じた気配を探るように目を動かしていた。

「……」

ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃ

微かに聞こえたのはさっきと同じ音。ばっと振り返った先、私達が歩いて来た廊下の向こう。

「ぁ」

それ以上声が出てこなかった。
それは成人男性の影だった。人体模型、と言い切れない。半分、血管や筋肉、臓器の剥き出しになったそこは滑っていて、妙に生々しい。足元には黒っぽい液体が足跡となって残っている。

「走れ」

赤司君が私の肩に手を回すと同時に囁いた。静かなその声を合図にみんなが一斉に走り出す。私も体全体を抱えるように腕を回されたまま前へ前へと押されるものだから必死についていくしかない。

びちゃびちゃびちゃびちゃ

後ろにはさっきよりも速いテンポで音が聞こえてくる。何あれ、なに、な、なんなの。走らなきゃ、でもどこに?みんな足が速い。私なんで、

「はっはっ、ひっ」

恐怖と焦りで呼吸が乱れる。ちらりと後ろを、見てしまった。嫌だ、やだやだやだ。走ってる、よく分からない何かが、音は全然速くないって思ってたのに助走する時みたいに、ぽんぽんと跳ぶような勢いで、

「前だけ見て」
「ぅっ、」

時折もつれて崩れ落ちそうになるのを赤司君が引っ張って、背中を押してくれる。一階だけ階段を降りると長い廊下の校舎から渡り廊下へ、ああ、体育館の明かりだ。
水色の髪をした子と黒髪の子が体育館の扉を開けて待っている。ばたばたと大きな足音と共に、ドアを開けてくれた彼らを追い越すように体育館に踏み込んだ。

「あぶな、」

赤司君の腕の中でするりと反対を向いて後ろにいるドアを開けていた2人の方を向く。伸ばしかけた手は、中途半端な場所で止まった。

「え?」

追いかけて来ていたそれは、いつの間にか踵を返すように渡り廊下を校舎に向かって歩いていた。後ろから見てもグロテスクなその姿が閉じたドアで見えなくなり、呆然と座り込む。

「あの、大丈夫ですか?」
「っ」

ぱっと見るとさっきの水色の髪の子が私の前にしゃがみ込んでくれていた。

「だ、……大丈夫じゃないですぅうううう」
「えっ、な、泣かないで下さい」
「う、だって、ぐろいしごわいぃ……ひっぐ、ぅ」
「あーほらほら、取り敢えずここは安全だから。大丈夫だって」

ぽんぽんと違う人の声と頭を撫でる感触がして、慌てて涙を拭き取った。

「ありがとうございます……あ、赤司君もありが、……」

ここまでなんとか走ってこれたのは彼のおかげだ。本当にお礼をしてもし尽くせないほど、そう思い振り返った先で、どう致しましてと言う彼の後ろにいる沢山の生徒。その視線がびしびしと刺さってくる。

「疲れてる所悪いが、皆の前で自己紹介をお願いしてもいいかな」



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