君指 | ナノ




「うーん、てことはこの鍵もまた......」
「浮かび上がる条件は、」

ああでもない、こうでもないと討論する声が遠のいては、首を振って意識を起こす。
あれから1度体育館に戻ったが、慣れないことばかりだったからか体は疲れきっていた。

「みょうじさん」
「っ!はい!ぁ、ごめんなさい、えっと」

泣き黒子が特徴的な人に声をかけられて肩が跳ねる。しまった、今なんの話をしていたっけ。
きょろきょろと見渡せば、彼はにこりと微笑んだ。美人な顔立ちのせいで勝手に圧を感じてしまう。

「大丈夫、気にしないで」
「少し休もうって話しとったんや」

年上組にずばり言い当てられて仕舞えば拒否する理由もなく、じゃあ少し寝たいです、と呟いた。きっと、また連れていかれるんだろう。ならそれまではゆっくりしたい。
断ってとことこと体育館の端に寄った。いつもなら床なんて硬くて無理だけど、今ならすぐに眠りに落ちることができそうだ。
一度腰を下ろせばあとは崩れ落ちるように、少し乱暴に頭と床をぶつけ合う衝撃があったけど、すぐに意識はなくなった。





「さて、彼女の件だが」

早々に寝入ったのを確認した赤司が話を切り出す。恐らく相当な疲労がたまっていたのだろう、結構な音を立てて床に崩れ落ちるように寝た彼女について。
自分達にとってはこれもまた重要な話だ。全員がじっと、眠りに落ちる少女を見つめた。

本題を切り出した当の本人は、そんな彼女にふわりと自身のジャージを被せると口を開く。


「彼女のことは、信用しても問題ないと思っている」
「へぇ。その根拠は?」
「まずここを出てからの彼女の態度に嘘も怪しいものも感じなかった。少なくとも足を引っ張るような行為もなく、反応も正常なものだ」
「それだけで信用するの?」
「少なくとも今ここにいた彼女に関しては、ね」
「随分含みのある言い方だね」
「道中気になる話を聞いたんだ」

同意を求めるようについ、と赤司が花宮へと視線を向ける。あからさまなため息をひとつ、彼は彼女自身が感じたという異変について一部始終を話した。
もちろん、恐怖による思い込みかもしれない。だがそれだけで片付けるには不安を感じる話でもある。
ざわつきは収まらず、その中でただ眠り続ける彼女に向く視線もまた様々だ。


「あの」

そんな中澄んだ声が響く。
文字通り誰にも気付かれない彼の声は不思議と皆の耳に滑り込み、辺りは僅かに静かになる。

「僕はーーー」







小さな振動を感じて体を捩る。

「起きてください」
「ん......」

聞き慣れない声のせいか瞼はパッチリと開き、とたん入り込んだライトの刺激に瞬きを繰り返す。

「えーっと、くろこ、くん」
「名前、覚えてくれたんですね」
「そりゃあ最初、助けてもらったし。みっともなく、泣きついてしまったので......」

確かけっこう胸ぐら掴む勢いでわめき散らしてしまった気がするな、とさっと視線をそらせばくすりと笑う気配がした。うーん、なんかいい子。


「私どれくらい寝てた?」

上半身を起こして体育館の時計に目をやる。が、あいにく寝た時の時間を見ていないから意味のない行為だと気づいた。

「どうでしょう。あまり経っていないようにもおもいますが」
「そっか。あ、あとこれ......」

足元にかけられたジャージにはRAKUZANの文字が入っている。学校名が全く覚えきれていないけれど、このカラーリングは確か赤司くんが着ていたやつだ。


「これって赤司くんの、」
「赤司くんのジャージです」

学校のやつだよね、と言い切る前に答えが返ってくる。

「まさか私が寝ぼけて追い剥ぎのような真似をしたりとか、」
「彼が自分からかけたものですよ」
「気遣いの塊......」

人間出来過ぎててこっちが申し訳ねぇ、なんて心の中でぼやきながら簡単に畳んだそれを手に体育館内を見渡した。

「赤司くんは」
「ここだよ」
「っ!!?」

あれ、見当たらないな、と黒子くんに尋ねようとした瞬間、馴染みある声と共に気配なく肩を叩かれた。思わず距離を取ろうとして足をもつらせた体は、よたよたと何歩かよろめいて立ち止まる。振り返った先では2人が目をぱちくりと瞬かせていた。

「ご、めん......びっくりしちゃって」

そう言って謝るが、なんだかいつもよりパッとしない反応の2人に首を傾げる。何かおかしな反応をしてしまっただろうか?

「その、いつもと逆だと感じてしまって」
「逆?」
「奇遇だな。俺もだ」
「えっ、なにが」
「僕、人より影が薄いのでいつも声をかけるまで気付いてもらえない事が多いんです」

それでよく驚かれるんです、と呟く黒子君に事の次第を把握する。確かに赤司君はこのメンバーの中でもとても、こう、目を引く人物のイメージがある。

「でもみょうじさんはこの体育館に来た時も僕らの事を気にかけてくれました。ありがとうございます」
「来た時って......え、体育館駆け込んだ時のこと?ごめん、全然そんなことした記憶が」
「いいや。ここに足を踏み入れた瞬間、ドアを開けて待っていた黒子達の事を気遣うそぶりを見せていただろう?」


先もだから君を信用していると離していたよ、と告げられ目を丸くして黒子君を見つめてしまう。彼は確かに目を引くタイプではないけれど、澄んだ雰囲気の人だ。


「黒子君、ありがとう」
「いいえ。思った事を口にしただけですから。みょうじさんこそ、危険を冒してまで探索をして下さってありがとうございます」
「いやいや、私も助けられてばかりでして。とんでもない」

ぺこりぺこりと互いに頭を下げて、彼が去っていく。私彼が完璧に背中を向けたのを確認してから、にこやかに振っていた手とにっこりと浮かべていた表情をピタリと止め、ぐりんと赤司君へと顔を向けた。


「あ、あの子、大丈夫なの?」
「大丈夫って言うのはどういう意味かな」
「えっと、その、なんていうのかな......ん〜〜うまく言葉に出来ない語彙力の低さ......。なんかこう、いま私が思っていることは、大丈夫って言ってるけどおばあちゃんオレオレ詐欺に引っかかってしまうのでは!?的な気持ちに、似ています!」
「ふふ、そういう事か」
「うわ笑った」
「え?ああ、すまない。君の例えが的確だったからつい」
「あ、いやいや、私も笑われたことよりも赤司君がそうやって笑うんだなってつい口にしちゃっただけだから」
「まあ事が事だからね」
「ですよねぇ」

なんだか不思議だ。
赤司君はなんだか一緒にいると身の引き締まる思いがしていたのだけれど、今は不思議と穏やかな空気感で話す事ができている。きっと眠りこけるほど消耗している私に気を遣ってくれたのだろう。


「あ!そういえばこれ、貸してくれてありがとう」
「少しは休めたかな?」
「ばっちりだよ!明日は筋肉痛になりそうだけど......」
「確かにずっと走りっぱなしだったからね」
「おふたりさん」

声をかけてきたのは今吉さんだった。
要件は言われずともわかる。次の探索だ。
起きて割とすぐに呼びにきたということは、思ったよりも私は眠りこけていたのかもしれない。


「次は今吉さんが行くんですか?」
「ああ。赤司も来るんやろ」
「はい」

よいしょ、と足に力を入れて立ち上がる。赤司くんと今吉さん、今度はそのメンバーに黒子くんと泣き黒子の人で行くみたいだ。

「次の行き先は決まったの?」
「いや。まだ部屋番号が浮かび上がる条件が確定してない」
「取り敢えずは片っ端から当たって予定や。効率的やないが、あとはシックスマンの隠密がどの程度効くかやなぁ」


黒子くん


三日月型のような瞳を向けられた彼が頷いた。

(ああ、今度は彼が試されるのか)


私より身長もあるし、比較的筋肉もついている。けれどみんなの中にいると小柄で華奢な部類に入るように思うのは、単にサイズ感だけではなくその落ち着いた空気や繊細さを感じる挙動によるものなんだろう。
体型だけで言えば赤司君とも似通っているが、失礼ながらもし何かあったらと思うと不安はとても大きい。あんなにいい子だと知ってしまった今、尚更。

あっという間に情が湧いてることにも、もし彼が危険な目にあっても私の体は動かないだろうという予想にも、嫌気がさしてきた。


そんな私の様子を赤司君がじっと見ていることも、今吉さんがみんなの挙動を把握していることも、全部気付かないまま私は体育館から外へ歩みを進めた。



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