君指 | ナノ




「B教室か......」

なんとか危機を脱した私たちは、ぐるりと丸くなって小さな鍵を見つめていた


「Bということは複数の特別教室があるということでしょう。ここは学年ごとに階が異なっています。となると、」
「2階以上の階が学年ごとに振り分けられてる。可能性が高いのは特別棟、もしくは1階だな」

窓の外を覗いた
外を見ればなんとなく構造は分かる

特別棟というのはおそらく、体育館からいま私たちのいる校舎を通り抜けた渡り廊下先の建物だろう


「取り敢えず1階だな」

少しばかり忍び足で歩き出した私たち
先ほどの一件のせいか緊張感が先ほどより増したように感じる


「......」


さっきのあれは、恐怖のせいなのだろうか
私の感情から派生したかのように流れ込んだ声、自分の名前が他の誰かのように感じる違和感
きっと、気付いていたはずだ


「花宮先輩」
「あ?」
「さっき、私、変でしたよね」
「お前はハナっから変だろ」
「そうじゃなくて」


この話はもちろんここにいる全員に聞こえている。そして、茶化すように言葉を返していた花宮先輩は口を閉ざした
どんな顔を向けられているのだろう。怖くて前を行く赤司くんの背中を見ることしかできない


「さっき、すごく怖くて。なんでこんな目に合うんだろうって思ってたんです」

不意にガラス越しにあった、あの異形の目を思い出してぞわりと鳥肌がたった

「そしたら、その気持ちがどんどん大きくなっていって。私が怖がってるせいだって思ってたんですけど、なんだか段々怖いとか、つらいとか、その先に痛い、苦しいって」

確かに無理に走って体は辛かったし、足は痛かった。けれど、足はあのぶつけた瞬間の痛みだけで、それにそうじゃなかったのだ。あの感情は


「それで、名前を呼ばれた時も自分を呼ばれたように全然思えなくって」
「で?」
「で、と言われると......それだけなんですけど。一応、言っておこうかなって」


なんだかこれって私が一連の事件の根幹に関わってますって感じだ。もしかして何も覚えてないだけで私が何かしたりしてたらどうしよう。こういうゲームでだって、誰かが取り憑かれてるとか、別の人格とかあるわけだし。もしかしたら私も同じように......だとしたら私はここにいない方がいいのかな


「んっ」

突如、そこそこの勢いで背中を叩かれる

「じゃあ次そうなったら今度は俺がほっぺ引っ張ってやるな」
「え」
「みょうじさんは情報共有が早くて助かるよ。俺もどういう事なのかは考えておこう」
「......ありがとう」


呆然と呟いたあと、笑顔を作った


「そーゆーことだからさ、リラックスしなって」

にっかり笑って頭を撫でてくる高尾くん、向こうに私を安心させようと微笑んでくれる赤司くん


(優しいなぁ)


優しい、けれど
私はそれでも信用されていないのだろうと強く感じている。同様に私も彼らを信じきることはできない。でも、寄りかかりたい
とんだ中途半端さに自分で自分に呆れてくる


「怖いなら何か喋る?」
「黙ってくれた方が安心かな」
「賢明な判断だな」
「ああ」


そこから言葉はなく、ひたひたと校舎を歩く。何が起きるでもなく無事私たちは1階へと到達した


「あったな」
「ですね」
「特に中から音はしねぇな......」
「俺が鍵開けるぜ」


あまりに順調すぎて、見えない扉の向こう側に心臓がばくばくと音を立てる。とっさに悲鳴を上げてしまわないように口を強く押さえて息を止めた。


高尾くんが静かに鍵を回す。カチャリという音
そっとドアノブを回して奥へわずかに押し込む。

動かない

ということは危険なものは見えないのだろう。彼は視線をこちらにやってから扉を開けた


(普通の教材室じゃん)


特にホラー特有のやばいものが置いてあるわけでもなく、埃の積もった学習用の教材とか椅子とか、そんなものばかり
けれど鍵がここを示していたってことはここに何かあるはず


「俺はドアの横にいる」
「お願いします、笠松先輩」
「俺は窓の外見てんな!」

残った赤司くんと花宮先輩はさっさと手際よく探索を進めていく。なんとまぁ置いてけぼりもいいところ。

「わたし、どこ探せばよいです?」
「みょうじさんは何をしていても構わないよ。鍵を持っていたのもあるし、場所を決めず気になったところを見てもらった方が有効かもしれない」

俺と花宮先輩で端から調べることは済ませておくから、と口をにこりと持ち上げて赤司くんから告げられた
まだ探索していない部分も残っている上での言葉なのだから、多少は不信感が解けたのだろう。とは言え気になったところと言われても


くるりと部屋を見渡す、と言っても大して広くない部屋だ。壁一面の棚、隅に積まれた段ボール、端に机と向かい合わせになった椅子、止まった時計、窓際の花壇

「邪魔だ」

机の中を覗いていた花宮先輩が私にどけ、と顎で示してくるものだから慌てて動いた。うーん、手持ち無沙汰だ。
邪魔になったら、というかつい今邪魔になったけど。困ってしまって引かれたままの椅子に座って、やはり部屋を眺めた。


「おい、椅子にはちゃんと座れ」
「ひっ」


立ち上がった瞬間大きく揺れた椅子ががたん!と大きな音を立てた。
知らない男の人の声、横向きに椅子に座っていた私の右、ちょうど向かいの席に当たる位置から聞こえたそれにとっさに距離をとったが、あたりにはみんなの姿しかない。
私に視線が集まる。

「どうした」
「そっちの方から知らない男の人の声」

指差した先を見た赤司くんが失礼、と一言私が座っていた椅子に座る。呼吸の音が聞こえそうなほど張り詰めた空気。けれど彼は平然とした顔で誰もいない目の前を見つめている。

「何も起きないな......まだ声は?」
「しない」
「......みょうじさん、もう一度この椅子に座ってもらっても?」
「え」
「俺が横についている」
「、わかった」

そっと腰を下ろす。


「全く、人の話すときは体を相手に向けろ」

また聞こえた声にぴくりと肩が跳ねた。左手で右手の甲に強く爪を立てる。が、大丈夫という小さな赤司くんの囁き声に少し遅れる形でその左手が取られた。
ぎゅっと握られた体温をさにしがみつく様に指を折り曲げて、けれど視線は声のした正面を見つめ続けた。背中を冷や汗がつたう。


「おい、聞こえてるか?」
「聞こえて、ます」

呼びかけに応えると、少し影のような何かが見えたような。誰か椅子に座って、男の人......この人が喋っているのか。

「で、その進路希望表は?」
「進路希望表」
「ああ。その相談って言ってただろう」
「私の進路希望表、ですね。ちょっと待ってください」

どうしよう、目の前から視線を逸らすのが怖い。そんな恐怖とどうしようという戸惑いから動けずいると、とんとんと肩に振動がした後にプリントを渡された。
目を落とすと進路希望、らしき文字

「こ、これです」

机を滑らせたそれに、目の前の人物が視線を落とす

「第1希望は、就職か」
「第1希望は就職、?......あ、はい。そうです」

どう考えても第1希望欄に大学名が書いてあるけれど、そこは御構い無しだそうだ。

「言いたくないんだったらいいが、やっぱり家族のことか?」


就職の道を否定するわけではないが、進学の道を諦めなくても......そんな言葉を語りかけてきた。なんか普通のいい人って感じだ。

「せっかくだ、もう少し悩んでもいいんじゃないか?」
「はい。そうします」

何事もなく話は進んで、あまりにも強く握っていた赤司くんの手に加える圧も少し落ち着いた頃。

「そうだ、ちょっと手出せ」
「えっ」
「あ、いや、別に急に手握ったり変なもん渡したりしないからな」

何かもらえるとしたら、もしかしたら重要な手がかりになるかもしれない。けれど怖い。

ゆっくり手のひらを上にして机の上に差し出す。そこまでは良かった。けれど輪郭がさっきよりしっかりしてきたせいか、目の前の教師がポケットに手を入れたあたりから震えが止まらない。

怖い、今すぐ手を引っ込めたい。大丈夫、悪い人じゃない。きっと何か手がかりになるかもしれない。我慢して、やだ、我慢できない。


「これ」

どんなに集中してもその動きがゆっくりに移ることはなく、あっという間に手が重なった。
紙の箱、のような感触がして覆いかぶさっていた手が退けられる。

(キャラメル)


「気分転換には甘いものが一番だ。じゃ、気をつけて帰れよ」

向かいにいた人物が席を離れると、どっと開放感。よかった、何もなくて。

俯いて椅子を引くと終わったのかい?と優しく問いかけられる。こくりと頷いて手の上にあるものを見た。なんてことない、スーパーやコンビニで見たことのあるキャラメルの箱。
ずっと握られた手に、背中をさすってくれる温みに、安心したのかぽろりとこぼれた涙を拭った。


「ごめん、強く握りすぎちゃって。ありがとう」

目を合わせた彼は少し驚いた顔をして、そして綺麗な微笑みを浮かべた。そして2人同時に私の握ったキャラメルの箱を見つめた。
そっと箱を開けて中身を机に広げた。

カラン、

どう考えてもキャラメルのそれではない音がした。


「次の鍵か」
「まじかよ......」



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