鈍痛 | ナノ




「なまえちゃん!!」
「っ!?は、及川君なんで……え、部活は!?」
「早退!」

襟の辺りが内側に入り込んでしまったジャージを羽織って駆けてきた及川君は汗をかいたまま。持っているバッグも開きっぱなしだ。

「な、何かあったの?」
「取り敢えず目立つしこっち!」
「うわっ」

こっちはローファーなの分かってんのかこいつ。元バスケ部とはいえ短期間だったしだいぶ前のことだし、文句を含めて速い!と怒鳴れば慌てたようにごめんと返ってきて速度が落ちた。心拍を落ち着けながら青葉城西の爽やかなジャージを見つめる。手は繋いだままだし下手に噂がたったらどうするんだ。

「ねぇ、及川君」
「あとちょっとだから待って」

ぴくりと指先が跳ねた。呼び止める私の声が遮られたのはあの時と同じだから。大体なんなんだ。誰にだって落ち込む時期はある。だけどキスするとか、そりゃあ及川君ぐらいモテればついって事もあるかもしれないけれど、わりによって、私じゃなくたって。その癖自分ばっかり勝手に落ち込んだり避けたり様子を伺ったり。
及川君は顔立ちが整っていると有名だし女の子にも人気がある。だけど女の子達だって顔だけで選ぶほど馬鹿じゃない。彼がバレーに一生懸命なのを知っている。悔しがって泣くのも知ってるし、クラスメイトと凄くくだらないネタでふざけるのも知ってるだろう。貰ったものが食べきれない量なら皆で分けてもいいかと話してから受け取っているし、応援や差し入れを疎ましく思っていると話しているのを聞いたこともない。
捻くれてたって結局根はいい奴だから主将をやってて、人気者で。そんな人に気が弱ってたからって、好意とは無縁だと分かっていても初めてのキスを奪われれば意識しないなんて事の方が難しい。せめて落ち込んでいたからだって言ってくれれば良かったのに。あんな中途半端に逃げて、意識されて、気まずそうにもされて。
視線を下げて暫くすると足音が止まった。暫く様子を伺うけれどなんの反応もない。まただ。じぶんばっかりそうやって。
少しなんかこう、いらっとして手に力が入った。繋がれてた手はまるで及川君の手を強く握る形になって、途端にそれが振り払われる。他意はない。ただ手に力を込めてしまっただけで、でも勘違いしてしまうのも最もかもしれない。けれどだからって振り払わなくても。

「ねぇ、及川君は何がした……い、の」
「っ」
「え」

地面から持ち上げた視界に真っ赤な顔があった。夕暮れ時だけれど、それだけじゃない。一目でそう分かってしまうような顔。

「ご、ごめっ……ちょ、たんま」
「…………」

つられるようにこっちまで顔が赤くなる。友達が居たら柄じゃないって言われるかもしれないけど私だって女の子だ。人並みに照れたりもする。なのに後ろを向いてしまった及川君は一向に向き合う気配がない。

「及川君」
「な、に」
「部活早退してまで来たんでしょ。ちゃんと言ってよ」
「お願いだからちょっと待って」
「早く言ってよ」

私が待ってって言った時は無視したくせに。勝手にキスしてきたくせに。

「ほんと、今は来ないで」
「っ来ないでって何なの!」
「あーもう!!」
「っ!?」

いいからこっちを向いてさっさと話せと怒鳴ってやろうとして腕を掴んだ瞬間揺れたのは私の体の方だった。まだ微かに覚えのある、抱き締められる感触。

「何て言えばいいかずっと考えてた」
「ちょ、……ここ公園!」
「俺が好きって言ってもそう思いたいだけだって言われると思った」
「すっ……な、あ」
「でも好きなんだよ。どうしてもあの時柔らかかったなぁとか暖かかったなぁとか思い出しちゃうし!背中を見つける度に追いかけて思いっきり抱き締めてまたキスしたいなって思っちゃうし!つい衝動的に近付いてもすぐ冷静になって何言えばいいかわかんなくなるし距離を置けば置いたでなんかこうそわそわするし!!」
「っ何言って、ちょ、待って。えっ……は、!?」
「だから俺はなまえちゃんが好きなの!!」
「おっ大声出すな!一回はなしてってば!」
「無理!」
「なんで!」
「今ちょっとでも離したらなまえちゃんに無理矢理キスしそう」
「っ」

一体どうなってる。私は、え?私が、違う、及川君が、好きで。え、私のことを。いやだってあの時キスしたのは、好きとかじゃなくて、

「もっとなまえちゃんと話したい。でも今までのままじゃきっと俺我慢できないと思うんだよね。だってさ、今日の差し入れ。岩ちゃんに渡すぐらいなら俺が……いざとなれば偶然装って食べれないようにボール当てちゃおうかと思ったんだよね。俺の知らない所で岩ちゃんと話して差し入れ頼まれたって考えたら腹立ってきた」
「お、及川君、待って、ほんと、キャパオーバーするから」

背中に回っていた腕がさらに強くなる。屈むようにして埋められた顔がどう考えても近くて、肘を曲げたまま及川君の胸板に押し付けられている腕はびくともしない。

「好きだ」
「き、聞いてる?」
「好きだ。なまえちゃんのこと」
「及川、君……っ」
「飛雄に会ったって聞いた時は凄く焦ったんだよ。ツーショットだってずるいって。きっと飛雄にコンプレックスがあるからだって思ったけど違うんだ。知ってる?今日なまえちゃんが体育館に来てすぐ話してた後輩にまで嫉妬したの」
「お、おねが……ほんと、もう」
「だって俺はあれからずっとまともに話してないのに笑顔向けられてさ、ありがとうって言ってたでしょ。全部見てたし聞こえてたんだ」

なんでこうなってるの。怖いくらい延々と話し続ける及川君が何を言っているのか段々理解できなくなっていって、でも言ってることはなんとなく分かっているから心臓も顔もどんどん熱くなるばかりで肩が強張る。

「っ及川君!」

彼の耳元でやっと声を張り上げると堰を切ったように溢れ出ていた言葉がやんで、少し拘束が緩くなった。熱かったその接触点に空気が入って少しだけ体を震わせる。そっと胸板に置いた手を押してみるとゆっくり体が離れていった。

「なまえちゃん」
「っ知ら、ないよ……そんな、の」
「なまえちゃん、こっち向いて」
「だってあの時は、寂しいとか、不安とか、っ」

下を向く私の両頬に手が触れる。こんなに熱いのに表面は冷たい頬にゆっくり体温が溶けていく。振り払わなきゃ。振り払わなきゃ見られてしまう。こんなに真っ赤になって情けない半泣きの顔を。なのに手は及川君を押した時の位置で彼のジャージをくしゃくしゃにすることしか出来ないままでいる。無理矢理というにはあまりにも優しく持ち上げられた目が絡み合った瞬間、及川君の目元が悩ましげに細められた。

「そんな可愛い顔するなんて、ずるいよ」

少しずつ距離を縮めながら及川君が言った。ずるいのは自分の方のくせに。

「ねぇ、なまえちゃん」
「、」
「好きだよ」

あ、逃げられない



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