鈍痛 | ナノ



月曜日のオフ。毎日学生生活とハードな練習を両立させる彼らにとって大事な日だ。放課後の廊下では及川君が岩泉君に勢いよく殴られている。ついクスリと笑うとこちらを見た及川君がこちらを向いた。

「なまえちゃーん!」
「今日は二人で遊びに行くの?」
「うん。あ、一緒に来る?」
「え」
「遊ぶっつってもバッティングセンターだけどな」
「バッティングセンターってこの辺にあるんだ」
「こっから歩いて10分ちょいんとこ
だ。暇なら来いよ」
「え、意外と近い」
「でしょ!どう、どう?」
「行く!バッティングセンター一回行ってみたかったんだよね」

岩泉君とは及川君と喧嘩した時にはお世話になったきりで余り話したことはないけれど、こういう壁のない接し方はすごくありがたい。

「しかしお前ら仲直りしてからすげー仲良くなったよな」
「え、やっぱりそう思」
「前と変わらないよ」
「ちょ、なまえちゃんクール!!」
「え、ごめん。……前より仲良くなれたなら良かったよ」
「!聞いた岩ちゃん!」
「おら、着くぞー」
「無視しないで!」

相変わらず漫才のような二人のやり取りは相変わらず面白い。暫くぎゃーぎゃー話した後、そのまま勢いで及川君がトップバッターとして押し込まれた。

「おら、さっさと構えろ!」
「急かさないでってば。まぁ見ててよねーがつんと決めるよ!」

仕方ないなぁとばかりに首を振ったあと、腕まくりをしてバットを構えた及川君は野球青年といった感じだ。さすがイケメンか。

ひゅんっ

予想した以上の勢いでボールが飛んでいった。及川君が静止して、顔をこっちに向けた。

「ちょっと岩ちゃん速くない!!?」
「次来るぞー」
「だぁーもう!!」
「ちょっと低い!」

暫く空振りが続いてからバットにボールが当たった。とは言ってもまだ当たっただけで跳ね返る程度。そこからいい感じに当たったり見当違いな方向へ行ったりして、だんだん安定して行く。

「慣れてきたね」
「まぁ運動神経がないわけじゃねぇからな。ただ、」

ちらりと視線を戻すとこちらにキメ顔とピースを送る及川君。

「くっそムカつく」
「もー岩ちゃんってば、俺が結局カッコ良く決めちゃうからって怒らないの」
「るせぇ!終わったんならさっさとそこ退け!」
「はいはーい」
「みょうじ、先いいか」
「うん」

なんだかんだで仲がいいのか、ハイタッチをして入れ替わりに及川君が戻ってくる。

「おつかれー」
「ありがとう、いやーやっぱ当たると気持ちいいねぇ」
「おおー。初めて?」
「この速度はね。岩ちゃんは何回かは経験あるみたいだけど」
「へぇー、あ」

カキーン、と初っ端からいい音が響いた。

「おー、ナイス岩ちゃん!」
「……ナイス岩泉君!」
「おう!」

殆どがいい感じに当たっている。そういえば次は私の番か、と思い出して彼のフォームを見つめる。

「いいなー。俺もなまえちゃんに応援されたーい」
「……」
「なまえちゃん?」
「あ、ん?今なんて言った?」
「凄い、真剣に見てるね」
「次、私だし。バット持つの初めてだから見て学習中」
「えっ、バット持つの初めてなの!?体育で野球とかやんない?」
「やんなかった」

あ、いや、小学校で野球やったな。なぁなぁなまま進んだからかバッター回ってこなかったけど。

「次、みょうじだぞ」
「ちょっと練習させてー」

岩泉君となんとなくハイタッチしてバットを持つ。うーん、ボールの扱いなら慣れてるつもりなんだけど。

「こっちの手が上……だよね」
「もーちょい足開いてみて」
「ん」
「膝少し曲げて、んでこう……」

岩泉君の動きを見ながら何回かバットを振ってみる。

「んーまぁそんな感じじゃねぇの?後は打ちながら慣れてくだろ」
「分かった」
「なまえちゃんファイトー」
「んじゃいくぞー」
「うん……あ、空振り多くてもあんま笑わないでね」

ボールが来るからと前を向いた。速度は二人よりも2.3段階ほど遅め。だからさっきよりだいぶ遅くはある。

「ねぇねぇ岩ちゃん」

不慣れながらもバットを構える後ろで及川が小声で話しかけた。

「もーちょい下だな。……んだよ」
「今のちょっと可愛くなかった」
「知るか。惚気は他所でやれ」
「違うってば!」
「え、何か変だったー?」
「あ、違う違う!こっちの話!」
「はーい」

何球かは空振り。ただ、それで位置調整をしてボールが当たるようにはなってくる。ただ先の二人ほどいい音をたててはくれず、少々それが気になるところだ。

「いいよー焦らずゆっくりー」
「もっと勢いよく振ってみろ!」
「オス!」
「おお、いい返事ぃ」
「そういやこいつも運動部だったか」

カンッというか、少し擦れる音がしてボールが凄い方向に飛んでった。惜しい、これでしっかり当たってたらいい線いってたかもなのに。

「あー惜しい!」

次こそはとまたボールに向かう。強く振ったバットに一番重みが加わった。


「えーでもやっぱり女の子に奢られるのはさぁ」
「さっきから何回目それ。面倒臭い」

気持ちいいほど決まった一球の後またボロボロになった私の初バッティングセンター。あの後もう一周して、負けた人がアイスを奢る事になった。ハンデがあったとは言えまた私の負け。なのに女の子に奢らせられないと渋る二人は紳士的だが少し面倒臭い。

「ねぇねぇ、最後にもう一回あれで勝負しようよ!」
「あ?……、」
「ん?」

及川君が指したのはバッティングセンターのくせに何故か置いてあるバスケのゲーム。岩泉君が少し暗い顔でこちらの様子を伺うのが分かった。しかし及川君も中々に性格が悪い。にっこり笑顔で私の反応を少し楽しみに待っているようだ。

「別にいいけど、ハンデ……どのくらいがいいかな?」
「へぇ、さすが余裕だねぇ」
「お前ら仲直りしたんじゃねーのかよ」
「「したよ」」
「あのな……」

ゲームの前に肩から下げていたスクールバックを置く。

「十分ハンデつけてあげるから見苦しい言い訳は無しですよ?」
「経験者だからって油断してると知らないよ?」
「ったく、俺はここで荷物見てるからな」
「うん、よろしくね」
「おっけー」

百円玉硬貨を入れて二人並んでゲームを始める。あ、なんか凄く懐かしい感じだ。少し手が震えて最初の一球が不安定に揺れて入る。及川君もそれなりに高いシュート率を出していて、経験者の意地なのか、目の前のゴールに集中した。

「あー、負けた!」

ハンデの分も入れて計算したあとどかりと及川君が岩泉君の隣に腰を下ろす。試合とは違うただのゲームセンターのゲームだけれど、久々に触れたボールに、ゴールをくぐる音に、なんとも言えない気持ちが湧いた。

「じゃあ私が二人にアイス奢る代わりに及川君が私にアイス奢りね」
「ちぇー、しょーがないなー」
「ほら、置いてくぞグズ及川」
「酷い!待ってってば!」

3人でアイスコーナーに向かうと、岩泉君がすぐにホームランバーを選んで飲み物を見に行った。私もすぐに決めたのだけれど、その隣では及川君がどれにしようかなーなんて女子みたいに人差し指を彷徨わせている。

「うーん、どっちにしようかなー」
「……及川君」
「んー?」
「ありがとね」
「へ?」
「及川君が私の後ろめたい気持ちに色々ぶつけてくれたから、前より少し吹っ切れた気がする。さっきのも、終わったら楽しかったから。ありがと」

がさ、と音をたててアイスを二つ引っこ抜く。

「こっちのがお勧め。私はこれよろしく」

定番のソーダアイスをぽいと渡した後、岩泉君と及川君の分を持ってレジに並ぶ。試合を思い出しても辛くなかったあの時間に理由なく笑みが零れた。



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