鈍痛 | ナノ



「及川君はまぁ、さっき言った通り尊敬してる。というか、羨ましかったのかな……」

バレーをろくに知らない私でも一目見て分かった。一年生にして下手な三年生より実力があったこと。でも私と違って、頼りにされてたこと。きっと挙げたらキリがない。彼を見て私も皆と一緒に戦いたかったって思った。後輩に質問に来て欲しかったし、先輩にちゃんと練習しろって怒られたりもしたかった。

「最初は自分もこうなれないかなって見てたの。結局、及川君が岩泉君に代われないように、岩泉君が及川君に代われないように、私にも……無理だったけど」

そんな私には彼のプレーを、チームを見るのがせめてもの救いみたいなものだった。だから、偶々話したのをきっかけに彼と接する機会が増えて、あの影山君や白鳥沢の人に負けじと頑張る姿を見るうちに怖くなったの。

「及川君を見る度に私に向けられてた視線を思い出した。彼が負けないとか、悔しいとか言う度に……私、自分の辛かったことばかりに目がいって、そのくせ分かったふりをして、とんだ卑怯者だって」

言いたいことが上手くまとまらなくて目の前にあったジュースを一口、含んだ。岩泉君は変わらず、黙ってこちらを見ている。

「私達は考え方から根本的に違う。お互いの考えを理解できない。このまま居たら、どのような経緯であれ及川君を傷つけると思った。まぁ今更何をって話なんだけどね」
「本当に違うと思うのか」
「思うよ」
「……そうか。時間とって悪かったな。帰るか」
「え……あ、うん」
「ちょ、岩ちゃ」

何か地雷を踏んだ?にしては特に怒った風でもなく自然だ。唐突だなぁと思いつつ頷くと後ろから慌てたように立ち上がる音と聞きなれた声がした。

「……え」

立ち上がったまま振り返る。すぐそばに、フードを被った及川君が立っていた。暫く私と顔を見合わせ某然としていた及川君がハッとしてそれを逸らすと岩泉君に詰め寄る。

「ちょっと岩ちゃん、なんで勝手に帰るって」
「わざわざ手伝ってやったのに文句が多いんだよ。こいつがお前とは分かり合えねぇっつってんだ。諦めろ」
「そんなの無理に決まってるでしょ!」
「つまり仲直りしてぇんだな」
「、今のはちがっ」
「違わねぇよ。ほら、俺帰るからお前そっちのテーブルの会計も自分でしろよ」
「岩ちゃん!」

スポーツバッグを持ってスタスタと店を出て行ってしまう岩泉君。今の一連のやりとりで他のお客さんからの視線を集めてしまった事に気付き、慌てて腰を下ろした。
制服にパーカーを羽織った彼はそれもわりかし様になっていて、フードを外した今やさっきの騒ぎで集まった視線のうち半数が釘付けである。

「……なまえちゃん」
「は、い」
「移動しよっか」
「あ、うん」

及川君がテーブルの伝票を先に奪ってしまったのでこっちも彼が隠れてたテーブルの伝票を奪ってレジに向かった。会話もなく会計を済ませてレジを出ると、特に迷いなく歩くものだから黙ってそれについて行った。

「さっきの……何で言ってくれなかったの。俺が理由を聞いた時に」
「だってあんな話聞いたら及川君、私に強く言えないと思って」

ついたのは私達が最後に話した公園だった。先にベンチに腰掛けた及川君の前に立って頭を下げる。

「ごめんなさい」
「それは……何に対しての謝罪なの」
「及川君に勝手な理由で嘘をついたこと」
「俺はまだ、聞きたいことがある」

座って。そう促されて隣に腰掛けた。

「俺を尊敬してるって言ってたよね」
「うん」
「初めて話しかけた時、迷惑だと思った?」
「そんな事ないよ。寧ろ話したことのない私にまで凄く気さくで吃驚した。あと、私はあまり自分から動かないタイプだから、他人に積極的に関わるのって疲れないのかなってちょっと思った」
「確かに慣れるまで会釈と短い挨拶しか返してくれなかったもんね」
「ごめん」
「いーよ別に。それぐらい」

思ったよりは普通に話せている、というか普通に返事をくれる及川君にどこかホッとした。

「俺が天才ぶっ飛ばすって言った時、なんて思った?無理だろうって思った?」
「無理かどうかは考えてなかった。天才だろうと勝つって言葉が嬉しかったから。でも、……インハイが終わった時、いつか及川君が影山君に抜かされる日は来るって思った」
「っ、……相変わらず直球だねぇ」
「でもこれは私が勝手に思ったことなの。及川君がとか影山君がとか、試合がとかじゃない。もし影山君が急成長して、及川君が負けて、私の時みたいになったらって考えに陥っただけで」
「別にフォローはいらないよ」
「っフォローなんかじゃない!!」

思わず立ち上がった私に及川君だけじゃない。周りにいた人達の視線まで集まった。こんなに声を荒げたのはいつぶりだろう。

「フォローなんかじゃなくて、及川君はまだ影山君に勝てるの!天才だろうと、勝てるの……。それとも、それとも及川君はもう勝てないって思った?」
「春校でも勝つに決まってる。でもなまえちゃんはさぁ、違うんじゃない?天才にはきっと敵わないって思ったんじゃないの?」
「っ……わ、かんないよ」
「わかんないって、なにそれ」
「だって、分かるでしょ。私の時のことを、及川君と影山君に置き換えてたこと。……最初から客観的な判断なんて出来ないって」

暫く沈黙が訪れた。駄目だ、お互いに合うはずのない価値観をぶつけて終わってしまう。

「私も……及川君が怒ってること、教えてほしい。私に言いたいことも。全部」
「泣いてもやめないよ」
「うん」
「俺ね、最初嘘つかれた時凄いムカついた」
「……はい」
「本当はなまえちゃんが天才だから離れたって言われた時、今まで応援してくれてたけど、本当は無理だって思われてたのかなって思った」
「……」
「でもなまえちゃんがすぐいなくなっちゃうから聞きようがなかったしさぁ」
「聞いてくれれば、」
「俺が?嘘つかれて、もしかしたら今までの応援も嘘かもしれなくて、分かり合えないってきっぱり言われたのに?」
「っ……」

自分が思っていた以上に彼に刺した言葉は多かったみたいで言葉に詰まる。

「でも俺が一番ムカついたのは、君がそう決めつけて逃げたことだよ」

ふと彼を見ると今まで怒ったような拗ねたような顔で文句を連ねていたはずが、いつの間にか酷く真剣な顔をしていた。お互いに言いたいことを言い合って、彼の要望に応えて問題をうやむやにするつもりでいたのに、追い詰められた気分。こちらを見つめるその真剣な表情に、初めて彼を見た時を思い出した。



prev / next

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -