鈍痛 | ナノ




「俺さ、なまえちゃんとはいい友達だと思ってたんだよね」
「それは、ありがとう」
「だから嘘はついて欲しくなかった。家の都合じゃないんでしょ」

学校を追い出されるまであと少し。けれど帰り道にどこか話を出来る場所に寄るまで待てそうにもなかった。今までそんな事なかったぐらいなのに部活中にも時計が気になって仕方なくて。
半ば睨むようにして彼女を見ると向こうの顔が辛そうに歪む。嘘をついたのは自分の癖にたいしたものだ。

「ねぇ、何か言い訳はないの?」
「……ない、よ」

やっぱり嘘をついたのは本当だったのか、と諦めのような感情が湧き上がる。その日はどうしてもって誘われただけじゃないの?午後少し時間が空いていたから遊んだだけじゃないの?そんな希望的観測も無駄だった訳だ。

「どうしてそんな事したのか、教えてくれるよね」

今日のサーブは乱暴だと言われた。プレーがいつもより力強く、いつもよりコントロールが悪いと。それも全部このせいだ。

「ねぇ、」

急かすように言った。苛々して抑えが効かない。俺は思っていたよりも彼女を支えにしていたのか。そう思うと更に苛立つ。
確かに練習を見に来るかは個人の自由だ。余程練習の妨げにならない限り好きな時に来ればいい。なのにあえて俺に嘘をついたことが問題だった。

「っ……私が、」

いつもよりはるかに震えた声だった。結局この子も自分の都合のために嘘をつくような子だったんだ。そんな冷めた気持ちで見下ろす視線が、次の言葉で見開かれた。

「私が…………天才、だからだよ」

天才。それは俺が心から嫌っていたものだった。なまえちゃんが、天才ってことは。

「バスケ……多分ね。私はずっと、影山君よりも本物に近い天才だから」
「え、どういう……じゃあ」
「きっと私は及川君の気持ちは理解出来ないから。もう、やめようと思って」
「……そうやって、バスケもやめたの」
「え?」
「なまえちゃんはさ、そうやって、俺みたいな努力しても天才に叶わないような凡人の気持ちなんて理解出来ないから、バスケをやめたの」
「それは違う!私は、私はそんな理由でやめたわけじゃない」
「じゃあ何で」
「っ、」

溜まっていた苛つきは、そのたった二文字のせいで抑えが弾け飛んでいった。

「飛雄より本物に近い天才?そういうのどうでもいいんだよ。才能が、実力があるのに何で辞めたの。それこそ俺達みたいな選手にとって屈辱なんだ」
「え」
「たった1人の天才のせいでどうなると思う?俺よりも経験の浅い奴が実力を上げて迫ってくる。それに負けたくなんてないから必死に練習してるのに、そうやってあっさり捨てられるとムカつくんだよね」

そんな事ない。そんなつもりはない。けれど否定し切ることは出来なくて言い返せなかった。

「俺が必死になって積み上げたものはそんなにあっさり捨てられるものじゃない。もしかして君が俺と居たのはその凡人とやらを近くで見てみたかったからってわけ?はっ、そりゃ光栄だね」
「私は及川君を尊敬してただけで」
「尊敬?」

不意にチャイムが鳴った。ああ、もう帰らないと。強く彼女を睨んで吐き捨てるように告げた。

「反吐が出る」

瞬間、頬に鈍い痛みがはしった。平手打ちをかましてきた彼女は唇を噛み締め涙を耐えていた。女がよくする表情だ。なのに目はしおらしいどころか嘲笑するようで。

「ほらね、分かったでしょう?私が離れた理由。お互いを理解することは出来ないって。……だからずっと遠くから見てたのに」



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