鈍痛 | ナノ



約束の差し入れを持って体育館に足を運ぶ。個人に差し入れっていいのかなという心配は普段から及川君を考えると特になく、軽い気持ちで思い扉を開けた。ギッ、という音に視線が集まる中目的の人物を捜して目を左から右へと動かす。部員が散らばって練習に打ち込む中、目立つTシャツを着た岩泉君は後輩と何やら話しているようだった。

「及川先輩呼びましょうか?」
「あ、いや岩泉君に用事なんだけど」
「え?あ、そうなんですか」
「入って大丈夫かな。駄目だったら渡しておいて欲しいんだけど」
「大丈夫ですけど、ボール気を付けて下さい」
「ありがとう」

及川君の部活中呼び出しが多いからか、私が及川君とよくつるんでいると認識されているからか。多分前者だろう。近くに行けば気付いてくれるだろうと考えて、親切な後輩の子にお礼を言って体育館の奥へと足を踏み入れる。

「お邪魔しまーっす……って」

後輩の上げたボールを打ち始めた岩泉をなまえの目が追う。

「あ……」

無意識に声が漏れた。足を動かす。仕方ないから壁に寄ろうと考えたであろう彼女の腕を掴んでいた。

「、及川君?」
「……あ、や、っほー。今日はどしたの?なまえちゃん」
「えっと岩泉君に差し入れを……」
「え」

差し入れは山ほど貰って来た。食べきれないぐらいの量を貰ったことも食べるのが勿体ないぐらいの出来のを貰ったこともある。珍しく岩ちゃんに差し入れがあった時はやっと春がきたの?なんてからかったこともある。けど何故か今日に限ってその差し入れが自分への物じゃなくて、彼女が岩ちゃんを見ていたことが嫌でたまらない。
俺、なまえちゃんに差し入れ貰ったことないよ。ずっと俺のこと応援してくれてたのになんで岩ちゃんなの。確かによく他の子から貰うけど別に毎日貰うわけじゃないんだよ。なまえちゃんの手作りだって食べてみたい。
「なに?」
「俺、」

岩ちゃんにこれ、渡したくない

「ちょっと監督に用事あるから、ベンチに置いとく、でもいい?」
「あ、うん。いいよそれで。なんか時間とらせてごめんね」
「気にしないで!声かけたの俺だし」
「ありがと。それじゃあ部活無理しないでね」
「もちろん。それじゃあまた明日ー」

本音が出そうになった。上手く誤魔化せてたかな、でもなまえちゃん結構よく見てるから気付かれたかもしれない。いや、それはそれで俺のこと見ててくれたのは嬉しいな。ちらりと手にしたシンプルなロゴ入りの紙袋の中身を覗く。一つだけ、保冷剤と共に入った容器が、これが岩ちゃんだけに当てられたものだという証明。

「いーわちゃん」
「おう。それ、みょうじか」
「うん、差し入れだって。いつの間に頼んだの?やるねぇ」
「何がやるねぇだよ。お前、今すげぇブサイクだぞ」
「俺が!?」
「んだよその驚き方」
「俺って大体どんな表情でも様になるんだけど!どんな顔!?」

両手で頬に触れて困った声を出すと背中に重い衝撃と痛み。重いのはスパイクだけにして欲しいところだけれどこの幼馴染はどうやら思ったより敏くて容赦ないようだ。

「これは俺のもんだって顔してるぞ」
「っ」

ただの差し入れだ。友達に頼まれてなんとなく作るような、それぐらいのもの。たったの一回、たったの一個。たったそれだけなのに。俺は岩ちゃんに、

「追いかけろよ」
「え」
「はぁ……監督!」
「あっ、岩ちゃ」
「すんません、及川の奴具合悪いみたいなんで早退させていいっすか」
「具合?」
「多分、今早退すれば最近の不調、なくなると思うんで」
「最近の不調って、岩ちゃ、うぐっ!」

頭を下に押さえつけられて視界が体育館の床と運動靴になる。体調管理なってなくて本当すいません、と話す声が遠く感じた。これから早退してなまえちゃんを追いかける。なまえちゃんに会って、俺は何を言えばいいんだろう。突然キスをしてしまった。それを謝る?差し入れを貰う岩ちゃんに嫉妬したって言う?追いかけて、呼び止めて、振り向いたなまえちゃんは部活中のはずなのに居る俺のことを驚くに違いない。

「IH後すぐだったのが不幸中の幸いか……及川」
「は、はい!」
「しっかり気を引き締めろ。行ってこい」

引き締めろっていうのは、春校に向けて己の立場の自覚を持て、そういう意味だったのだろうけれど何故か違う意味に感じて。

「……っありがとうございます!!」

直角に頭を下げて無意識にデカい声を出した。すぐに体育館から走り出ていったから気のせいかもしれないけど、皆がびっくりした顔をしてたような。そんな気がする。



prev / next

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -