鈍痛 | ナノ


やって、しまった。やってしまった。やってしまった……!

「……くそっ!」

あんな声で慰めるから、あんな風に髪を撫でるから。どんなに理由をつけたってやってしまった事には変わりない。

「及川君……こういうのは、……好きな人にしなきゃ駄目だよ」

自分のことと俺のこと、両方を気遣って言った最大限の譲歩。そんな言葉だった。いっそ平手打ちでもしてくれればよかったのに。それか受け入れてくれたら、いや違う。そうじゃない。受け入れてくれたらだなんて、それは、それは違うんだ。
いつもより乱暴に閉めたロッカーに額を寄せて口元を覆った。驚きで見開かれた目はよく見ると焦げ茶色をしていた。柔らかい感触も、唇の隙間から漏れたいつもと少しだけ違う声も、覚えている。穏便に済ませるために平静を装って遠回しに告げられた声は震えていた。頬は羞恥で少し赤くなっていて初心さを感じた。

「っ……」

咄嗟に違うと、恋愛感情無しにこんな事をした訳ではないと言いそうになった自分を覚えている。その言葉が自分の感情を混乱させた。俺はなまえちゃんが好きなのかもしれない。もしかしたらそう思うことで自分のした事を正当に理由付けしたいだけなのかもしれない。
いつもより数倍重い体で外へ出ると携帯な鳴り響いた。ああ、岩ちゃんか。そうだ、岩ちゃんに話してみよう。きっとキツいお叱りが飛んでくるに違いない。そうすれば少し楽になれるかも。

「もしもし」
「このクズ川!!人が気ぃ使ってやったのに何してんだボケェ!!!」
「えっ、えっ?」
「みょうじから連絡があった」
「っ」
「折角調子が悪いからって行ったのに悪化してたらすまないだとよ……お前、何したんだ」
「岩ちゃん……俺……」

俺の身勝手な行動が悪いくせに明日からのバレーの練習ことまで心配させて、

「俺……どーしよぉ……」
「だから何したんだっつってんだよ」
「……いきなりちゅーしちゃった」
「…………はぁ?」
「っだから!いきなりなまえちゃんにちゅーしちゃったの!」
「、んだよ。それでフラれでもしたのか」
「フラれてないから!ってゆーか好きとかそーじゃなくて気付いたらそうしてて、なんでそんなことしたか……自分でも分かんないし……」
「お前アホか、このボケ」
「なっ」

かなり混乱しているし焦っても悩んでもいるのに、いつもと変わらない声で罵ってくる岩ちゃんに少しだけ眉間に皺を寄せた。

「あのね岩ちゃん俺は真剣に悩んで、」
「お前みょうじの事好きだからそーしたんじゃねぇのかよ」
「……へ?」
「あんだけべったりして影山に取られるだの騒いでた癖に自覚なしか?」
「ちょ、待っ、いくら岩ちゃんでも勘違いがすぎるでしょ」
「違うのか」
「あ、当たり前じゃん」
「あいつに彼氏居てもなんとも思わねーのか」
「えっいるの!?」

ほれ見ろと言わんばかりの沈黙に思わず一人、携帯電話に声を荒げた。

「そりゃあ仲良かったから寂しくなるなとは思ったけどそれだけだからね!?」
「へーへーそうかよ」
「俺、明日からどんな顔して会えばいいのさ」
「知るか。みょうじは何て言ってたんだよ」
「…………そーいうのは、好きな人にしろって」
「多分それ、今日のことは水に流すってことじゃねーの。無かったことにして、いつも通りに接してくるだろ」
「えええええ……」
「えーじゃねぇよ。夕飯食うから切るぞ」
「岩ちゃん!?ちょ、あっ」

唐突に通話が切られた携帯電話に向かって岩ちゃんの馬鹿と呟く。最初もそうだった。自分の中で勝手に区切りをつけて上手くごまかして、きっと今回も似たような事になるに決まってる。そんなの嫌だ。

「俺がなまえちゃんを……」

好き?



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