鈍痛 | ナノ




二人とも手に持っていたものを食べ終えたというのに暫くの間ぼんやりとただ体育館に寄りかかっていた。

「俺さ」

不意に及川君が口を開いたのは突然のことだった。足を伸ばしっぱなしにしたまま耳を傾ける。

「牛若が倒せなくて、焦ってた時期に飛雄が入ってきて。練習量増やしても調子は悪くなる一方でさ」
「うん」
「オーバーワークだったんだよね、どう見ても。でも練習せずにはいられなくて。部活後も岩ちゃんが止めるの無視して練習してたんだ」

黙って、視線を手元から少し上にあげた。中学の時とたいして変わりない体育館の天井。その骨組みの隙間にいつのものかも分からないボールが時折挟まっている。

「その時に飛雄が後ろに立って言ったんだ。サーブ教えてくださいって」

急に及川君の言葉が止まったものだからちらりと隣を見る。同じように天井を見上げている彼は多分、私がこちらを向いたことに気付いているだろうけれど視線を動かさなかった。

「岩ちゃんが止めてくれなかったら殴ってた。ただ、嫉妬のままに」
「……」
「それとも突き飛ばしてたかな」

目が細められる。そこに浮かぶ彼の感情は、うまく言葉で表せないけれど、どんなものかはよく分かっていた。

「でも、殴ってないよ」

あまりいい慰めの言葉は浮かばなかった。

「影山君にも、負けてない」

くしゃっと少し茶色い色素の入った髪を撫ぜる。ちょっとだけ、汗で湿っていたけどそれも不思議と気にならなかった。

「帰ろう」

座り込む及川君は差し出した私の手を掴んで顔を伏せた。立って、と促すように握り返すと繋いだ手から彼がぴくりと揺れるのが伝わる。

「及川、っ」

強く手を引っ張ったのは及川君で、それに引っ張られたのは私だった。座り込む私はすっぽりと及川君の腕に覆われて、向き合っているのに顔を肩口に押し付けられているせいで表情も見えない。

「及川君」
「黙って」
「……及川君、そろそろ」
「黙ってって言ってるでしょ」
「でも見回りの人が、っん」

急に拘束が緩んだと思ったら伸びてきた手が両肩に添えられた。あ、と思った時には唇に柔らかいものが当たっていて、咄嗟に声を出そうとして動かした唇の振動が伝わったからか、及川君が更に悩ましげな目をする。
特に好きな人も出来なくて、彼氏もいなくて、こういうことは初めてだった。慣れない感覚への羞恥心と、困惑と焦り。それから、それから。とにかく熱くて仕方ない。
唇が離れていくのと同時に考えた。私は今、彼を突き飛ばしたり平手打ちをするべきではない。でもどう声をかけたらいいのか、彼が何を思ってこんな事をしたのか分からないのに。
へたりと座り込んだまま黙って俯く及川君を見つめた。肩から落ちてきた手は遠慮がちにゆるく握られている。

「及川君……こういうのは、……好きな人にしなきゃ駄目だよ」
「!ちがっ、」

ハッと顔をあげてそう言った瞬間、彼は驚いたように自分の口を覆った。

「……ごめん」
「片付けして、帰ろう。帰りは別々の方がいいよ」
「でももう」
「母親と電話しながら帰るから平気」
「分かった……片付けは俺がやるから先に帰って」
「うん」

片付けを始めた及川君から視線をそらしてぐしゃりと潰したゴミを鞄に突っ込んだ。



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