鈍痛 | ナノ




「じゃあ、分かり合えるって思うの……?」

ぽつりと出た声は蚊の鳴くようなものだった。それでもこの静かな公園でちゃんと聞き取った及川君が頷く。

「私はね、及川君は贅沢だと思う」

確かに及川君は努力し続けたのに天才という壁にぶつかった。前にも後ろにも壁、それはきっと凄く追い詰められたことだとは思う。けれど強豪校で主将をやって、実力も認められてて、後輩にも慕われてて、強敵もいて。及川君だってその天才と変わらないとも思った。
スポーツは同じだけ練習しても必ず個人差は出る。及川君に負けないくらい練習したのに及川君ほど強くなれなかった選手なんてごまんといる。けれど及川君は努力に見合うだけの沢山のものを手に入れた。

「私だって及川君が天才を心底憎んでるっていうわけじゃないのは分かってた。あくまでスポーツ選手として、あっという間に実力をつけていくセンスのある子への、ある意味純粋な妬みや嫉みだって」

そう思っていたから自分の中で昇華出来たけれど、本当は酷い我儘だと感じてた。天才だなんて祭り上げられた挙句、本気を出せば一人になり、周りに合わせれば全力を出せない。でも及川君は仲間と一緒に全力で試合が出来る。

「及川君が大きな意味を持って天才が嫌いだと言ってるならそれは傲慢だって、小さな意味ならそれがどれだけ人を傷付けるか理解してほしい」

私が言葉を発するたびに彼の端正な顔がまた、歪んでいくのがわかった。私の言葉に怒っているのか結局こんな奴かと見下しているのか、あるいはその両方。

「確かに俺は恵まれてる。チームメイトにも、環境にも。でも勝ちたいんだよ、なまえちゃんだって大会に出た時は勝ちたいって思ったでしょ?」
「そう思ってたよ、皆で勝ち取るって。でも自分一人で戦ってた。なら勝たなくていい、勝つ必要はない」
「それは君が勝ったことがあるから言えるんだよ」
「じゃあ白鳥沢に行けば?そうしたら勝て、っ」

ぶたれた。じわじわと痛みの広がっていく頬に実感した。ああ、なんて恐ろしいんだろう。今の及川君の顔が、今まで見て来た彼……いや、今まで見て来た人の中で一番恐ろしい顔をしている。沸沸とどす黒い感情が湧き上がってきた。ああ妬ましい。勝ちたいくせに甘っちょろい考えを持てるなんて。

「私が勝ったことあるからって言ったけど、私の勝利はそういうことだよ。ううん、白鳥沢に行って掴む優勝よりもっと、つまらない」
「だからって言っていいことと悪いことがあるだろ」
「何で?白鳥沢だって立派に努力してるチームしょう?何が気に食わないの?自分の好きなチームメイトと優勝出来なきゃ意味ない?」
「ああ、意味ないさ。お前にはチームメイトの事なんて理解出来ないだろうけど」
「最初からそう言ってるじゃん。君みたいなのが天才と線を引くから、私は勝ち以外に大事なものなんて分からないの……羨ましいよ、バレーが一人じゃ戦えない競技で」
「自分の意気地なしを俺のせいにしないでくれる」
「及川君みたいな人って言ったの。それに心当たりはあるんじゃない。向こうは悪くないのに影山君に冷たく当たったこと、あるでしょ?違う?」
「ああ、あるさ!君の先輩みたいにね!」

だから嫌だったんだ。及川君はあの時の先輩と同じだって、それは本当のことだった。

(適当に、仲直りして終わろうと思ったのになぁ)

お互いの発言がお互いの琴線に触れて酷くイラつく。

「妬んだよ。嫉妬した。こいつさえいなければって思ったけど、でも俺は諦めなかった。まだ、負けない……!」
「諦めなかったからって、許されるの!?」
「許されたいとは思ってない!それにね、飛雄だって君とは全然違ったよ。あいつは仲間にトスを無視されたし、試合から下げられた。けどまだバレーを続けてる。諦めたお前とは違う!」
「私だって好きで諦めたんじゃない!私だって試合から下げてくれればよかった……なのにいくらパスを無視されても下げてくれない。私さえ居たら勝てるからって!私に任せれば平気だからって、誰も私を、っ」

フラッシュバックするあの光景に涙が溢れそうになり唇を噛み締めた。こんな奴の前で泣くなんて真っ平だ。泣いて、たまるもんか。
湧き上がるものを堪えるのに精一杯で数分間喋れないでいた私に、泣くな卑怯者とも言わず及川君は黙っていた。そういうところが、

「……大嫌い」

呟くようにいった。顔は伏せたままだったから、及川君の表情は知らない。

「尊敬してるけど、嫌いだよ。なんで、……なんでそんなにぶつかってくるの。適当に仲直りすれば良かったのになんでっ……及川君なら、絶対こうなるって分かってたでしょ?お互いに謝っておけばあとは忘れて、楽になれるって思わなかったの!?」
「楽になんてなれないよ」

太ももの上で震えていた手にごつごつした手が重なった。練習してボロボロになって、でも怪我をするわけにはいかないと手入れされた手。私は、なれなかった手。

「ちゃんとぶつかって、仲直りしようと思ったんだ。なまえちゃんが俺を尊敬してるって言った時、打倒飛雄を笑って応援してくれた時、凄く嬉しかったから」
「っ……まだ、仲直りしたいって思ってくれてるの」
「うん」
「またこうなるかも、しれないのに?」
「うん」

帰ろうぜ、と声がして最後まで公園にいた子供達が帰って行った。重ねられた及川君の手を握り返す。掌を上に向けてそっとなぞった。

「努力した手だね」
「ありがと」
「私はこんな手に、なれなかった」
「……」
「なろうともしなかった」

だって最初から強かったから。練習しなくても強かったし、練習しなくても怒られなかったから。
手をするりと外し、覗き見るように及川君の顔を伺った。急に見せた真剣な顔とも、さっき言い合いをした時の心底見下すような顔とも違う、

「……私も、仲直りしたい。でもまた酷いこと言っちゃいそうなの。及川君の傷口を抉るようなこととか、馬鹿にするようなこと」
「なら大丈夫でしょ」
「……?」
「馬鹿にされたとは思ってない。まぁ傷口抉られはしたけど、お互い様だし。その時は俺も、黙って聞いててはやんないから」

ぎこちない笑い方だった。

「……っ及川君!」
「!?っな、に」

いきなり立ち上がった私に軽く手をビクつかせた及川君に、直角90°Cで頭を下げた。

「また試合、見に行かせて下さい!」

そういえば、バスケ部に入った時もこんな感じだった気がする。バスケ部は割とハキハキしてて言いたいことをはっきり言うタイプの子が多かったし、運動部だしっていうのが理由で緊張してて。しかも途中から入るから不安もあって。入部時の挨拶で同じように大きく頭を下げるとクスクスと笑い声がした。途端急に恥ずかしくなった私が視線を伏せたまますぐに頭を上げると、そんな私の心配をよそに皆が同じように返してくれたのを覚えている。

「俺も、また試合見に来て下さい!」
「よろしくお願いします!!」



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