僕は言葉には出さなかったけど、にっこりと笑いかけてやった。

 そのしぐさで僕の言いたいことがわかったのか、イヌが目を吊り上げた。

 あー、ほんとにイラつく。

 飼い主睨んでいいと思ってんの?

「夏に勝手につきまとっておきながら、最低だな。許せねえ」

 へえ、一体なにが許せないって言うのかなあ? 
 むしろ許さないのは僕のほうなんだけど。

 イヌの勝手な言い分で、僕の怒りは頂点に達する寸前。

 でも、僕の笑顔が凍てつき始めたことに気づかないバカなイヌは、ついに僕の沸点を突破させた。

「――俺の主人にちょっかいかけたこと、後悔させてやる」

「……主人?」

 ぼそりと呟く。

 ……どうやらこの駄犬はほんとに僕のことを怒らせたいみたいだね。

 それとも、本気で僕に捨てられたいのかなあ?

「……ふふ」

「てめえ、なに笑って……」

 それまで僕のこと睨んでたくせにさあ、なんで今さらそんな怯えてるみたいな顔するのかなあこの駄犬。

 僕は駄犬に向かってにっこりと満面の笑みを送ってやる。

 その笑みを見た瞬間、駄犬はピシッと硬直し、心なしか顔を青ざめさせた。

 今さらそんな顔しても遅いんだよ?

 ……だって、飼い主に牙をむくイヌには、躾をしないといけないでしょ。

「なにが主人だって? ねえ、誰がお前の主人だって?」

 笑顔のまま問いかける。

 僕に圧倒されてか知らないけど、青ざめたまま答えないイヌに苛立ちが募る。

 僕に聞かれてるんだから、答えてよ。

 飼い主を無視するなんて何様のつもりなのかなこの駄犬。

「――ぐぁあ!」

「ねえ、なに無視してんのお前。ふざけてんの? 誰が無視していいって言ったの、ねえ」

「がっ、ぅ、ぐぁ……やめっ」

 呆然としたまま答えないやつに、笑みを一切引っ込めた僕はただただ冷たい表情でイヌの身体に拳を叩きつけた。

 それに反応しきれないイヌが無様に廊下にうずくまるけど、そんなことでやめる僕じゃないよ?

 うずくまるイヌの身体に蹴りを何発もくらわせる。

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