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  04 告げる心


あの夜、歌仙が壊した蔵の扉を2人で直していた。
お互いにこういった作業は苦手で、1つ解決したら2つ問題が発生する。
そんな状況ではあるが黙々と作業を進めた。

「…まさか、ただ引き戸の溝に石が挟まっていただけとは思わなかったよ」
「うん。でも、壊れたわけじゃなかったから良かったよ」

歌仙の方から口を開いた。
彼は少しだけ遠慮しているようにも見えた。
明らかに以前よりも距離感が遠くなったそんな気がしてならない。
このまま、歌仙が離れて行くのなんて嫌だった。

「ねぇ、歌仙」
「なんだい?」
「その…私、聞かせて欲しいの」
「…え?」
「だ、だから!あの夜の続き…」
「……でも」
「良いから」
「…話をしても良いのかい?」
「うん」

吹いていた風が止んだ。
あの日逃げた私が、歌仙の言葉を全て聞けるようにと言わんばかりに。

「……僕は君にある想いを抱いていたんだ。だから、僕は君との関係性を壊してしまうくらいなら、想いを押し殺して必死に隠そうとした。君の仕事や意思を尊重する為にもね。でも、知っての通り全て裏目に出てしまった。そのせいで君には辛い思いばかりさせてしまった」
「…」
「あの夜、あまりにも冷たい手を握りながら君を失ってしまうのではないかと思ったんだ。その時確信したよ。僕が生きる理由、戦う理由は、紛れもない君なんだ。だから、君が死んでしまえば僕の世界も終わる。そう思ったよ」
「…」
「僕は君を愛している。この気持ちは本丸の誰にも負ける気はしないよ。……こんな近侍嫌だろう。僕みたいな人の心を持ってしまった刀剣は、刀解したって構わない」
「…」

恐る恐る歌仙の瞳を見つめる。
彼は真っ直ぐ私を見つめていた。
その瞳は初めて出会った時と変わらない。
強く揺るぎない瞳だった。
もう私は逃げない。
歌仙の想いに答えないと。

「みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ 物をこそ思へ」
「え…」
「この和歌、私が学生時代に習ったんだ。百人一首でも有名な和歌だよね。結構お気に入りなんだ」
「僕も好きな和歌の1つさ」
「…文系名刀を名乗る程のあなたなら、この和歌の意味わかるでしょう?」
「わかるに決まっているじゃないか。君こそこの和歌の意味をわかっているのかい?」
「うん。わかって言っているよ。それが、今の気持ち…」
「…今の…って…」
「歌仙じゃなきゃダメ。君じゃないとダメなの。…私も本当は苦しかったんだ。あなたの優しい微笑みや、あなたから香る金木犀の香りを嗅ぐたびに胸が苦しくなった。だから、あの夜逃げた私は馬鹿者だった。あなたの想いを踏み躙ってしまった。あなたと同じ想いをしていたからこそ、そのことが凄く申し訳なかった…」
「…」
「でも、それでも私はあなたが好きなの。もう逃げない。どこにも逃げない。だから、私はあなたの気持ちを、愛を受け止めます」
「…それって」
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

金木犀の香りが全身に広がる。
歌仙を近くに感じる。とても温かくて、落ち着く。
彼の鼓動は早いけれど心地の良いものだった。
今までの込み上げてきた想いが涙となって流れる。
涙が泉のように湧いて止まらない。

「…あははっ、そんな泣いてしまったら目が腫れてしまうよ」
「歌仙もそんなに泣いていたら、目が赤くなるよ…」
「…君ほどではないさ。それに僕は、目の周りに化粧をしているから大丈夫だよ」
「そうなった時、私にも明日化粧して下さい…」
「お安い御用さ」
「はぁ…。なんだか一気に浮かれちゃってるよ」
「…あぁ、こんなに浮かれた気分になるなんてね…。今の僕だったら1人で敵部隊を6つくらいは倒せそうだよ」
「歌仙が言うと冗談に聞こえないから」
「君も酷いことを言うなぁ…」
「咲き誇る花を愛で、飛んでゆく渡り鳥の群れに感動し、吹き抜ける冷たい風に身を寄せ合い、煌々と輝く月に涙する」
「…」
「そんな未来を僕は君と過ごしたいよ」
「当たり前じゃない」
「恐悦至極。でもあんな無茶するのは感心しないな」
「…ごめんなさい」
「いや、その原因を作った僕も悪いからね。でも本当に大した怪我じゃなくて良かった」
「ありがとう、歌仙。…さて、作業を再開しよっか。このままのペースじゃお昼までに間に合わない」
「そうだね。少し文系名刀の意地を見せないとね」
「う、うん…?」

疑問を投げかけるように彼を見上げると、ふっと花が咲くように微笑んだ。
歌仙の深い穏やかな青色の瞳は、涙で揺蕩う海のように綺麗だった。
お互いに目を赤めながら笑った。
こんなにも幸せなことは感じたことがない。
私は今、世界で一番幸せ者だ。

***

新しい朝が来た。
春はあけぼの。とは良く言ったものだ。
朝日に照らされる裏山は赤みを帯びて美しい。
そして紫がかった雲がたなびく姿は、実に風流だ。
日課である花壇の水やりをしている時、元気な声が響く。

「おはよう歌仙!今日も花に水やり?」
「おはよう主、今日も早いね」
「歌仙こそ。私も水やり手伝おうか?」
「いいや、僕だけで大丈夫だよ。ありがとう」
「わかったよ」
「主、今日は何して過ごすんだい?」

その質問に彼女は笑顔で答えた。
無邪気な笑顔に思わずこちらも釣られる。
彼女の笑顔は見ていてとても安心する。
僕は、人の身体を得てとても良かったと思っている。
自分で本を捲り読むことが出来る。和歌を詠みこの手で認めることが出来る。
茶道も華道も僕に身体があったら出来るのにと思っていたことが全て出来ている。
風流な事を己の耳、鼻、目、口、手、五感を全てで感じ取ることが出来るのは本当に嬉しい。
だが、身体を得て良い事ばかりがあったわけではない。
辛いことも悲しいこともやりきれないことも、苦しいことも経験してきた。
それ故に自分の未熟さを知った。それでも彼女は僕のことを受け入れてくれた。
これ以上の幸せなんて存在しないだろう。

「君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな」

もしも彼女の身に何かあれば命に代えてでも守り抜くと決めていた。
だが今は、彼女と1日でも長く一緒に過ごしたい。1日でも長く彼女を愛したい。
そう思えるようになっていた。
きっと僕の描く未来は全てが上手く進むものではないだろう。
それでも、1人なら不可能でも2人なら乗り越えられる。そう信じている。
花壇の手入れを終わらせ空を見上げる。澄んだ風が心地良い。
台所の方から彼女の叫び声に近い声がしている。一体どうしたんだろうか。
あぁ、僕はこんなところでのんびりしている場合じゃないな。
手入れ道具はそのままにあちらへ向かう準備をする。

春風が僕の背中を押すように吹いた。
それに応えるように僕は少し赤く目の腫れていた彼女の元へ駆けていった。

November 3, 2015
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