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  01 慈しむ心


人の身体を得てとても良かったと思っている。
自分で本を捲り読むことが出来る。和歌を詠みこの手で認めることが出来る。
茶道も華道も僕に身体があったら出来るのにと思っていたことが全て出来ている。
風流な事を己の耳、鼻、目、口、手、五感を全てで感じ取ることが出来るのは本当に嬉しい。
大自然に囲まれた本丸はいくら居ても飽きやしない。
そして今日も雀たちの囀りで1日が始まる。
朝起きて初めにすることは、僕が手入れしている花壇の水やりからだ。

「おはよう歌仙。今日も花に水やり?」
「おはよう主、今日も早いんだね。あぁ、そうだよ。どうだいこの菫、とても綺麗に咲いているだろう?」
「とても綺麗。歌仙の髪の毛みたいで素敵だね」
「あはは。それはありがとう」
「それにしても随分と前より花が多くなったね。もう一流の庭師がいるみたい」
「華道に使いたい花も自分で育てているからね。お褒めに与り恐縮です」
「歌仙の咲かせる花は本当に素敵なの。さて、そろそろご飯支度するから行くね」
「僕も水やりと朝の支度が終わったら手伝うよ」
「今日は大倶利伽羅が手伝うから大丈夫よ。ありがとう」
「わかった」

彼女は明るい笑顔を見せ、そのまま台所へ向かって行った。
僕の主はまだ若い。それゆえ時折見せる表情は誰よりも幼く見える。
当人はそのことを気にしているようで、たまに愚痴を聞く。
そして僕が「君は大人だよ」と宥めるまでが日常だ。
物思いふけりつつ、一通り花壇の水やりを済ませる。
前髪を結んでいた紐を解き、台所のある方角へ目をやる。

「…さてと。手伝わなくて良いとは言われたがどうも心配だ」

いつからだろうか。
僕は主を、彼女を心から慕っている。少なくとも、ここ最近のものではない。
彼女が僕を選び、僕達は共に戦った。くだらないことで喧嘩もしたこともある。
楽しい事も嬉しい事も苦しい事も悲しい事も分かち合ってきた。
もし、彼女にもしものことがあれば僕はこの身を投げ打つ覚悟だってある。
その結果、彼女へ向ける気持ちが、主としての尊敬から女性としての尊敬へと変わっていた。
新たな仲間が増えるたびに、必死にその想いを隠そうとした。
近侍である僕が彼女に現を抜かしているようでは示しがつかない、そう思った。
前は意識をせずに力を抜いて彼女と話すことが出来た。だが、今は意識してしまう。
戦や日常生活に影響が出てしまうなら手立てを考えなければならないと思うほどに。

***

大倶利伽羅の方が先に来ていたようで、台所は美味しそうな味噌汁の匂いが広がっていた。

「おはよう、大倶利伽羅。ごめんね、遅くなって」
「…あぁ。俺も今来たところだ」

「おはよう」とは言わないけれど、眼差しはどこか優しくも見えた。
きっと遅く来てしまったことに関しては怒ってはいないだろう。
味見をしながら彼は手際良く味噌汁をかき混ぜた。
私はご飯が炊けていることを確認し、昨晩に残った肉じゃがを温め直す。

「…歌仙と話でもしていたのか」
「うん、バレてた?」
「…見え見えだ」
「歌仙の手入れしている花壇、本当に綺麗なんだよね。私はあんまり花には詳しくないけれど、歌仙が優しく教えてくれるからちょっとだけどわかるようになったんだ」
「そうか…」
「大倶利伽羅も歌仙に教えてもらうのはどう?」
「慣れ合うつもりはない」
「うん、ごめんね。わかって言った」

雑談をしつつ作業を進めた。
ご飯、味噌汁、肉じゃが。あとは漬物くらいで良いだろうか。
少し悩んでいた時、後ろから聞きなれた声がした。

「そろそろ前に買った長芋が悪くなる。これで一品作っても良いかい?」
「歌仙!もう、大丈夫って言ったのに…」
「別に君たちが不安で来た訳じゃないよ。せっかく買った長芋が駄目になるのは風流じゃない」
「そうだけどさ…」
「…そろそろ本丸の連中が起きてくるぞ」
「そんな君たちが想像するよりもずっと簡単に出来る料理だから心配ご無用さ。ご飯が冷めてしまう前に茶の間に運ぶんでくれないかい?」

歌仙の声はほんの少しだけ怒っているような気がした。
でも表情はいつもと変わらない。
私たちの有無は聞きもせず長芋を取り出して調理を開始し始める。
こうなったら私よりも彼のほうが強い。
大倶利伽羅に目で合図をし、出来上がった朝食を茶の間へ運んだ。
茶の間には食事を待ちわびる男士たちで溢れていた。

「みんな、おはよう!もう食事は出来てるよ!悪いんだけど早く食べたいから各々食器を取って来てもらっても良い?」

各々に朝の挨拶を済ませ、食事の手伝いをしてもらいやっと食事にありつける。
辺りを見渡すがまだ歌仙が来ていない。
みんなは今か今かと待っている。あまりみんなを待たせたくなかった。
台所へ行こうと立ち上がろうとした時、歌仙の声がした。

「待たせて申し訳なかったね。さぁ、食べようか」
「…よし!これでみんなが揃ったね。いただきます!」
「「「いただきます!」」」

本丸中に声が一斉に響く。
みんなは美味しそうにご飯を食べていて、私はそれを見ているだけで幸せだった。
そういえば歌仙は長芋で何を作ったんだろうか。
まるで心の声が聞こえているかのように隣にいる歌仙が口を開いた。

「長芋の梅肉和えだよ。まだ梅は旬ではないけれど美味しいだろう」
「美味しい。とっても美味しい。ありがとう、歌仙」
「お安い御用だよ」

歌仙は優しく微笑む。
まるで今にも溶けそうなチョコレートみたいに。
私は歌仙が微笑んでいるのがとても好きだった。
きっと私の思う「好き」は英語で言うのなら「love」の方だろう。
こういう時、日本語だと同じ言葉でも意味合いが違うから不便だと感じる。
でも、歌仙だったらその言葉の意味合いの違いを楽しむんだろうな。
隣で美味しそうに食事をする歌仙を見て思わず、笑ってしまう。
歌仙もそれに気が付いたようで微笑み返してくれる。
私の心臓は破裂しそうな程ドクドクと脈を打つ。

朝食が終わり、毎回ではあるけれどホテルで働いてる気分になる程の食器を洗い終えた。
後片付けは朝食の準備と違って手の空いている子が手伝ってくれることが多いので助かる。

「はぁー!やっと終わったね!みんなお疲れさま。各々自分の持ち場に戻っていいよ」
「歌仙もありがとうね。あなたが指示してくれると早く終わるから良いわ」
「そんなことないよ。とにかく朝食が終わってからの時間をどう有効に使うかは大事だと思うからね」
「ご尤もです…」
「そういえば、今日は全部隊出陣しない日だったろう?」
「えぇ。そうよ」
「それじゃあ、僕も時間を有効に使おうかな」
「わかったよ。もし、どこか出かけるなら気を付けてね」
「了解」

歌仙は台所から出てゆく。
その際、私を横切った時にふわっと香りがした。
この香りは金木犀だろうか。
彼に聞いてみないと正解はわからないが、歌仙はいつもいい香りがする。
でも、最近はこの香りが自分の胸を締め付ける。
惚れたら負けとはまさにこの事だ。
胸は締め付けられたまま、歌仙の背中を見送った。


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