Novel | ナノ


  04 雲のように、水のような


「お粥持ってきた」
「あぁ、ありがとう」
「ちょっと、鶯丸の旦那。冷蔵庫に茶なんて入ってなかったぞ?」
「悪いな薬研。今気が付いたんだが、茶はここにあった」
「なんだ、それなら良いんだけど」

蜂須賀と薬研は主を見守るように傍に座った。
2人は俺が来るずっと前から主を支えてきた仲間だ。
彼女がぐっすりと眠りについていることに安心したのか、2人の表情は心なしか和らいでいるように見える。

「どうやら俺が、お粥を作っている間に眠ってしまったみたいだね」
「漢方薬も飲んでくれたんだな。粥に混ぜて食べたほうが良いと思ったが、安心した」
「薬研の作った漢方薬で、症状は落ち着くだろう。主の目が覚めたら、蜂須賀の作った粥を温めなおして食べさせよう」
「そうしようか」
「わかった」
「それまで2人も休むんだ。確かに蜂須賀は『主を支えてくれ』と言ったが、本当は気が気でなかったんだろう?」
「…あぁ」
「薬研もだ。お前が1人で万屋に行ったり山に籠ったりするのは相当消耗するものだったんじゃないか?」
「それは…」
「もう大丈夫だ。俺がついている。2人共ゆっくり休んでくれ」
「だが、一番体力を消耗しているのは鶯丸さんの方では…」
「それはこっちの台詞だ。大将の面倒は俺っちが見るから、鶯丸の旦那も休んだ方が良い。」

2人は俺を半ば脅すように視線や言葉を向ける。
その顔つきは主が肺炎で体調を崩す前と打って変わっていた。
だが、主の前で、俺の前では強くあろうとする。
この2人は限界に近いのだろう。いや、もう限界なのだろう。

「命を大事にしろ」

2人はハッとしたように強張った表情が崩れてゆく。
瞳にはいつものような力強い光が戻っている。
心配しないでも大丈夫。
俺がついている。
だから、2人もゆっくり休んでくれ。
その代わり、次に主と会う時は元気な姿を見せてやってくれ。
それが主の一番の元気の素だ。
彼らは一礼し部屋を後にした。

***

早朝の鳥が鳴く声、朝の独特の匂いで目が覚めた。
なんだか生まれ変わったように思えるほど身体が軽い。
ふと気が付くと寒いのにも関わらず、毛布も掛けずに誰かが膝を崩して座っていた。
黒い詰襟、鶯色の籠手に髪の毛。
言うまでもない、自慢の近侍だ。

「…風邪ひいちゃうよ…」

私が使っていた毛布を掛ける。
彼の表情は光の加減でほとんど見えない。
もしかして眠っているのだろうか。

「ありがとう、鶯丸」
「…お安い御用さ」
「あっ、ごめん…。起こしちゃった?」
「いいや、起きていた」
「起きてたの?寒くなかったの?」
「まぁ、そんな気にするな」
「とにかく休んでよ。私なんかの為にこんな労力を使わせてしまったんだし」
「それじゃあ、お言葉に甘える。主もまだ休んだ方が良い」
「大丈夫。もう随分と身体も楽になったし、朝ご飯の支度とかもあるからね」
「また俺に看病されたいのか?」
「うっ…。わかったよ、休むよ。おやすみ」

半ば諦めたように二度寝をする。
鶯丸は、少し身体を伸ばしのそのまま横たわった。
もしや、このままここで寝るつもりなのだろうか。
まぁ、細かいことは気にするな、か。
1人用の毛布を2人で譲り合うように掛け再び眠りにつく。
暖かな日差しが射して、蜂須賀が起こしに来るまで、もう少しこのまま。

***

あれから数日。
溜まりに溜まった書類を片付け、ようやく羽を伸ばせる日が出来た。
鶯丸は縁側でお茶を飲んでいた。
彼の周りには猫や鳥が天敵であるのにも関わらず集まっていて、一種の休憩所のようなものになっていた。
どうやら彼は私に気が付いたようでお茶を進めてきた。

「この茶は玉露だ。この前に薬研からもらったものだ」
「美味しいね」
「俺もそう思う。もし大包平はがこの茶を飲んだら、どう反応するだろうか」

ふっと春の日差しのような柔らかい笑顔を見せる。
この笑顔に何度救われたことだろうか。
そういえば私には、やり残したことがあるんだった。

「ねぇ、鶯丸」
「なんだ?」
「せっかくだからたまには、大包平のことも良いけれど鶯丸の話も聞かせてよ」
「俺?俺の話をか?」
「どうかしたの?」
「…いや、俺の話を聞いて主は楽しいのかと思ったのでな」
「え?楽しいよ?むしろもっと鶯丸の話が聞きたいよ」
「俺は…」
「…無理なら無理して話さなくても良いけどさ」
「いや違う。ただ、俺は……自分のことを話すのが苦手だ」
「そうなの?」
「大包平の観察は趣味だからいくらでも話すことが出来るが、いざ、自分のこととなるとな…」
「…ふふっ。やっぱり、鶯丸はそのままで良いよ。それが鶯丸らしいからさ」
「そうか。じゃあ、大包平が池に落ちた話をしよう」
「うん、聞かせてよ」

鶯丸は楽しそうに大包平の話を始めた。
結局未だに彼の印象は、雲のように流れ、水のように流れて掴めない人には変わりない。
でもようやく自分の中で1つ彼のことがわかった気がした。
彼は、本当は不器用な人なのだろう。だから自分のことはあまり話さない。
趣味で観察をしている大包平の話をするのは、そんな自分のことを隠す為、なんだろう。
それでも、私は鶯丸が必死に看病してくれたことは、忘れはしない。
彼のことは彼の口からでなく、自分でこれから探そう。
だから、ずっと一緒に居れるように努力しないと。
今なら彼の隣にいて安心できる理由がわかる気がした。

彼の周りに居たうちの2羽の鳥が、春風に誘われるように飛んで行った。

October 13, 2015
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