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  03 浅き夢


子供の頃に一度風邪を拗らせ肺炎となり入院したことがあった。
咳は止まらず熱も上がり食事も食べたくなかった。
なによりただ見たくもない真っ白な天井を延々と見るのが苦痛だった。
同じ状況が、今起きていた。
朦朧とした意識の中、ただただ助けを求めるように彼の名を呟き続けた。
彼がくれる熱は心地が良かった。安心するものだった。

「食べれなくてもお粥を作って持って来るよ」
「まぁ、そうだな。頼んだ」

蜂須賀と鶯丸の声が狭い部屋に響く。
こんな時になって自分の不甲斐なさと彼らの頼もしさを実感する。
もっと、もっと彼らに見合うような審神者にならないと。
小さい頃からじゃじゃ馬とかおてんば娘とか言われていたが、もう卒業だ。
大人の女性になろう。
これからは体調管理もちゃんとしよう。山伏と一緒に山籠もり出来るくらいタフになろう。
こんなことで仕事に差し支えが出るのは、もう懲り懲りだ。

「…それ、ただの風邪じゃないかもしれないな…」
「薬研か。どういうことだ?」
「俺っちは医者じゃないから確信は持てないが、これは肺炎かもしれない」
「肺炎だと?」
「症状は風邪に近いんだが、ここまで酷い咳と高熱、食欲の無さはそうかもしれない。あと、日頃の疲れが裏目に出たかもしれないな」

子供の頃と同じ状況だからそうではないかと思っていたが、やっぱり他から見ても肺炎なのか。
しかもよりによって薬研に言われるのが心に刺さる。
元からしっかりしている子だとは思っていてが、ここまで言われるとさすがに凹む。
2人の会話は続いていたが、もうこのまま上がる熱に身を委ねて眠ってしまった方が楽だ。
そんなことを思っているうちに、薬研の手際はよく気が付けば漢方薬は出来上がっていた。
鶯丸はゆっくりと口元に漢方薬を近づけ飲むように促すが、口を上手く開けることが出来ない。
普段簡単に出来ることなのに。どうして。
ただただ、口からは熱い吐息が漏れていた。

「…薬研、そういえば冷蔵庫に俺が冷やしていた茶があるはずだ。悪いが取りに行ってくれないか?」
「ん?あぁ、わかったぜ」

ちょっと待って。
彼は何を言っているんだ。
朦朧としていた意識が戻ってきた。
丁度薬研からは見えないであろう、正座する彼の太腿付近にあるものはなんだ。
どう見たってお気に入りの冷茶にしか見えない。

「…う、ぐいす…」
「どうかしたか?」
「…お、ちゃ…ある…でしょ…」
「あぁそうだな」
「…やげんが、かわい…そう、でしょ…」
「薬研はこのくらいじゃ怒らないだろう。気にするな」

これはいつもの鶯丸のターンになる会話だ。
気が付けば彼に振り回されている。
もう慣れてしまったけれど、こんな時に叱る労力はない。
肩で息をするような人間に叱るなんて力が本当に必要だ。
私の言葉で何か思うことがあったのか、ずっと見つめてくる。
前がすこし涙で潤んで見えにくいが、彼の瞳は新緑のように美しい。
黙っていれば二枚目なのだけど、口を開けばギャップで少し戸惑う。
そのギャップが好きだから近侍にしている。
本当は、もっともっと彼のことを知りたい。
大包平の話もたくさん聞いたけど、あなたの話が聞きたい。
だから、治さないと。

「みんな、主の為に頑張っているんだ。期待に応えてはくれやしないか?」
「…」
「…どうだ、これを飲む気にはなったか?」
「…」

言葉を発するのは、喉が痛すぎてこれ以上は無理だと身体がブレーキをかけている。
だけど、彼らの期待に応えないことは、私の意にはそぐわない。
だから心優しいあなたなら、今の私の気持ち、目を見てわかってくれる?
何かを察したのか鶯丸は、お茶と漢方薬に手を再び伸ばした。

「そんなに治らないのなら、俺に移せ」

この近侍は何を言っているんだ。
高熱でただでさえ判断力が鈍っているのに。
ただでさえ意識が朦朧としておかしいというのに。
頭が真っ白になりそうだ。

「…そん、な……な、に…いっ……んっ―――」

あぁ、これは夢に違いない。
鶯丸が離れると同時に漢方薬を嚥下する。
それは熱く苦かった。
もう限界だ。いろいろと限界だ。
こんなの、こんなの反則にもほどがある。

「…ば、か…じゃないの…どうし、て…」
「早く治って欲しいからに決まっている」
「…でも、さ…」
「君みたいなじゃじゃ馬、これくらいしないと駄目だろう?」
「…うっ…」

鶯丸は全てを見透かしたように笑った。
それにつられて自分も笑う。
段々と熱が上がっていくのがわかる。
これは決して肺炎から来る熱なんかじゃない。
こんな時に、ときめく自分が腹立たしい。
本当に、悔しくて、仕方がないーーー!
けれど、今はこの熱にすべてを委ねよう。
目の前が真っ暗になっていく中、音だけが聞こえる。
優しくも耳から離れない声だった。
「おやすみ。ゆっくり休むんだ」
それが、私が覚えている最後の声だった。

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