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  02 茹だるような想い


「げほっ、げほっ、ごほっ」

あれから3日経った。
最初はただの疲労で倒れたものだと思っていた。
だがこれはどう見ても疲労ではない。
風邪だ。しかも重度のものだ。

「…う…ぐい…す…」
「あぁ、ここにいる」

主の咳は止まらない、熱も上がる一方。食事なんて摂る体力もない。
譫言のように俺の名前を呼び続ける。
それはまるで子供が初めて覚えた言葉のように繰り返す。
ただ、俺の手を額に乗せている時それは落ち着いた。

「…て、つめたくて…きもち、いい…」
「それは良かった」

安心したのか表情、呼吸の乱れは落ち着いた。
この時が俺も一番安心する。

「主の容態、あまり良くならないね」
「あぁ。でも俺がこうしている時は落ち着く」
「本当にそうだね。とても安心しているように見える」
「あぁ。だが、食事を摂れないのは関心しない」
「少しでも食事を食べることが出来れば良いんだけどね」

主は3日前よりもずっと窶れていた。
高熱に魘され、息をするのも辛そうな姿をどうにかしたかった。
だが俺に出来ることは、この手を額に乗せるくらいだった。

「食べれなくてもお粥を作って持って来るよ」
「まぁ、そうだな。頼んだ」

蜂須賀はそのまま部屋から出て行った。
まじまじと主を見つめ、どうにか出来ないものだろうかと考えていた。
もしやこれはただの風邪ではないのだろうか。
前に主から聞いたことがある「流行性感冒」というやつではないのか?
いや、でも違うかもしれない。
一体主の身体で何が起きているんだ?

「…それ、ただの風邪じゃないかもしれないな…」
「薬研か。どういうことだ?」
「俺っちは医者じゃないから確信は持てないが、これは肺炎かもしれない」
「肺炎だと?」
「症状は風邪に近いんだが、ここまで酷い咳と高熱、食欲の無さはそうかもしれない。それに加えて、日頃の疲れが裏目に出たかもしれないな」
「どうにか出来ないのか?」
「それをどうにかする為に、俺っちが本丸から離れて万屋や山の中に籠ってたんだ」
「これは頼もしいな」

薬研は大人びた表情で笑う。
こんなにも頼りになる奴だとは思っていなかった。
さっそく薬研は自前の薬研を持ち出し、調合を開始する。
手際はよくすぐに漢方薬が出来上がった。

「…よし、こんなものかな。さっそく大将に飲ませてやってくれ」
「あぁ。主、飲んでくれ」

口元に漢方薬を運ぶが、口を開けることすら煩わしいのか開けようとしなかった。
隣で薬研は少しだけ悲しそうな顔をしている。
いっそのこと蜂須賀が作る粥に混ぜて食べさせれば良いのではないか。
そうとも思った。
だが、一刻も早くこの漢方薬を飲ませてやりたかった。

「…薬研、そういえば冷蔵庫に俺が冷やしていた茶があるはずだ。悪いが取りに行ってくれないか?」
「ん?あぁ、わかったぜ」

そのまま薬研は、茶を取りに出て行った。
薬研、悪いが茶はここにある。
少々申し訳ないことをしてしまったが、仕方がない。
気にしないでくれ。

「…う、ぐいす…」
「どうかしたか?」
「…お、ちゃ…ある…でしょ…」
「あぁそうだな」
「…やげんが、かわい…そう、でしょ…」
「薬研はこのくらいじゃ怒らないだろう。気にするな」

こんな時でも主は相変わらず俺を叱る。
らしいといえばらしいが。
だが、苦しそうに発する言葉の1つ1つは弱弱しい。
息をするのも辛いというのに会話することはもっと辛いだろう。
かつての俺を見ている気分になった。

「みんな、主の為に頑張っているんだ。期待に応えてはくれやしないか?」
「…」
「…どうだ、これを飲む気にはなったか?」
「…」

言葉は無かった。
目は熱で潤んでいるが、強く光っている。
どうやらこの瞳は「飲む」と捉えても良いのだろうか。
隠し持った茶と漢方薬を再び手に取る。

「そんなに治らないのなら、俺に移せ」

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