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  01 事の始まり


「そんなに治らないのなら、俺に移せ」

うちの近侍は何を言っているんだ。
高熱でただでさえ判断力が鈍っているのに。
ただでさえ意識が朦朧としておかしいというのに。
頭が真っ白になりそうだ。

***

季節の変わり目なのだろうか、体調を崩していた。
すこし熱っぽく、咳をしていたが、そんなの気にせず仕事を熟していた。

「茶でも飲んで少しは休んだらどうだ?」
「ありがとう、鶯丸」

鶯丸からもらったお茶を一口飲んで仕事を再開する。
ここ最近は報告書の作成に追われる毎日だった。
更に強力な力をつける遡行軍、第三勢力の検非違使。
書いても、書いても終わりを見せない。
いい加減休みが欲しい。
でもこの報告書を書き上げる以外に、休日を手に入れる術はない。

「そろそろ休みにしたらどうだ?仕事は、休み休みやるもんだ」
「よく内番サボってる人に言われたくないかなぁ…」
「いやぁ、参った」
「…」

鶯丸とはそれなりに長い付き合いではあるが未だによく掴めない。
聞こえをよく言えばマイペース。悪く言えば好き勝手やっている。
それでも自慢の近侍ではある。
だが、彼の言いたいこともわからなくはない。
とても説得力はないけれど…。

「とりあえず、あと少しで区切りはつくから先に休んでて良いよ」
「わかった」

執務室から出て行くその背中を見送った。
再び報告書作成に戻っていると急に寒くなってきた。
寒気に襲われるなんて珍しい、本格的に体調を崩したのだろうか。
そんなことを考えていると、貧血にでもなったのか目の前が真っ暗になった。

***

「良かった。目が覚めたんだね」
「…はち…すか…?」
「あぁ、そうだよ」
「…私…確か仕事をしていて…」
「仕事が大変なのもわかるけど、無理して倒れてしまったら元も子もないよ」
「ごめんね」

蜂須賀の声は初めて聴くくらい不安そうだった。
こんなにも心配させて申し訳なくなる。

「主、しばらく仕事は休んで欲しい。近侍の鶯丸さんから皆に伝えるようにしておくから」
「うん、そうしてくれると助かる。本当にありがとう」

安心したのか笑顔で柔らかそうな髪を靡かせて部屋を後にした。
それに入れ替わるように鶯丸が入ってきた。

「具合はどうだ?」
「うん、それなりに落ち着いたかな。ごめんね。なんかみんなに迷惑かけちゃって…」
「細かいことは気にするな」
「…ありがとう」

鶯丸のこういうところは好きだ。
流れる雲のように掴めない人ではあるけれど、誰よりも優しい。
彼は、一緒にいて気が休まる。蜂須賀とは違う安心感がある。
ただ私には、この安心感がどういう意味を持っているのか理解出来ていない。

「もう仕事に戻って良いよ」
「これが仕事だ」
「はい?」
「蜂須賀に『近侍として主を支えて欲しい』と頼まれたからな」
「…いや、でも…いくら蜂須賀の言ったことでもそれは断ってよ」
「気にするな。それに何時も休んでいると思われたくないからな」
「…もう、好きにしていいよ…」

それから、鶯丸に看病される日々が始まった。
出来るのであればすぐに役目を終わらせたかったが、そういう訳にはいかなかった。

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