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  04 はじまり


「本当に宜しかったのですか?」
「ん?どういうことだ?」

主からの手紙を読み終えたのを見計らったように、こんのすけが現れた。
この様子だと一部始終を見ていたのだろう。
なにより俺がこっちに行きたいと頼んだのだから監視役がいなくては駄目か。
無理な願いを軽々と了承してくれたのには驚いたが…。

「あなたのように練度の高い刀剣男士であれば、その気になればこのまま現世に残ることも可能ではないかと思いました」
「うーん、まぁ可能かもしれないけどなぁ。あの本丸は凄く楽しかったし居心地は良かったけどさ。所詮、俺は武器だからな。戦っている時が一番良い」
「そうですか」
「それに、俺がそうしたら歴史が変わっちまうかもしれないだろう?それは、主は望まない」

1人幸せそうに眠っている主を見る。
そうだ、俺は歴史を守るためにこの人に付いていくと決めたんだ。
多くの人が今生きる世界を良くしようと足掻いた結果がそれだ。
良くも悪くも歴史は歴史だ。

「…なぁ、聞いてもいいか?」
「なんでしょうか」
「俺たちみたいに本丸が解体された刀剣達はどうなるんだ?」
「今まで培ってきたもの、手に入れたもの全てが無になります。そしてまた別の本丸に招かれるでしょう」
「無、かぁ…。そうか…」

どうりであの人は何も知らなさそうな顔をしていたわけだ。
きっと俺達がどういう末路を辿るのか聞くのが嫌だったんだろう。
1人納得しながらポケットに入れたままの手紙に気が付く。
それは主から受け取ったものではなかった。
本丸解体を告げられ、酔い潰れた主を運んだあの夜、茹だるような暑さで寝れなかったあの日に書いたものだ。
そして俺自身が書くことを諦め、出せなかった手紙だ。
今まで積み上げてきたものが全て無かったことになるのか。
戦ってきて培った経験や本丸でのくだらなくも楽しかった思い出も。
そして、この手紙を渡すはずだった人も。
喉の奥が熱くなり、話を続けようにも詰まって出てこない。
今まで感じたことのない気持ちになる。
もやもやしたものが一向に晴れる気配はない。
自身の役目を全うすることをこんなにも抵抗するのは初めてだ。
興味本位で聞かなきゃ良かったなぁ。
爪が食い込み血が出るくらい強く、強く拳を握りしめた。

「では、行きましょうか」
「…あぁ、そうだな」

心ってのは厄介だ。でも、心があってよかった。
でなけりゃ俺は、こんなに楽しいと思えることは無かったんだ。
出せなかった手紙を祈るように握り締めた。
「俺もあんたのことが好きだったんだ」
最初で最後の主の頭を撫でる。
本当は忘れたくもない想いを、もうすぐ忘れてしまうその想いを抱え前に進んだ。

***

茹だるような暑さに頭がおかしくなりそうだ。
筆を握っても一向に進む気配はない。
こういう時は何をしても駄目だろう。
筆を置きその場を後にした。
が、なぜか後にしては駄目な気がして戻ってきた。
頭を掻きながらゆっくりではあるが1文1文考え、綴ってゆく。
いつの間にかポケットに入っていた書きかけのぐしゃぐしゃに折れた手紙だった。
初めて見た時は俺への恋文かと期待していたが、どう見てもこの字は俺が書いたものに違いない。
だがいつ書いたか記憶には無かった。少し気味が悪かったが、なにかつっかえるものがあった。
この手紙は何があっても書かなくてはならないと思った。
一体、俺が誰に宛ててこの手紙を書いたのか。
そして俺はその人に何を書こうとしたのか。
書きかけの手紙は俺自身への挑戦状だ。

降るような蝉時雨はまだ止まない。
真夏の昼間は始まったばかりだ。

October 4, 2015
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