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  01 想いの始まり


拝啓 降るような蝉時雨ではありますが、如何お過ごしでしょうか。

茹だるような暑さに頭がおかしくなりそうだ。
筆を握っても一向に進む気配はない。
こういう時は何をしても駄目だ。
筆を置きその場を後にした。

***

「誰に宛てた手紙だ?」

突然上から降ってきた声に驚き、声も出なかった。
どうやらその姿は、御手杵にとってはおかしなものだったらしく本人は愉快そうだった。

「…両親だよ。たぶん、しばらく帰れないだろうからそのことを書いておこうと思って」
「へぇ。親に宛てたものなのに随分と丁寧に書くんだなぁ」
「まぁね。たとえ親に宛てたものでもひとつひとつ丁寧に書くことって大切だと思うの」
「そうか、あんたは偉いなぁ」

御手杵は、胡坐をかきながら私の手紙を書く姿をひたすら眺めていた。
その視線に集中出来なくなり外してもらおうかと思ったが、悪気があってしているわけではないので複雑だった。
これが所謂惚れた弱みというものなのかもしれない。単刀直入に言えば、私は御手杵が好きだ。
だけどこのことは誰にも言うつもりもない。ずっと胸の内に秘めておくと決めている。
審神者として職務に就いたからには、恋愛事よりも仕事を優先にしたい。
それに刀剣男士達のことは特別扱いする者なく平等に接したかった。

「ねぇ、御手杵」
「…なんだ?」
「ちょっと麦茶取って来て欲しいんだけど」
「えー…。そんな…いくらなんでも槍使い荒くないか?」
「…今日の晩御飯のデザートのスイカあげるから」
「よし来た。任せろ」

特別扱いするつもりはないけれど何処か甘やかしてしまう。
本当にどの口が言っているのだろうか。

***

日は沈み蛍が舞う涼しい縁側でただひたすら西瓜を貪っていた。
どうやらその姿が主から見て面白かったらしくクスクスと笑っている。

「なんか可笑しいことあったのか?」
「いいや、随分と美味しそうに食べるなぁって思ったから思わず」
「まぁ実際美味いぞ?」
「それは良かった」
「主君ーーー!どこですかーーー?」
「ん、秋田くんに呼ばれてる。それじゃあ、ごゆっくり」
「おう」

「今行くよー!」と本丸に響き渡るくらい大きな声を出してその場を立ち去って行こうとした時だ。
目の前で足を取られたのか崩れ落ちていく。今見ているものが、まるで時間が止まってゆくようにゆっくり進んでいた。
考えるより咄嗟に手が出ていた。抱き抱えるように彼女を助ける。
自分でも驚くほど顔が近かったがそんな場合ではなかった。
急いで無事か確認する。

「おい、大丈夫か?」
「えっ、あっ、う、うん、だっ、大丈夫!」
「…なら良いんだけどよ。足元、気をつけろよぉ?」
「あ、ありがとうね!いっ、行ってくるね!」
「おー」

バタバタと騒がしく音をたてその場を逃げるように去って行った。
なんだか悪いことをしてしまった気がする。でも、あんなに主の顔を間近で見たことなかった気がする。
意外と綺麗な目してるんだなぁ、肌も綺麗だったし、身体も俺とは違って硬くない。
あぁ、そういえば主は女だったんだ。
そう改めて考えるとモヤモヤしてきた。
西瓜を食べようと思ったが助けた反動で地面に落としていたことに気付く。

「あ゛っ!?」

目の前の無残に散った西瓜と今抱えている気持ちに頭を抱えた。

***

「最近、御手杵さんの様子変だと思わないですか?」
「変?戦ってる時も調子は良さそうだよ?もしかして体調悪いの隠しているのかな…?」
「まぁ、本人に聞くのが一番早いですよね!じゃあ行ってきます!」
「ちょ!待ってよ、鯰尾!なんか君が聞いたら話がこじれそうだから、自分が行くから待ってて」
「善は急げって言うじゃないですか!」

不服であることを視線で訴えてくる。どうやら譲るつもりはないらしい。
確かに御手杵が不調であることは不安だ。
まぁ本人も脇差達とは気が合うと言っていたから、ここは少し不安ではあるが鯰尾に頼むことにしよう。

「…わかったよ。御手杵が話してくれるかはわからないけれど行っておいで。頼んだよ」
「了解です」

楽しそうに鯰尾は出て行った。たぶん、半分ちょっかい出しに行きたいのだろう。
だけど御手杵が変だとは思わなかった。
本丸内でもいつも通りで何も変わらず今日も畑仕事を頼んだし、ご飯もいつも通りおかわりしていた。
何があったのだろうか。不安になってきた。
そんな中、蝉はけたたましく鳴いている。
相変わらず本丸は夏真っ盛りだった。
それなりに涼しい室内ではあるけれどやっぱり蒸し暑い。
鯰尾が去り1人執務室で仕事をしている時、こんのすけが現れた。

「主さま、よろしいですか」
「どうかしたの?」
「急ではありますが、主さまはこの地域の目標である時間遡行軍を一定数倒したので本丸を解体することになりました」
「……え…?」
「ですから…」
「違う、そういうことじゃない。いつかは戦わなくても良い日が来ることは理解していたけど…でも……そんな、まだ私…」
「主さまのおっしゃりたいことも理解出来ますが、これはもう決定事項なので覆すことは出来ません」
「…そう、なのね。……わかったわ。具体的な日付はいつ頃?」
「遅くても3日後になります。早くても明日には解体出来るでしょう」

あまりにも急なことに動揺を隠すことが出来なかった。
始まりがあれば終わりも来ることはわかっていたがあまりにも早すぎる。
呆然としていて今の私には何も出来ない。
でも、少しだけ、ほんの少し抵抗した。
今出来る限り最低限の抵抗だった。

「…そうですか…。本丸の解体の件は了承しました。解体日は3日後にして下さい。あと、この本丸を解体することを今夜、彼らには伝えます。ただ、3日間は彼らの好きなように行動させます。それでも良いですか?」
「構いません。では、4日後の正午には解体出来るように準備します。その際、声をかけますのでお願いします」
「えぇ、頼んだわ」

本丸が解体されれば彼らがどうなってしまうのか、そんなこと怖くて聞くことが出来なかった。
自分勝手なのかもしれないが、未来のことよりも今を大事にしたい。そう思った。
大きく息を吐いた。
頭を切り替えないと、今すべきことは1つだ。

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