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  エレンの場合


「なぁ、ミカサ」
「なに、エレン」
「それ食い終ったら、散歩でも行こうぜ」

あたりの空気が凍る。
なに。そんなに俺は変なことを言ったか?俺だって散歩に行きたいことだってあるぞ。
ミカサは少し時間差でうなずく。そしてかきこむように晩御飯を食べる。
なにもそんなに急ぐ必要はないのに。
食堂を出て屋外を散歩する。今日の夜空は澄んでいて星も綺麗だ。
二人で夜に出歩くのは本当に久しぶりだった。

「…エレンが私を誘うなんて珍しい。明日はきっと巨人が降ってくる…」
「はぁ?何言ってんだよ。冗談もほどほどにしろよ」

あの日以来、俺はミカサを変な目で見てしまう。
どこが変かと聞かれればわからない。ただ変わったのは俺の方なのには違いない。
ふと俺の左を歩くミカサの顔を見る。
黒い髪の毛が風にそよぐ。髪に隠れた傷が姿を現す。
ミカサを傷つけたあの日からしばらく経っている。だが一向に傷口は消えない。
消えたとしても俺がミカサを傷付けた事実には変わらない。

「エレン、この前はありがとう。…私は、とっても幸せだった」
「ったく何言ってるんだ。そんなの家族だから当たり前だろ?」

「えぇ」とミカサが呟いた。そしてクイッっとマフラーで口元を隠す。
自分で言った言葉に違和感を覚えたのはすぐだった。これでいいのかと。俺は"あれ"を見てしまった。
胸の中でなにかがつっかえる。唾を飲んでもそれは治まらない。ざわざわしている。
あの日のあの感覚に似たものだけど、なにか違った。

「…風邪が治ったのはエレンのおかげ。私は…これでまたエレンを守る」

ざわっと風が吹く。その風は俺の中にあったつっかえを吹き飛ばした。それも全部だ。

「何言ってるんだよ!俺はお前に守ってもらう必要なんかない!」
「…あ…」
「そっ、そんなしょぼくれた顔すんじゃねぇよ!そういう意味じゃなくて、俺は―――」

その場で足を止めた。ミカサの腕をつかむ。
すこし驚いた顔したがすぐに表情はいつも通りになった。

「お前はさ、俺のこと…弱い奴だと思ってるかもしれないけどさ。俺だって…昔とは違うんだ…」
「エレン、落ち着いて、一体どうしたの…?もしかして風邪を移してしまっ―――」

ミカサの息遣いが耳元で聞こえる。
ミカサの鼓動が聞こえてくる。
ミカサの体温を感じる。
気が付けばミカサの肩を抱いていた。

「…一回しか言わねぇからな…」

返事は無かった。だけどコクコクと頷いていた。

「俺は…もう子供じゃねぇ。自分のことぐらい自分で出来るし決めることが出来る。お前に守ってもらわなくても、言われなくても。だから…家族を…お前を守るって決めた。俺にミカサ、お前を守らせてくれ」

俺はなにを言っているんだ。
でも、それは紛れもない本心だったのかもしれない。簡単に奪われてしまう世界だから。だから壊れないように守る。戦う。
ミカサの鼓動が早まる。それにつられて俺の鼓動も早くなる。

「…エレン…は、はず…かしい…」
「わっ!悪い!その…」
「と、とにかく…エレンの言いたいことは…わかった…。もう、冷える。帰ろう」

お互いの体から離れるとミカサはマフラーで顔を隠した。顔が見えなくなるくらい。
いじわるしてやろうとマフラーを引っ張るが、ミカサの握力には敵わなかった。
悔しい。俺はミカサより握力がないっていうのか。
帰りはお互い、一言も話をしなかった。それで良かった。むしろそのほうがよかった。
ふと一瞬見たミカサの顔は真っ赤だった。それを見て俺も恥ずかしくなった。
今改めて思えば相当恥ずかしいことを言っていた。
こんな大げさなことするつもりは無かった。
大げさに言うつもりもなかった。
もっと素直に伝えれば良かったのかもしれない。
不器用に伝えた言葉が思い返せば照れ臭かった。
ただ、誰にも渡したくないという感情が先走ってしまった。
「もっと余裕が欲しい」そう思った。
今度何か大きなことを伝えるときはあらかじめ考えてからにしようと決意した。

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