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  エレンの場合


ミカサの寝顔を見ながら思うことがある。
コイツの俺に対する言葉は母さんを思い出すことがある。ふとした瞬間に重なる。
それがミカサを心から拒むことの出来ない理由の一つだ。言い方が悪いか。ミカサは嫌いじゃない。
だからと言って本人に言うと面倒なことは見え見えなので言わない。俺も釈然としない。
でも、コイツが困ってるときは支えてやろうって決めた。
家族の一人だから。それが今だ。
ミカサは風邪をあまり引かないが一回引くと長引く。それもしつこく。
ガキの頃は本当に死ぬんじゃないかと思うくらい悪化したときもあった。見ているこっちも辛くなる時もあった。

「ミカサ」

ボソッと呟いた声に反応して、こちらに腕を伸ばす。その腕は弱弱しく震えている。

「おい、無理するなよ。まったく、お前が風邪引くなんて久しぶりだな」
「…うん。でも、もう治った」

顔を赤らめて、目も充血している。それで治ったとは言えないだろう。
苦笑いしながら「嘘つくんじゃねぇよ」とつぶやく。本当に今のミカサはいつも以上に厄介だ。
今は俺のことはどうでも良いから自分の心配をしろ。
そう思いながら額に乗せられた真っ白なタオルを取る。そのタオルはとても温かった。とりあえず冷やしに行こうと思い、部屋を後にする。

冷水でミカサの体温で温くなったタオルを濡らす。昔を思い出す。懐かしい。
ミカサが風邪を引いたときのことが。よく母さんがひやかしていた。その母さんの幸せそうな笑顔が今も目を閉じれば浮かぶ。本当にあの頃は幸せだったんだ、と。

部屋に入ろうとしたときミカサの声が聞こえた。誰か部屋にいるのか?

「どうして、私を助け…か…って。新兵なんて…死んでいくのに。…の班員だってみんな…のに。なぜ、私を…のだろうか…って」

か細い声が部屋の外から漏れる。
途切れ途切れにしか聞こえない。でもなにかを必死で伝えている。
まるで自分が死ぬからその遺言みたいに。
部屋にいるのは誰だ?独り言でそんなになるか?でも、意識が朦朧としかけていたからありえなくもないか。
部屋に入ろうとしたとき、まだ、ミカサが話し続けていた。
なぜが入るのをためらった。なぜだ。

「…兵長の怪我は…人類の希望の…光を消す…それは、あの人自身も…分かっているはず…であろうこと…なのに…。エレン…私は…あの人の…あの…ひょう…じょが…わす…」

身体の中に何かが走る。
握ったタオルから水がぼたぼたと零れ落ちる。
なんだ、これは。
体中の血が煮えたぎるくらい体温が上昇する。いや、むしろ今まで血液が凍っていたのかもしれない。
俺の下に小さな水溜りが出来る。
しばらくその場から動けなかった。いや、動かなかった。“そいつ”の顔を見たかった。
俺の代わりにミカサの話を聞いてる“そいつ”を。
しばらくして暗い部屋から出てきたのは、いつも嫌と言うほど顔を合わす人物だった。

「…なんだ居たのか、エレン」
「えぇ。兵長がミカサの様子を見に来るなんて珍しいですね」
「体調を崩している兵士を気にかけて悪いか」

そう嫌味のように吐いた言葉が嫌だった。
気に食わなかった。
タオルの水気はすっかり無くなった。その水溜りを見ていたようで「小便漏らすんじゃねぇよ、汚ぇなクソガキ」と吐いて立ち去った。
初めての感情だった。体の中のどす黒くてモヤモヤしたものが全身を駆け巡る。
ミカサが居なくなるかもしれない。
そう感じ、兵長を殺めてしまおうかとも頭によぎった。
ミカサのベッドの脇にある椅子に腰を掛ける。
手に握ったカラカラになったタオルを見る。そのまま置き捨てた。
そしてベッドに顔をうずめる。シーツを握る。跡が付くくらい。
初めての感情、それは嫉妬だ。
今までミカサは居なくならないものだと思っていた。むしろアイツのことだから俺がいくら振り切ってもついて来るとすら思っていた。しつこいくらいに。
だけど違う。あの日みたいに簡単に奪われることだってある。
俺の中の俺が「戦え」と叫んだ気がした。

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