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  ミカサの場合


風邪を引いた。
何年振りだろうか。
私はエレンを取戻し安心しきってしまった。気を抜いたわけではない。むしろまだ抜いてはいない。まだ、私はエレンを守らなければならない。
だが、こんな無様な姿では駄目だ。布団を肩までかぶって天井を見上げる。つまらない。
エレンに会いたい。今、エレンは何をやっているのだろうか?そもそも今は何時すらかもわからない。

「ミカサ」

その声にビクッと体が反応する。あぁ、エレンの声だ。声の方に手を伸ばそうとするけど視界がぼやけてどうにもならない。

「おい、無理するなよ。まったく、お前が風邪引くなんて久しぶりだな」
「…うん。でも、もう治った」

笑いながら、嘘つくんじゃない。と彼は私のおでこにあるタオルを取る。彼は優しい。
とっても優しい。
昔、私が風邪を引いたときもこんなやり取りをした。
私はエレンの家に来たばかりの頃、よく体調を崩していた。その時もエレンが看病してくれた。
おばさんは嬉しそうによくそのことを話していた。…でも、もうあの頃には戻れないんだ。
視界がぼやけ、そして真っ暗になっていく。もう、何も見えない。
あぁ、このまま夢に落ちていくんだ。エレンのぬくもりを感じたいのに。そう思っていた時だ。
おでこに冷たいものが当たる。気持ちいい。
きっとエレンが私の体温で温くなってしまったタオルを濡らしてくれたんだろう。

「…いい」

掠れるような声で呟く。「ん?」とエレンの声がする。

「…気持ちいい…。ありがとう…」

返事は無かったけど、エレンが傍にいてくれるだけで落ち着いた。ただ一緒にいるだけでいい。
それだけで私は十分だった。心の中が暖かくなる。彼は私の希望で、私が生きる意味なのだ。

「…エレン、私、エレンと一緒にいれて嬉しい…。でもね…」

頭がさらにボーっとしてきた。それに伴って呂律が回らなくなってきた。そして思考もおかしい。
風邪の時のよくある症状だ。でも、今ならエレンに何でも伝えられる。そんな気がする。

「最近おかしい…。あの、チ、いや、兵長のことで…」

エレンの気配は消えない。まだ傍にいてくれる。それだけで安心する。
でも、私は今なにを言っているのだろう。よりによってあのチビのことだ。エレンの話をしたいのに、どうしてだろう。
…これだから風邪は…嫌だ。

「どうして、私を助けたのだろうか…って。新兵なんて大勢戦場で死んでいくのに。エレンの班員だってみんな死んだのに。なぜ、私をかばったのだろうか…って」

意識が朦朧としてきた。
もう、いっそのこと眠ってしまおうか。このままではエレンに迷惑をかけてしまう。それだけは嫌だ。
なのに、もう一人の私は言うことを聞かない。
エレンに伝えたかった。

「兵長の怪我は人類の希望の…光を消す…それは、あの人自身も分かっているはずであろうこと…なのに…。エレン、私は…あの人の…あの…ひょう…じょが…わす…」

もう何も聞こえない、見えない、喋れない。でも、微かに声が聞こえた。一体エレン、なんて言ったの?
意識が遠のく。


翌日。私はいつも通りの体調だった。とっても体が軽い。
昨日まで風邪を引いていたことが嘘のようだ。
ふと気が付くと、ベッドに顔をうずめる形でエレンが寝ている。「あぁ、私は生きるために戦わなくては」そうエレンの寝顔を見て思った。
どうしてそこにタオルがあるのだろうか。ずいぶん飛ばしたものだ。
シーツを強く握る手をそっと上から優しく包んだ。

私が昨夜の安心した出来事がすべて夢でないことを祈りながら。
私の言った言葉がすべて夢であることを祈りながら。

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