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  04 桜咲く


「みんな…ごめんなさい…こんなボロボロに……」
「思ったより深手だが大したことはないよ」
「…ごめんなさい…」

刀装は溶けて、各々傷を負っていた。
中でも損傷が酷いのは歌仙と大倶利伽羅だった。優先的に2人を手入部屋へ向かわす。
初めは歌仙のほうについていたが、彼は「今は歌を考えたいから一人にしてくれ」ということで部屋を後にした。
大倶利伽羅がいる手入部屋へ向かう。

「…大倶利伽羅、入るよ」

部屋の真ん中でひっそりと佇む姿は声を聞かなくても「一人にしてくれ」と言わんばかりだ。
だが彼の傷はあまりにも見ていて痛々しいほど深く多いものだった。
それに加えて彼は、自分を責めるわけでもなくただただ何も言わなかった。
ひたすら何かに耐えているようにも見えた。

「ごめんなさい…」
「…」
「自分が、行軍の進行を決行しなければこんなことに…」
「……戦っている以上、こうなるのは当たり前だ」

帰ってから初めて口を開いた大倶利伽羅はいつものように落ち着いた声色だった。
てっきり怒っていると思っていたからすこし驚いた。
だが、その言葉は遠回しに自分を突き放しているようにも聞こえた。
涙も出ないくらい悔しかった。惨めで仕方がなかった。
大倶利伽羅の視界の外れからずっと自分を戒めるように拳を震わせた。

「…あんたは自分の仕事を全うしたまでだ。違うのか?」
「違わない」
「ならそれで良いだろう。歌仙の奴も大した傷ではないと言っていた」
「…でも、それと、これは違う…」

お互いに視線は合わせない。
自分は震える手を見つめ、大倶利伽羅は壁を見つめる。
だからこそ、言葉をぶつけられたのかもしれない。

「…もっと…強くならないと…」
「…」
「みんなを、みんなを…守れるように…」
「…」
「…でも、あんな敵に勝てるのかな…」
「そんなこと言う暇があるのなら、考えたらどうだ」
「え…?」
「強くなりたいんだろう?本丸の連中を守りたいんだろう?なら俺に構わず行動するべきじゃないのか?」
「…それは…」
「あんたは、この本丸の指揮官なんだろう?」

大倶利伽羅の言葉に震えが止まった。
審神者として、指揮官として、自分が今なすべきこと。
不明瞭ではあるがなにか答えを得た気がした。
自分の真上にあった黒い雲は晴れてゆく。

「…大倶利伽羅、ありがとう…」
「…」
「ゆっくり休んでね」
「…」
「あと…」
「…」
「おかえりなさい」

第三勢力の強さに慄いた。
彼らが傷ついて帰って来たことに動揺した。
自分の選択の甘さに後悔した。自分の愚かさに弱音を吐いた。
でも、もう大丈夫。歴史を守るため、生きるために、戦わなければ。
決意を胸に手入部屋をようと襖に手を掛けた。

「………………ただいま……」

部屋を出る瞬間、ほんの一瞬だ。
大倶利伽羅の声がした気がした。
思わず振り返ったが目に映るのはいつものぶっきらぼうな背中だった。
なんだか強張っていた全身の力が抜けた気がした。
ふと桜の花びらが顔を掠めるように舞う。
「あぁ、もうこんな季節なのか」
目の前には本丸で一番大きな桜の木が月明かりに照らされ輝いていた。

***

それからどれだけの月日が流れただろう。
あの頃のような弱い審神者ではない、と信じたい。
多くの刀剣達も仲間になり遠征に行かせることにも手が回るようになった。
随分と賑やかな本丸になったものだ。

「大倶利伽羅、今日は遠征に行って来てもらって良い?」
「…戦じゃないのか」
「明日は戦のメンバーに入れるから。お願いね」
「慣れ合うつもりはないからな」
「わかってるよ」
「…」
「遠征隊長よろしくね。獅子王も居るけど、あの子達しっかりしてるから大丈夫だと思うけれど、短刀達も頼んだからね」

返事はなかったが、目を見れば了承してくれたことはわかった。
大倶利伽羅と獅子王、短刀達を連れてそのまま遠征へ向かって行った。
見送る最中何か後ろで気配がした。振り返ると畑当番の休憩だろうか鶴丸と光忠が立っていた。
なんだか少し様子が変だ。

「…二人共どうかした?もしかして遠征行きたかったの?」
「まぁ遠征先の人々に驚きを与えてくるのも悪くはないが、それ以上の驚きがあった」
「なにか変だった?」
「変…と言うか、ちょっと歓心したんだよ」
「歓心?何に?」
「大倶利伽羅に決まっている。随分と丸くなったよなぁ」

「いやー、驚いた驚いた」と鶴丸は言っているが、良い意味で今まで見たことのない表情をしている。
光忠に関しては手の掛かる弟の成長に感動している兄のように嬉しがっているように見えた。
自分だけが置いてけぼりである。

「にしても本当に君は彼の弱みをどういう風に握ったんだい?」
「自分は大倶利伽羅の弱みなんか握ってないよ。むしろ彼と付き合いの長いあなた達から教えて欲しいくらいなんだけどな」
「それを聞くのは無粋だなぁ。だが、強いて言うなら…」
「強いて言うなら?」
「そりゃあ―――」
「おい」

突然降ってきた大倶利伽羅の声に一同は固まる。
遠征に行ったはずなのにどうしてここに居るんだ?と同じ気持ちになったには違いない。
少し気怠そうな顔をしている大倶利伽羅の後ろには今剣がいた。
どうやら昼食用に作ったおにぎりを忘れたらしく取りに来たようだ。

「ここまでなら一人で行けるだろう?」
「はい!ちゃんとまっててくださいね!」
「…良いから早く行って来い」

今剣は風のように駆けていく。
それを見計らったように鶴丸と光忠は畑当番に戻った。
二人が去ってからは沈黙が続いた。いつもの沈黙とは違う重みだ。
ただ、その沈黙を切り裂いたのは自分ではなかった。

「…奴らと何を話していたんだ?」
「え?…いや、特になにも…」
「……そうか」

一瞬、大倶利伽羅の視線が鋭くなった。それは言わなくても彼らに向けた視線だった。
「今日の夕飯は二人のおかずは多めにしよう」とばっちりを受ける彼らの為に決めた。
そうこうしている間に今剣が戻ってきた。

「おまたせしました!いきましょう!」
「…あぁ」
「気を付けて行くんだよ。他の子達にも伝えておいてね」
「はい!バビューンといってきますね!」
「…ふん」
「いってらっしゃい」

今剣は千切れそうなほど手を振っている。可愛い光景に思わず笑顔で手を振り返す。
ふと大倶利伽羅のほうに視線をやるといつもの表情よりも穏やかなで優しい表情をしていた、ように見えた。
一瞬、自分のなかで、今まで感じたことのない不思議な気分になった。
その気持ちに疑問を抱いている間に今剣に引っ張られるような形で、二人はそのまま本丸を出て行く。
小さくなってゆく背中を見えなくなるまで見送った。
「さて、自分も仕事の続きしないと」あんまりサボっていると歌仙に怒られてしまう。両頬を叩き気合を入れる。
鶴丸達の話していたことが未だ理解出来ていないが、彼が帰って来る前にこっそり聞いてみようか。
季節の変わり目の独特な風の匂いと柔らかな日差しが射す。
今日も本丸は平和だ。

March 29, 2015
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