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  16


息を切らしながら、彼の元へ走った。
とても驚いた顔をしている。

「え…」
「…挨拶もしないで行くのか…」
「ミ……リヴァイ…店長…」
「店長である俺に挨拶も無しに、勝手に行くのか…」
「…エルヴィン…さん、まだ時間大丈夫でしょう?少し、話がしたい」
「あぁ、構わないよ。だけど、あまり遅くはならないでくれないか?」
「…わかった…」

周りのエレン、アルミン、サシャ、クリスタのことはお構いなしに彼を連れて行った。
本当に4人には申し訳ないけれど私にも時間が欲しかった。

「なんで来たんだ」
「…ハンジさんにスクーターを借りてまで飛ばしてきたのに、その言い方はおかしい」
「そういう意味じゃねぇよ…。あいつに物借りると、後で何されるかわからないぞ…」
「構わない。どうせ、身体はあなたのだから」
「よく言うよ」

ベンチに2人で座りながら、どうでもいい、くだらない会話をはじめる。
それは、まるで、旅立つ人とする会話ではない。
時間が止まっているように、周りの雑音は聞こえない。

「…あいつにスクーターなんか借りなくても、定期バス出てただろうが…」
「それは…」
「まぁ、そうなんですけどね…」
「…あぁ、そうだ…」
「そ、の…リヴァイさん…」
「…なんだ?」
「わ、私は…あなたと見た景色、食べた食事、話した会話を…きっと忘れる…」
「は?」
「でも、過ごした時間は忘れない…」
「…」
「1年、経たなくてもいいです…」
「…」
「私は、待っている…。あなたが、1年経とうが2年経とうが…あのお店を綺麗にして待っています…」
「…ちょっと待て、話が見えない…」

顔全体に影を作ってこちらを睨む。私の顔でやめてほしい。
伝わらないもどかしさに、うずうずする。
もっと伝えたい。
私の思っていることを、ちゃんと伝えたい。
だけど言葉が見つからない。

「…私は、あなたを応援しています…」
「…」
「頑張ってほしい…長年の夢、叶えて欲しい…と思った」
「…」
「本当は…私の身体で行くのは不本意…だと思う。けれど、この機会を逃して欲しくなかった…」
「…」
「だから私は…応援する…」

無言を貫く彼は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
もしかしたら伝えたいことが、伝わっていないのかもしれない。
伝わらないもどかしさで胸が苦しい。
言葉で伝えても、伝わっているのはその言葉だけだ。
私が伝えたいものは、そんな言葉じゃない。
ズボンに跡がつきそうなほど握り締める。

「…」
「ミカサ、ありがとう」
「え…」
「ありがとう」
「…」

そのまま、彼はベンチを立つ。
彼が言ったことが理解出来なく、呆然としていた。
遠くなる背中を追いかけた。

「ちょ…ちょっと、どういう意味ですか?」
「…あ?」
「その…今の、どういう…」
「……チッ…」

こちらに殺気丸出しで近づいてくる。
何か触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。
避ける間もなく、両手で顔をロックされる。
目の前に顔が近づいてくる。
いつも見慣れている顔が、絶対しない初めて見る表情をしていた。
悲しそうな、せつなそうな、でも少しだけ笑っているような一言では例えれない表情だ。
自分の顔が自分の顔でなく見え、思わず唾を飲んだ。

ゴン…ッ

鈍い音が頭中に響く。
あまりの衝撃で頭が痛くなり、その場で悶える。
冷たい手で、患部を抑える。

「っ!何をするの…痛い、この石頭…!」
「…それは、お前の頭だろうが…」
「…」
「…」

頭がくらくらする。
ついに頭がおかしくなったようだ。
今起きていることが、全く、理解できない。
目の前には、彼がいる。

***

「あ、帰ってきた」
「おかえり、ミカサ」
「…エレン…アルミン…」
「な、なんだよ急に…」
「エレン、アルミン、ごめんなさい。…ありがとう…」

彼女はこれでもかという程、抱きしめたかった2人を抱きしめる。
2人は急なミカサの態度に困惑している。
俺は俺で話をつけなければならない。

「…エルヴィン、こいつの留学はキャンセルだ…」
「そんな…」
「代わりに俺が行く」
「え、今なんて…」
「俺が行く」
「だが…」
「こいつの飛行機はキャンセルはした。そして、空いた席は俺が取った」
「…なんて無茶を…」
「悪いな、エルヴィン」
「…いいや、リヴァイ。お前が来てくれて嬉しいよ」
「そうか」

にっこりと笑ったエルヴィンに少し恐怖を覚える。
こいつとも長い付き合いだが、笑顔がこれほど似合わない男なんていない。

「…荷物はどうするんだ?」
「ミカサの持ってきた荷物を持っていく」
「そうか。…用意周到だな…」
「なんのことだ?」
「いいや、なんでもないさ」

これ以上変なことを言えば、エルヴィンにもバレる。
ハンジにバレて面倒だというのに、エルヴィン相手だと余計厄介だ。
バレたとしても墓穴は掘らずに、適当に話を誤魔化した。
ミカサを見送りにきた奴らは、突然のミカサのキャンセルに動揺を隠せないようだった。
気がついたらミカサでなく、俺を見送る形になっているのだから当たり前だ。
本当にあいつには悪いことをした。
これからの後処理をすべてミカサに任せなくてはならなかった。
それを承知の上でミカサはキャンセルを申し出た。

「…これで心置きなく、料理留学出来ますよ…」

ミカサはそう言い、少しだけ嬉しそうに窓口に向かっていった。
その時、俺はあいつに敵わないと思った。
おそらくこの先も、その思いは変わらないだろう。
心地よいため息をつき、彼女のあとについて行った。

「…リヴァイ、そろそろ時間だ…」
「あぁ、わかった」
「…そんな店長、急すぎますよ!」
「そうですよ。腕だって…」
「…」
「…本当に悪かった。お前らが大学卒業する前には戻るつもりだ…」
「え!なら、もし就職するところ無かったら、雇ってくれますか!?」
「阿呆。まず就活してから言え」
「リヴァイ店長、どうか気をつけてくださいね…。私、応援してますから」
「あぁ、すまない」
「…」
「…」

サシャとクリスタは、今にも泣きそうな顔でそれぞれ別れの挨拶を済ませた。
目の前のミカサは、ひたすらこちらを睨む。
言葉はなくても通じるとでも思っているのか?
残念ながら、ミカサの念は通じない。

「なんだ、ミカサ」
「あっちでも、変な目に合わないでください」
「あぁ、もうあんな思いは懲り懲りだ」
「はい…」

少し眉を寄せたミカサは、本当に懲り懲りと言った表情をしていた。
どうやらもう時間のようだ。
エルヴィンは、時計で合図をする。
それに頷き、ついて行く。
この土地にはしばらく帰らない。

「…気をつけてください……リヴァイ店長…」

背後から聞きなれた声がした。
振り向くか、向かないか悩んだが、少しだけ振り向いた。
ミカサは腰のあたりで小さく俺にガンを飛ばしながら手を振っていた。
手を振っているのが、エレン達には見られたくないように。
子供だなとは思ったが、俺も子供なのかもしれない。
ふっと気の抜けた気分になった。

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