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  14


目を覚ました時、時計を見て絶望した。
針は10を指している。
彼の飛行機は確か12時だったはずと、慌てて寝室を出ると彼は居なかった。
けれど、ハンジさんがソファに座っている。
あぁ、これは夢なんだ。
目を擦るが、消えない。

「おはよう!夢だと思った!?」
「…え、なんで、こんな所に…」
「そりゃあ、家の鍵空いてたら誰でも入れるよ」
「鍵は閉めた…」
「まぁ、そんなことは良いんだけどさ、着替えたら?」
「…そう、だな…」

着替えながら、いつもだったら戸締りをするのにどうして鍵が開いていたのだろうか。
不思議に思ったが、きっと彼が鍵をかけ忘れたのだろう。
そうして着替え終ると、ハンジさんはコーヒーを飲んでいた。
とても自由な人だ。
こんな人だから、リヴァイさんとも付き合いが長いのだろうとは思った。

「ねぇ、見送らなくても良いの?」
「…誰をだ…」
「わかってるくせに」
「…」

コーヒーカップを置き、いつかのような真剣な表情でこちらを見る。
まるでなんでも知っているようにも見える。

「彼女だよ、この前言っていた」
「…ミカサ…か?」
「そうそう」
「それがどうした…」
「本当に1年後、帰ってくる確信あるの?」
「…ある」

きっと、大丈夫。
エルヴィンさんが言っていたのだから。
なにより帰らなければならない。
この身体なのだから。

「あっちで恋人が出来たりして」
「それは…」

なにより身体は女性かもしれないけれど、中身は男性だ。
恋人が出来ることはないと思う。

「もしかしたら料理の腕を見込まれて永住するかもしれないよ」
「そんなこと…」
「言い切れるの?いつなにが起きるかなんてわからないでしょう?」
「…」
「それを知ってるのは、自分でもわかるんじゃない?」
「…」

それは彼が唯一、シーナに残る理由。
わかっていたけれど、起こり得ることだ。
私は安心していたのかもしれない。
自分の身体を人質に、帰ってくる約束をしている。
だから絶対大丈夫。そう、思っていた。
そんなことない。
ハンジさんの言う通り、なにが起きるかなんてわからない。
私たちの中身が入れ替わったように。

「…借りる…」
「ん?」
「車、借りる」
「えっ、私、スクーターで来てるんだけど…」
「…じゃあスクーターを借りる…」
「でも、冬道だし危険じゃ…」
「…あなたは、その危険な冬道を来た…」
「その様子じゃ何言ってもダメだね…。良いよ、貸してあげる」
「ありがとうございます」
「気をつけるんだよ」

ポケットから鍵を取り出して、机に置いた。
私はその鍵に手を伸ばした。
上着を羽織り、店の前に堂々と止めてあるスクーターに跨った。

***

「…行っちゃったか。全くどっちも子供だよ、ホント」

コーヒーカップを触りながら、つい先ほどのことを思い出す。
この家に来たのは、行かない本人が心配だったからだ。
家に入ろうと階段を登ると、バカデカいキャリーを持った女の子が家から出てきた。

「あっ、いや…あ…?」
「…」

黒髪の少女はこちらに気が付いたらしく、私を見るなり情熱的に睨んできた。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
思わず彼女に「やぁ」と手を振ってしまった。
階段の上から彼女は口を開いた。

「…よくもまぁ、飽きず人の家に来るな…クソメガネ…」
「初めて会う人にそんな口聞くなんて酷いじゃないか」
「この店に何度も来ているだろうが」
「あ、覚えてくれてたの?」
「全部わかってるくせによく言うな…」
「…まったく、本当に面白いことを言うね…」
「あいつに変なこと吹き込んだのは、ハンジ、お前なんだろ」
「…なんのことだろう…?」

私を見下すその姿は、女性だけど隠しきれない彼がいる。
変なことは吹き込んだつもりは無いんだけどなぁ。

「…なぁ、ハンジ…」
「なんだい?」
「…俺はこれで後悔していない…」
「え?突然どうかしたの?」

表情は一切変わらない。ただ、私を見ている。
彼を見ていたら、私でも良いから話を聞いてあげれば良かったと頭をよぎった。
吹き晒す冬の風が耳に痛い。

「…こいつにだって見たい世界があったはずだ。行きたいところだってあったはずだ。まだ大学にも通いたかったはずだ。だが、それを犠牲にしてまでもアイツは、ミカサは、俺に願いを叶えろと言った。それがあいつなりの感謝の気持ちだそうだ」
「…リ、ヴァイ…」
「だから、俺は、あいつの為にも夢を叶えると決めた…だが、これで本当に…俺は、後悔してい…」
「リヴァイ、わかっている…。言いたいことは全部わかっているから。…だから…その、拭いたほうがいい…」

私の言葉に彼女の身体がビクついていた。本人は泣いていることを自覚していなかったようだ。
舌打ちをしながら目を拭っている。
リヴァイは泣くような人ではないから、きっと彼女の身体がそうさせるのだろう。
階段を登って彼女に近づくと、目の周りを赤らめながら睨む。

「…リヴァイ、君は言い回しが下手なんだよ…」
「あ?」
「素直に言えば良いのに」
「…」
「ミカサのことは任せなよ。大丈夫だから、ね?」
「……あぁ…」

私を睨んだ視線は外れ、階段を下りてゆく。
綺麗な黒髪は風に靡いて綺麗だった。
そのまま黒髪が見えなくなるまで見送り、家に入った。

「…まったく、変なところが似てるなぁ…」

カップに入ったコーヒーを飲み乾し、席を立つ。
窓から見える雪景色に少しだけ不安になる。

「…飛行機飛ぶかな…」

家の主の皮を被った少女が帰るまで、しばらくお邪魔させてもらおうとソファに座る。
まったくあのリヴァイが、少女と半同棲なんて笑えるよ。
でも、彼女との生活で彼は変わった気がした。ほんの少しだけ。
リヴァイは、代償と言ったけれどそんなことないんじゃないかな。
私は、すべての物には意味があると思っている。
きっと2人に起きていることにも意味があるのかもしれない。
でも、その意味を知る権利は私にはない。
あるのは2人にだけだ。

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