Novel | ナノ


  13


テーブルの目の前には高級そうなステーキと赤ワインが乗っている。
とても美味しそうに焼けているステーキの香りが家中に広がる。

「…随分と気合入ってますね…」
「ここで食う晩飯は今日で最後だからな」
「そうですね…」

早いもので出発前夜だ。
まともにこういうように食卓を囲むのは久しぶりだ。
結局、次の日はお互いに留学の準備でバタバタしており食事は手短に取ることになった。
彼は約束を覚えていたようで、家に帰るなりステーキの下ごしらえをしていた。
手伝うかと聞くと却下された。

「食うぞ。せっかく焼いたのが冷める」
「はい」

「いただきます」と手を合わせて食事が始まった。
いつもどおり会話などない。食器の音だけが響く。
切りすぎたキャベツを鍋にした時と何も変わっていない。
ただお互いに気分が良いのか、食器の擦れる音が軽やかな気がする。
赤ワインとステーキの組み合わせは、今まで食べてきた食べ物の中で一番良い組み合わせかもしれない。
口の中で肉がとろけ、ワインの香りが口の中で広がる。

「…おいしい…」
「それは良かったな」

思っていたことが口に出ていたらしく、返事をされて驚いた。
食べる手が一瞬止まったが、目の前のなんとなく気怠そうな私を見て再び動かした。
出来るならもう少しだけ美味しそうに食べて欲しいとは思う。

「…赤ワインと肉料理の組み合わせは鉄板とも言えるからな…」
「よく言いますよね、それ…」
「ただ、絶対に赤ワインと肉料理が合うとは限らない。…俺が見つけた組み合わせで、この肉とワインが一番合っているとは思っている…」
「…本当に、そう…思います…」
「…」
「久しぶりです…。こんなに美味しいもの食べたのは…」
「そうか…」

お互いに手が止まる。
それは気まずいかれではなく、互いの話を聞こうとしてだ。
今だけは、私たちは対等な気がした。

***

「…その、私は、感謝している…」
「なにがだ」
「わかっているくせに聞くのはおかしい」
「…わからないから聞いているんだろうが…」

わからないから聞いたというのに、あいつは多少機嫌を損ねたようだった。
すこし俯いていたが、こちらに目を向ける。
意思の通った目だった。

「リヴァイさん…私は、あなたに感謝しています…」
「…」
「いつもバイトで、あなたは無愛想なくせに愛想よく振る舞えとか言って矛盾しているなとは思っていました」
「…感謝の気持ちが悪口か…?」
「違う、そんなことない…ただ、その…」
「なんだ」
「…言葉が、浮かばない……どうしたら、いいんですか…」

眉間に皺を寄せこちらを見つめる。
どうして本人である俺に相談しようと思うのだろうか。
とりあえず落ち着けと伝えると頷いた。
そしてワインを勢いよく飲み干した。
こいつは、ワインを水と何かと勘違いしているのか?

「…私は、その、入れ替わったことを始めは嫌だと思った…どうして、よりによってあなたのだと思った…」
「…」
「けれど、あなたのことを知った。…あなたは、あまり自分のことを言わない。ハンジさんに聞くまでは、なにも知らなかった」
「…は?」

ミカサは、あのクソメガネと会っていたのか?
そんなの聞いていない。どうせあいつのことだ、なにかまた余計なことを言ったのだろう。
身体が戻ったら容赦なく問い詰めよう…。

「ハンジさんは、なんでも知っていた」
「…あぁ…」
「あなたの将来の夢のことも…」
「…」
「本当は、本当は…」
「…わかった…」
「わたしは…」

ガシャンと大きな音を立て、机に倒れ込んだ。
話している最中から、目が虚ろになっているのはわかったが、俺はこんなワインごときで酔っぱらう男ではないと思っていたんだが。
幸い食器に顔面を突っ込むことは無かったが、あまりにも無様な姿だ。
数回呼びかけるが反応はなく、諦めて抱えて寝室まで運ぶ。

「…最後の最後まで心配かけやがって…」

このやり取りは何度目だ。
毛布をかけ、寝室を後にした。
明日、俺はこの家にしばらく戻らない。

prev / bookmark / next

[ back to Contents ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -