12
水曜日の夕方、大学の中央棟の学生ロビーにミカサから事前に言われたメンバーを集めて、話をすることにした。
定刻には全員集まっていた。
「どうしたんだよミカサ」
「…急に呼び出して悪い…と思う…」
「それは構わないんですけど、どうかしたんですか?」
集めたメンバーは、言わずと知れたエレンとアルミン、バイト仲間のサシャとクリスタ、同じ学科のコニー、そして隣人のジャン。
伝えるのはこのメンツで本当に構わないのかとは思ったが、ミカサが決めたのなら仕方がない。
「…土曜日から1年程、海外に留学することになった…」
「は…?」
「え?」
「今なんて言ったんですか?」
「…うそ…」
「え、ちょっとどういうことだよ」
「…ミカサ、それは本当なのか…?」
それぞれの反応があまりにもバラバラで、どうしようもなかった。
こうなるなら個別で話を進めれば良かった。
だがもう遅い。
「…急で悪いのは、わかっている…」
「本当だよ、なんの相談もなしに。…ミカサ、お前、おじさんおばさんには言ったのかよ…」
「…伝えた。ミカサが選んだのなら構わないと言われた」
あの日、エルヴィンが帰ったあとミカサの両親に電話で伝えた。
反対されることは覚悟していたが、母は「あなたが決めたことを私は見守るわ」と返され拍子抜けがした。
それどころか、今からパスポートを送ると言う。さらに拍子抜けする。
親がそういうのなら細かいことを気にするのを諦めた。
「じゃあ…大学は休学するの?」
「…そうなる」
休学届けも出した。
本来なら休学期間は翌年度にまたがってすることは出来ないらしい。
翌年度に改めて届けを出さなければならないのだが、どうにかして欲しいと頼むと渋々応じてくれた。
ミカサの場合は特例だそうだ。
「バイトは…どうするんですか…」
「でも、店長の腕が治らないと再開出来ないよ…」
「…2人は新しいバイト先を探したほうが良い。もう、しばらくはあの店は再開することはない…きっと」
それは本当だ。
俺の店はしばらく再開することはない。
もしかしたらこいつ達が大学を卒業するまで再開はありえないかもしれない。
2人はとても悲しそうな顔をしている。
「そ、そんなのミカサが決めることじゃないじゃないですか…!」
「…うん、私もそう思う…」
「…」
「私は、店長がお店再開するのを待ってますから!」
「いくらかかっても構わないから、私も待ってる…!」
「…おま……2人とも…」
返す言葉が見当たらなかった。
ただ、この2人の言葉が直球さは若さだ。
出来ることならお前達のことも見守りたい。
それを出来なくなることを悲しく思った。
「ミカサ、あっちではどうするんだ?」
「…留学の手伝いをしてくれる人がいる。その人がすべて用意してくれると言っていた…」
あの日の夜、エルヴィンから俺の携帯宛にメールが届いてた。
内容は、ミカサがあちらで不自由をさせるつもりはないから安心をして欲しいとのことだった。
そんなに俺は過保護じゃないと思いながら、メールを読んだ。
だが、あいつは頭の回転が速いから気が回る。
そのことには感謝している。
「…その…ミカサ…エレンのことは心配しなくても大丈夫だからな!だから…頑張れよ!」
「ありがとう、ジャン」
「おう!そんな気にするなよ!」
だいぶ喜んでいた。
もしかしたらこいつはミカサに気があるのか?
真意は本人にしかわからないが、そんな気がした。
…まぁ、そんなことは良いのだが…。
ひと通り伝えることは伝え終えた。
帰ろうとするとエレンに引き止められた。
「これから飲みに行こうぜ」
「…」
「ダメか、ミカサ」
辺りを見渡すと期待の目でこちらを見ている。
ジャンなんかは、うっすら涙を浮かべているようにも見えた。
返答は1つしかない。
***
自前のキャリーバックに荷物を詰めていると夕方になっていた。
夜の用意をしようとキッチンに向かうと携帯のベルが響く。
メールが届いてた。
送信者名にはミカサと書かれている。彼になにかあったのだろうか。
内容を確認すると、飲み会に誘われたとのことだった。
“寒いので地面凍ってるかもしれません、気をつけてください”と返信をして、スマホを置いた。
「……いいな…」
羨ましくないと言えば嘘だけれど、私が本当のことを言ったところで信じてくれるわけがない。
まるで作り話のような話なのだから。
だが、彼の長年の夢を叶えてあげたいと思ったのは私だ。
今、私が出来るリヴァイさんへの感謝の気持ちを表現できるただ一つの方法だった。
「あ…」
炊飯器を確認すると2人分のご飯が炊けていた。
こんな量1人で食べれるわけがない。
仕方なく私が食べる分以外はラップに包んで置いておいた。
包まれたご飯を見て少し、胸が痛くなった。
けれど空腹を満たされればこんな思いは消えるだろう。
そう思いながら2人分のご飯を作っていた。
***
結局帰宅したのは、夜中の2時だった。
思った以上に連れ回された。
若い奴には敵わないと思い知らされた。
遊べるうちに遊んどけ。
そのうち思い知ることもあるだろう。それはその時直せばいい。同じことを繰り返さなければ問題ない。
別れ間際にまたご丁寧に酔っ払い1人ずつ言葉を貰った。
エレンは「応援してるから、たまには連絡しろよ」。
アルミンは「いつでも僕たちを頼っても良いからね」。
サシャは「困った時は、原点に戻れば良いんです!」。
クリスタは「私も応援してるから、バイトのことは気にしないで」。
コニーは「俺は留年しないようにするから、ミカサも頑張れよ」。
ジャンは「俺は…ずっと応援してるからな…」。
土曜日も行けるメンツで空港まで送るとは言っていたが、随分と熱く語られた気はした。
それほどミカサは良い仲間を持っている。
「…おい、まだ起きてたのか」
「そんな時間まで飲み会している方が肌に悪いと思いますけどね…」
「…」
「別に怒ってなんかいませんよ。私は眠れないだけだったので…」
ソファで毛布に包まりながらテレビを見る姿は、ミノムシのようだった。
そのまま天井から紐で吊るせば完璧だ。
ただ、俺の姿でやるのは勘弁して欲しい。気持ちが悪い。
部屋着に着替え、冷蔵庫に入っていた缶ビールを引っ張り出し、ミノムシの隣に座った。
「お酒飲んだのにまた飲むんですか?」
「これとそれは別だ」
「…そうですか…」
「飲みたいのか?」
「…ビールはあまり得意じゃないです」
「そうか」
「ただ、酎ハイとかなら飲めます」
「そんなのジュースだろうが」
「…じゃあ、ワインくらい飲めます」
「じゃあってなんだ」
その話からすると、ワインなんか飲んだことないだろうと思ってしまう。
もしかするとミカサは、酒は酎ハイしか飲んだことないのか?
「…ワイン、明日か明後日にでも開けるか?」
「え」
「お前、本当はワインの味なんか知らないんだろう、どうせ」
「…それは…」
「気にするな。金は取らない。それに、店のワインだ…おそらく誰も飲まないかもしれない…」
「そういう問題じゃないです…」
「そうか…」
「…でも、そんなに言うなら飲んでみたい…と思った」
「そうか」
素直じゃないやつ。
缶ビールを飲み干して、ミカサにもう布団に入れと言うとあいつは素直に寝室に行った。
あいつが使っていた毛布に包まりながら眠りについた。
シャワーは明日で構わない。
どうせ、明日は午後から講義だ。
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