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  07


包丁をもらってから数日経った。
結局、彼の料理に付き合うことは無かったけれど、彼が学校に行って居ない時のご飯くらいは自分で作るようになった。
彼の選んだ包丁はとても使いやすく、今まで使ったことのある包丁よりも少し重めだが、その重みで切れやすい。
一応料理人というだけある。
そうこうしているうちに彼はパンパンに膨れた紙袋を持って帰ってきた。

「…なんですか、その紙袋」
「押し付けられた」
「そうですか」
「…呑気だな…」

紙袋の中身を私に差し出した。
差し出されたものは冊子で「就職セミナー」や「これでわかる自己PR」など出来るなら見たくないものばかりだ。
睨むように私を見つめる。

「お前、就活する気あるのか…?」
「…あります」
「寝言は寝て言え。就職センターのオヤジにこっぴどく怒られたんだぞ」
「…それは…」
「お前、夢はあるのか?」
「なんですか、急に」

いつもなら帰宅したら洗面所に直行して手洗いうがいをするのに、今日はしない。
冊子を持ちながらこちらに目を向ける。
違う。なにかが違う。
けれど、率直な問に悩んだ。
私の夢はなんだろう。
自分に問いかける。
答えは返ってこなかった。

「…わからない、です…」
「は?」
「…急にそんなこと言われても、私は答えられない…」
「…」
「だけど、強いて言うのなら…エレンやアルミンと一緒に居ること…」
「お前、考えが甘い。そんなで就活出来ると思っているのか?」
「…」
「問にお前はわからないだと?お前、自分の夢も将来も考えないで生きているのか?」
「…」
「若いなら夢くらい追え」
「…それは…」

その言葉は私に反撃をさせないほど、鋭いナイフのように突き刺さる。
本当にその通りだと思った。
幼い頃からずっと、エレンやアルミン達と楽しい時間を過ごしていた。
楽しい時間だってお互い別の道を行けば少なくなる。
そんなこと理解はしている。しているけれど。
私にとって、その時間が夢のようなものだから。

「…ミカサ、お前の言いたいことは理解出来る。だが、年取ってもお前とあいつらの関係が崩れるとは思わん」
「あ…」
「幼馴染ってそういうもんだろう、きっと…」
「…はい…」
「わかればいい」

冊子と紙袋を押し付けるように私に持たせ、そのまま洗面所へ向かった。
よく見ると紙袋の中にメモが挟まっている。
メモを取り出すと、そこにはあまり上手とは言えない文字と整った見やすい文字で文字が綴られていた。
“俺に早く就活しろって言って、お前もしろよ。お互い頑張ろうぜ”
“僕でも良いならなんでも手伝うからね。大変だけど頑張ろうね”
そのメモを見て誰かすぐにわかった。
私も頑張らなくてはならない。
早く身体を取り戻して、彼らにお礼を言いたい。
紙袋をきつく抱きしめた。

***

俺には幼馴染なんていないから理解は出来ない。
けれど、ミカサ、お前はこの2人に大事にされている。
心からそう思った。
就活センターのオヤジに呼び出しをくらい、色々と面倒なことを言われた。
説教が終わった後「切磋琢磨できる仲間を大事にしなさい」と、とびっきりの気持ち悪い笑顔で紙袋を渡された。
そのメモに気がついた時、早く戻らなければと思った。

晩飯を済ませ、ミカサはソファに座りながらテレビを見ていた。
随分とふてぶてしい態度だ。
自分の身体を見ながら少し嫌な気分になる。
だが、いまのミカサはリラックスしているようだった。
少し面接の練習でもしてみるかと思い、声をかけた。

「やるぞ」
「…なにをですか…」
「面接の練習だ」
「…今ですか…?」
「あぁ」
「…どうぞ、構いません」
「なら簡単なことから聞くぞ」
「受けて立ちます…」
「…」

本当に初歩的な物から聞いていった。
ハッキリ言ってしまえば、バイトの面接の延長線上のようなものだ。
所詮バイトの面接だが、思いを言葉にするのは難しい。
特にこいつの場合はそうだ。
口を開けばカタコトのような言葉になり、黙り込む。
考えているのだろうが、少し長い。
流石にいじめ過ぎたか。
これを最後の質問にした。

「…ミカサ、お前はどうしてこのレストランで働きたいと思ったんだ?」
「え…なんで…」
「…」
「そ…それは…」

3年前のミカサが答えた質問と同じ質問をした。
意地の悪い質問だ。
俺の顔をしたミカサは顔を下げ、握った拳をふるふると震わせる。
あまりにその姿は酷く、直視出来るような状態でなかった。
止めようと告げようとした途端、話始めた。

「…れるから」
「あ?」
「…食べれるから…」
「なにがだ」
「…」
「…」

再び黙り込む。
眉を顰め、顔には影が出来ている。
我ながら酷いものだ。
鏡に映る自分を見た気分になる。

「…りん」
「聞こえねぇよ」
「…プ…プリンが…!」
「はぁ?」
「お…美味しかったから…生まれて、初めて、こんなに…美味しいプリンを食べた…」
「…」
「その…こちらに引っ越して…来たとき、たまたま入った店が…ここだった…」
「…」
「ここで働けばもしかしたら、まかないとして食べれるかもしれないと思った…」
「…」
「けれど、それは違った…」
「…」
「…そんな顔しないで、下さい…酷い」
「その酷い顔はお前の顔だ…」
「…」

ミカサがこんなにも感情をあらわにして話すのを初めて見たかもしれない。
それと同時に、ミカサに褒められたことに驚いた。
そういえば、余ったプリンをまかないにしようとした時、あいつは喜んでいたな。
目を輝かせて喜ぶほど、そんなにプリンが好きなのか。
プリンが好きだなんて子供だなと思ったが、自分の今の手を見て、眉を顰めた。
ミカサはまだ、子供だ。
そのことを確認するように拳を握った。

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