アネモネ
勇気を出して宜野座さんに飲み会に誘ってみた。
本当のことを言えば彼が来てくれるとは想定していなくて、ほとんど冗談のつもりで誘った。
だが彼は私の冗談を冗談と思っていないようだった。
最初は彼はためらった。
「どうしてですか?」と聞いたところ、彼はそのまま独特の威圧感で「なんでもない」と返された。
そうして初めての飲み会は決行されることになった。
待ち合わせの時間より早く到着してしまった。
店の中で待ってるのは短い時間のはずなのに長く感じてしまう。
少し疲れているのかもしれない。
「待たせて悪かったな」
「い、いえ!」
彼の普段着は仕事でよく見る、はずなのになんだか今日は雰囲気が違った。
そうだ、眼鏡だ。
今日は眼鏡をしていない。
なんだか落ち着かない。
心の奥がざわざわしている。
それは宜野座さんがいつもと違うからじゃない。
そう、違う。
違うんだ。
行きなれないお店に来たからだ。
会話は思っていた以上に弾んだものになった。
私の大学の話、宜野座さんの学生時代の話など…。
宜野座さんの知らない一面を見ることもできた。
「…それにしても宜野座さん、さっきからジンジャーエールばっかり飲んでますけどそんなに好きなんですか?」
「まぁそうだが、そのどうも酒が苦手でね。飲んだ日はその時のことを忘れてしまうみたいでな。だが常守。あなたはこれでいったい何杯目だ?」
「えーっと6杯目くらい?」
「…それは飲み過ぎだ」
確かに飲みすぎたかな。
でもまだ飲める。
どちらかと言えばまだまだ本領発揮していない。
もっと飲もう。
今日はなんだか気分が良い気がする。
「なぁ、常守」
「はい?」
「俺となんか飲んでいて良いのか?そもそも、あなたには好きな人がいるのだろう?」
「…え?」
直感で感じだ。
「この話は嫌だ」出来れば逸らしたい。
胸がざわざわしている。
「その大学の先輩の滕だったか?そいつのことが好きなんじゃないのか?」
「何言ってるんですか宜野座さんったら!確かに滕くんとは仲は良いですけどそれは友達としてで、恋愛感情とかは持っていませんよ」
「…そうなのか」
宜野座さんはジンジャーエールを飲み干した。
よし、このまま違う話をしよう。
私の直感は自分でも言うのは良い方だ。
だから逸らそう。
だけどそういう時に限ってなにを話せば良いのか思い浮かばない。
「紹介したい男がいるんだ」
心の中でなにかが壊れた、気がした。
「そいつの名前はさっき話に出た俺の同級生の狡噛と言う男でな。まぁ確かに俺よりも無愛想だが、俺よりもいい奴だからな。だから安心して―――」
聞こえない。
なにも、聞こえない。
宜野座さん楽しそうに話してるのに。
目の前が真っ暗だった。
これはお酒に酔ってるからだ。そうだ。そうだ。
…違う。
私、お酒で酔うまで飲んだことない。
やめて宜野座さん。
もう、やめて。
そんなんじゃないのに、違うのに…!
「―――っ!」
「…常守?具合でも悪いのか?飲み過ぎたのではないか?」
「違います。そういう、ことじゃないんです。私は…」
手が震える。
「どうにかしなきゃ」
そんな気持ちが先走って暴走する。
「私は、私は…その、宜野座さんが―――」
宜野座さんの顔を見て我に返る。
顔が火のように熱くなる。
私は今何を言おうとした?
その続きはなに?
宜野座さんに何を伝えようとした?
「ごめんなさい!もう帰ります!」
自分が怖くなり逃げるように帰ってしまった。
宜野座さんは茫然としていた。
ジンジャーエールの入ったグラスの氷がカランと空気を裂いた。
何をやっているんだろう。
宜野座さんを誘っておいて、そのまま置き去りにした。
それも自分勝手な暴走で。
もう宜野座さんに会わす顔なんてない。
泣いたって今日のことは変わらないのに。
なのにボロボロ零れ落ちてくる。
寒くないに身体もブルブル震える。
苦しくて苦しくて仕方がない。
その思いを否定すればするほど強いものになっていった。
そう私は―――。
「宜野座さんのこと…好き…だったんだ」
アネモネの花言葉
"はかない恋"
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