Novel | ナノ


  05


待ち合わせ場所であるデパートの変なモニュメントの前で立っていた。
そのモニュメントの裏では、ミカサが俺を見つめている。
昨日、あれからミカサは俺の顔で呆然としていた。
俺が再び声をかけるまで、時間が止まったように呆然としていた。
水を差し出すとそのまま受け取り、一息ついて、ぼそぼそと話し始めた。
「本当は私が行くはずなのに」だとか「羨ましい、変わって」だとか、ぼやいていた。
だが、ミカサも子供ではない。
現実を受け入れ、明日着ていく服を入念に選んでいた。
スカートだけは断るつもりだったが、あいつの気持ちを汲んでやった。

「悪い、待たせた」
「…あぁ、気にすんな…」
「そんな怒るなって。さぁ、行こうぜ」
「う、うん」

思わずいつもどおりの口調になってしまった。
背後を確認すると、ミカサはとんでもない表情でこちらを睨んでいた。
そして、あたりを警戒するようについてきた。
せいぜいエレンに気がつかれないようにすれよと思いつつ、モニュメントを後にする。

エレン曰く、俺を買い物に誘ったのはバイトで溜まった小遣いで母親にプレゼントをしたいらしく、何を買えば喜ぶのかわからないから一緒についてきて欲しいとのことだった。
親からすれば、子供からプレゼント貰えればなんだって嬉しいはずだと伝えようと思ったが、今となれば後の祭りだ。
とりあえず買い物前に昼食を食べたいということで、デパートに入っている洋食店に入った。

「何食べるかな〜。ミカサ、お前は何を頼むんだ?」
「…じゃあ、このオムライスで…」

目に入ったでかでかと表示されているオムライスだった。
食欲は本当のところ無かったが、あまりにも気合の入った広告にどんなものだか食べてみたくなった。
エレンは近くにいた店員を呼び、注文をした。
自慢ではないが、その店員の対応はミカサ達、ホールスタッフよりはよろしいものではなかった。
なにより愛想がない。まだあいつらの方がある。
そして、店内の掃除が甘い。
水を啜りながら思った。

「そういえば、ミカサがバイトしてる店、臨時休業してるんだってな」
「…まぁ、そうだけど…」
「店長にお見舞いとか良いのか?腕怪我してるって聞いたけど」
「…そんなのいらない…」
「え、でもお前あの店で3年もお世話になってるんだからさ」
「確かにそうだ…けど…」

なぜエレンがその情報を知っているのか不思議には思ったが、考えないことにした。
もうミカサがバイトに入って3年にもなるのか。早いものだ。
ミカサの面接した時を今でも覚えている。
はっきり言ってしまうが接客業には向くような表情をしていなかった。
春になり暖かいというのにマフラーとジャンバーを着込み、見ているこちらが暑くなった。
そして、俺を威嚇するような野生動物のような目でこちらを見ていた。
採用するつもりはなかったが面接はしようと思い、形だけでもすることにした。
話を聞いていて、思ったより悪くないとは思った。
だが、採用しない方向で考えていた。

「じゃあ、この質問で最後だ。…お前はどうしてここで働きたいんだ?」
「…働きたいというのに、そんな理由で採用を決めるんですか…?」

思わず呆気に取られた。
その返答をなんの躊躇いもなく言う姿勢に。
こいつは面白い。
不採用だなんてもったいない。
心の中で黒い笑みを浮かべた自分がいた。

「じゃあ、明日から来い」

この時、初めてミカサの目が煌めいた。
そんな顔出来るなら最初からしろと思ったが、もう遅い。
あと1年もすれば、こいつは大学を卒業し就職するのか。
そして、それと同時にバイトも辞めるのだろう。
その前にどうにかして元に戻らないとならない。
グラスの氷がカランと音を立てた。

「たまには素直になれって。ミカサ、お前よく店長のことボロクソ言ってるけどさ、バイトの話してるの楽しそうじゃん」
「は?」
「だ、だからそんな怒るなって」
「…怒ってない…」
「ミカサ、店長によくいじめられたとか愚痴ってるけど、本当に嫌だったら辞めてるだろ。それに、いっつも楽しみにしてるものがあるって言ってたろ。なんだっけ…忘れたけどさ」
「…」
「あと、1年しかないけれど最後まで頑張るとかも言ってだろ」
「…」
「…本当は、店長のこと好きなんだろ…?」
「は…?」
「あっ、や、恋愛とかそういう意味じゃないからな。…だから、日頃の感謝を伝えてやれよ。な?」
「…あぁ…」

そんなわけないだろう。
全否定した。あいつがそう思っているわけがない。
バイト中常に俺に殺気のようなものを見せているのだから。
その会話の後、すぐに料理が運ばれて来たが食欲はなく、ほとんど残した。
エレンはそれを平らげていた。

***

まるでストーカーだ。
もし、エレンに見つかってしまったら恥ずかしくて仕方ない。
幸いなことにエレンは私、つまり店長の顔は知らないはずだ。
これはこれで良かったのかもしれない。
2人は買い物をせず、デパート内の洋食店に入っていった。
お腹を空いてはいないけれど、入店するしかない。
そう思い、店に入ろうとした時だ。

「あっれー?リヴァイじゃん。どうしたの?珍しいね」
「…あ…」

最悪だ。
よりによって私の知り合いでなく、店長の知り合いに合ってしまった。
この人は、とても覚えている。
ハンジさんだ。
たまにお店に来るのだけれど、お酒が入った時、店内がとんでもないことになり店長から禁酒令が出された。
急に肩を組むなり「久しぶりだね!」とはしゃいでいる。
止めて。こんなところで目立ちたくない。

「リヴァイ、もしかしてこれからお昼?良かったら私の知っているお店に行こうよ!」
「え、いや…行かない…」
「ん?いつものお店だよ?」
「……あぁ…そうなのか…なら、行こう…」

断れなかった。
そして、そのままデパートから出てしまった。
これはもう合流することは出来ないと思い泣く泣くついて行った。
連れて行かれたのは、喫茶店だ。
雰囲気のある店内には、異国のお土産のようなものが飾られている。
なぜか人形が多い。しかも裸の。
少し趣味が悪い気がするが、それは気にしないことにした。

「ミケー!いつものでお願いね」
「そろそろだと思って用意はしてある」
「さすがだよ!」

体格の良い、髭の男性は慣れた手つきでコーヒーを入れているようだった。
きっとこの人も店長の知り合いなのかもしれない。

「そうそう、リヴァイ。聞いたよ。お店、臨時休業してるんだってね」
「…まぁ…」
「なんで知ってるのって感じだね。つい先日、ペトラとオルオから聞いたんだよ」

この前の2人か。頭の中で2人の顔を思い出す。
あの人たちはハンジさんと繋がっていたのか。
世間は狭いというか、恐ろしい。
いい匂いがすると思えば目の前にはコーヒーがあった。
ハンジさんにはレアチーズケーキだろうか。ケーキもついていた。
会話は一方的だった。
どうやらここのお土産は、ほとんどハンジさんが買ってきた物らしく1つ1つ丁寧すぎるくらいに解説していた。
マスターであるミケさんはまるで耳栓をしているかのように聞こえてすらいないようにも見えた。
ふと何か思い出したように、ハンジさんは話を切り出した。

「…そういえば、バイトの子とは仲良くいってるの?」
「バイト?」
「うん、ほら、あの、あの子!」

机をバンバンと叩いて思い出そうと一生懸命頑張っている。
メガネが曇るのではないかというくらい興奮しながら、バタバタしている。
この人、思っている以上に面白い人なのかもしれない。

「サシャ…?」
「違う」
「なら、クリスタ?」
「ううん、違う」
「……ミカサ…」
「そうそう、その子だよ!」
「…」

何か嫌な予感がした。
出来るだけ、会話を逸らしたい。
コーヒーを飲んで一息ついて、会話を途切れさせる努力はしたがそれは虚しく失敗に終わる。

「ほんと、いい大人が素直になんなよ」
「…大人だ…わ、俺は…」
「嘘つくんじゃないよ。本当はバイト辞めさせたくないとか思ってるくせに」
「は!?」

思わず机を叩いた。
ハンジさんはその様子を見て笑っていた。
話しながら笑うものだから、少しだけイラッっとなってしまった。
今なら、少しだけ、少しだけなら店長の気持ちがわかる。

「まぁ…そのね、あの子のこと、一番信頼してるけれど、一番心配もしている」
「…そんなわけない…」
「そうかなぁ?私とこうやってお茶飲む時は散々言うくせに」
「…」

そんなはずがない。
この人が私を心配しているはずがない。
だって、この人はいつも特に私には無愛想で、私が3つ言えば1つも返さない。
気まぐれに返事した時は倍になって帰ってくることだってある。
今までバイトをしていて、まともにホールの手伝いなんかしたことない。
掃除は念入りにしているのに、机の裏まで拭けという。
そんな人が、私を信頼、心配するはずがない。

「中学からの付き合いなんだから、それくらい分かるに決まってるよ」
「…」
「そんな顔しないでよね。眉間の皺が更に深くなっちゃうよ」
「…」
「あははっ、全く本当に面白いよ。…それじゃあ私はそろそろ帰るよ」
「そう…か…」
「そうだ。あの子に伝えておいてくれないかな」
「…なにをだ」
「いつでも力になるってね」
「えっ…」
「それじゃあね」
「まっーーー」

私の言葉に少しだけ背中が動いたが、なにもなかったように進んで行った。
扉を開けて暗闇に消えていった。
外はもう真っ暗だ。
帰ろう。
そう思い、帰宅する準備をしている時だ。

「…リヴァイ…無銭飲食するのか…」
「え…」

彼が伸ばす手の中には、今日の飲食分の代金の明細が入っていた。
しかもハンジさんの分はきっちり入っていた。
今日はなんて踏んだり蹴ったりな日だ。
泣く泣く2人分の代金を払い店を出た。

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