Novel | ナノ


  03


次に目を覚ましたときには時計の針は6時を過ぎていた。
部屋は真っ暗だ。そして寒い。
もう季節は冬になる。
毛布もかけずにソファで居眠りはするものでない。
凍えた身体をゆっくり動かし立ち上がろうとしたとき、ガタッと大きな音が聞こえた。
音の出元は検討ついているが、恐る恐る向かった。

「…そんなにキャベツ切って何するんですか…」
「ポクカツに添えるやつだろうが」
「そうですか」
「…」

黙々と彼はキャベツを切っていた。
バットに山のように積み上げられたキャベツは1人、2人が食べる量でない。
包丁を握る私の顔は何も考えていない。
ただ無心の表情だった。
背筋が少し凍った。

「…まさか…仕込みしてるんですか…?」
「あ?バカ言え、もう開店しーーー」

包丁を握っていた手が止まった。
そして確認するかのように、私いや、自分の顔を見つめる。
小さく聞こえるか聞こえない程小さく呻き包丁をゆっくりと置いた。

「…チッ…」
「臨時休業、忘れてたんですか…」
「あぁ」
「…どうします?キャベツ」
「バカ言え、食うに決まってるだろうが」
「えっ、こんなに食べれませんよ。どう見たって3人前以上あるじゃないですか」
「…鍋にブチ込むしかない…」
「そうですか」
「ミカサ、手伝え」

そう言って彼は、棚から鍋を持ち出した。
これからキャベツオンリーの鍋が始まる。

***

うっすらと白湯気を立てる鍋から厨房全体にいい匂いが充満する。
入っているのは大量のキャベツの千切りとニンジン、玉ねぎ、えのき茸、豚肉少々。
圧倒的にキャベツが多すぎて、豚肉になかなかありつけない。
だけれど、彼が作った特製のごまダレとは相性が良かった。
この人の作る料理は意外と美味しいから、悔しい。

「そんな顔して食うんじゃねぇよ」
「…わかってます…」

彼はバイトの私たちに賄いを出すことは少ない。
ある時と言えば余ってしまったデザートなどだ。
だからこういった料理を食べるのは新鮮だった。
けれど目の前の私はあまり箸が進んでないようだった。
むしろ食べていない気がする。
あまり会話のない食事ではあったがそれなりには満足の行くものではあった。
食べ終えた食器を2人で洗いながら、ふと思い出す。

「…ごめんなさい…」
「あ?」
「私は、今朝、酷いことを言った」
「そうか」
「…それだけですか?」
「もっと気の利いた言葉をかけた方が良いか?」
「…なんでもないです…」

謝罪したことを後悔した。
このまま謝らず、もっと酷いことを言ってしまおうか。
隣で黙々と食器を洗い続ける姿を見ていたら、その考えはやめた。
そんなのお互い様だから。

「…今日、俺は、お前の家に帰るべきか?」
「え…」
「どうなんだ?」
「…それは…」

食器を洗う手が止まった。
無機質な厨房には、換気扇が回る音しか聞こえなくなった。
その質問に、すこし狼狽えた。
今日、課題を取りに行くついでに部屋もそれなりだが掃除をした。
前から部屋は片付いてはいたが、きっと今、誰が見ても綺麗な部屋だ。
だけどあれはまだ部屋に置きっぱなしだ。

「…駄目、です…」
「…」
「…まだ、入れ替わって1日も経ってない。もし、それをあなたが私の家に帰ったら…」
「…」
「それは、認めたことになる」
「…認めたくない、とでも?」
「当たり前です…。私はいち早くでも、元の姿に戻りたい。だから、私は、あなたを帰らせない」
「…誘ってんのか?」
「はあっ!?」
「…冗談に決まってるだろうが。というか、俺自身に犯されるってのが、気持ち悪い」
「確かにそうですね…私も、気持ち悪い」
「居座るのは構わんが、食費だけでも納めろよ」

その言葉を聞こえないふりをし、何もなかったように食器を洗う手を進める。
この人の冗談は、悪いが本当にすべっている。
あまりに無表情で言うから、対応に困る。
そもそも本気で言っているのか、冗談で言っているのかわからない時だってある。
そんなことを考えているうちに、食器は洗い終えていた。

***

「なにも面白いテレビやっていませんね」
「…そうだな」

無愛想にテレビのリモコンを弄る。
パッパッっと次から次に変わる画面。
「これで良いか」と言ってリモコンをローテブルに置いた。
どうやらドラマのようだ。
画面の中で女性は泣いていた。
何がそんなに悲しいのだろうか。
中途半端なところから見てしまったので、内容が一切わからない。
だが、ほかの番組はこのドラマ以上に面白くなさそうだった。

「…」
「口開けて見てんじゃねぇよ…アホみたいなツラしやがって…」
「…そのアホみたいなツラが、誰かわかってるんですか…」
「うるせぇ」

ソファの端と端で、いつものように口喧嘩をし始めた。
すると、突然大きな音が聞こえた。
悲鳴にも近い音に、動きを止めた。
テレビから漏れる音を目にして動けなくなった。
さっき泣いていた女性が男性と向かい合って立っている。
そのまま二人は、ゆっくり唇を合わせた。
思わず固まってしまった。
目の前で行われている行為に思わずリモコンに手を伸ばそうとしたが、ここでチャンネルを変えれば変に思われるだろうか。

「…」
「…」

終始無言だった。
CMに入った途端、すぐさまチャンネルをニュース番組に変えたが、内容が全く入ってこなかった。
はっきり言ってしまうが、1人で見る分には構わない。
ただ単に物語に必要な演出として受け取って観るだろう。
けれど、この人と一緒にこういったシーンを見たくなかった。

「…風呂行ってくる…」
「あ、はい」

そのまま脱衣所に消えて行った。
数秒後、自分の中で違和感があった。
あまりに自然に脱衣所に行くものだから、入れ替わっているのを忘れていた。
入れ替わって仕方ないとはいえ、やっぱりまだ待って欲しい。心の準備が出来ていない。
あとを追いかけるように脱衣所に入った。

「待って、リヴァイ店長。まだ脱がなーーー」

そこには上半身裸の男性が立っていた。
店長はあまり表情を変える人ではないが、とても驚いた表情をしていた。
わけもわからずそのまま、何も見ていなかったかのように脱衣所の扉をそっと閉めた。
そのまま床に力なく腰から落ちるように倒れ込んだ。

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