Novel | ナノ


  02


目を覚ました時、時計の針は7時になるほんの少し前だった。
頭がガンガンする。
身体が重たい。
ずるずると布団から這い出る。
ご飯作らなきゃと寝ぼけながら寝室を出た。
なんだかいい匂いがした。
よく見ると、私が食卓テーブルで新聞を広げていた。
これは何かの夢だろう。
そう思いながら、目を擦る。

「…起きたか…さっさとシャワー浴びてこい。汚ねぇ…」
「え…あ……?」
「なんだ」
「…いや、なんでもない…」
「そうか」
「リヴァイ店長はお風呂入ったんですか?」
「まぁな」
「そうですか。…そうで、す…か…」

眠い目を擦りながら、脱衣所に行こうとした時、違和感があった。
今、彼はなんて言った?
お風呂に入った?まぁな?ちょっと待って。
地鳴りがするくらい足音を立て、彼の元に向かう。
テーブルに勢いよく手をつく。食器が音を立てる程だった。

「聞いてない。そんなの聞いてない」
「はぁ?」
「いくらなんでも酷すぎる」
「…悪かったな」
「好きでもない人に身体を見られるのは、精神的苦痛…」
「…どうでも良いから、早く風呂入って来い…」

私の顔睨んで、脱衣所へ向かった。
自分の感情に任せて服を脱ぎ、浴室の扉を開けた。
シャワーのバルブをこれでもかと全開にして、お湯を浴びる。
瞑った目は絶対に開けない。
心にそう決めて。
シャワーを浴び終え、脱衣所を出ると彼は居なかった。
時計を見ると時間は8時を過ぎていた。
きっと大学に向かったのだろう。
ふと机を見るとサランラップをしてある皿が3つ並んでいた。

「…これは…」

オムレツ、ベーコンとサラダ、ベーグルが皿に乗っている。
近くにメモが置いてあった。
それなりに達筆な文字で「朝飯余ったからお前も食べろ。コーヒーもグラスポッドに入れてあるから飲んで構わない。ただし、食ったからには皿を片付けておけ」と記されていた。
髪の毛は濡れたままだが、目の前の食べ物には叶わなかった。
フォークを持ち、そのままオムレツを切る。
オムレツは、とろっと半熟で切っただけで涎が出てきた。
掬って口に運ぶ。
美味しい。
とても、美味しい。
手が止まらなかった。
あっと言う間にオムレツは私の胃袋の中に消えていった。
それと同時に、私は彼に酷いことを言ってしまったと後ろめたい気持ちになる。

皿を片付け、髪の毛を乾かし少し休憩しようとコーヒーを淹れた時、ふと思い出した。
課題提出が本日締切だったことを。
そして、その課題を私は家に置いたままだった。
彼のクローゼットから、服を引っ張り出して、急いで家に向かった。

***

大学に着いたのは良いが、なにがなんだかわからない。
ミカサの書いたメモには「1時限目、103教室」としか書かれていない。
不親切極まりない。
こうなるのだったらミカサを連れて来れば良かった。
そんなこと思っても、それは遅かった。
ひたすら校舎をうろうろしていた。

「おーい、ミカサ!」
「あ?」
「どうしたんだよ、ミカサ。なんか、機嫌悪くないか?」
「…気のせいだろ…」
「なんか、今日、ミカサ口悪くないか?」
「…あ…いや、そんなのことない…」

目の前にいる男は不思議そうに見つめる。
自分がミカサの身体をしているのを忘れていた。
なんて面倒なんだ。
そして、この小僧は誰だ。
まじまじと見つめるが、その男は無反応だった。

「エレーン!」
「おー、アルミン!」
「あれっ、ミカサも居たの?」
「…うん…」

この男がエレンって言うのか。
そして、あとから来たのがアルミンか。
どこかで聞いたことある名前だな。
ミカサが以前言っていた例の幼馴染ってやつか?
廊下で楽しくお喋りをしている。
こいつら講義はないのか?
疑問に思いながら歩く2人に着いて行く。

「…エレン…」
「なんだ?」
「…わ、私は…これから授業がある。だから、教室を案内してく…ほしい…」
「そんなの同じ学科のコニーに聞けよ。というか、ミカサ。お前の教室、そこだろうが」
「…」

小さく礼を言って、教室に入った。
全く、大学ってなんなんだ。

***

大学に着いた頃には11時を過ぎていた。
思いのほか課題を探すのに手古摺った。
部屋は綺麗に片付けているのだが、なぜか今日は見つからなかった。
机の上を探しても、引き出しを探しても、本棚を探しても出てこなかった。
諦めた頃、課題に使っていた資料をなんとなく漁っていたら出てきた。
とても恥ずかしい。
そもそもこんな広大なキャンパスに彼を探し出すことが出来るのだろうか。
連絡先も一応ではあるが知っている。
でも、入れ替わっているとはいえ人の携帯を使うのには抵抗があった。

「…今日、2時限目は空きコマだったはず…」

スマホ片手に悩んでいた。
もしかしたら、エレン達も空きコマだったら図書館で勉強しているかもしれない。
淡い期待を胸に図書館に足を進めた。

その淡い期待は的中した。
私の大学は、身分証明書さえあれば自由に入ることができる。
この近辺の図書館よりも圧倒的な在本量を誇るので、近隣の図書館に借りたい本が無かったら借りに来る一般の人も多い。
彼もここを利用したことがあるらしく、利用者カードが財布に入っていた。

「…どうやって近づこう…」

彼はエレンとアルミンと同じ机を囲んでいた。
これでは、話しかけにくい。
仕方なく見つからない程度の距離を置いて座った。
何をしているのか、全く検討がつかない。
ただ楽しそうに会話をしているように見える。
少し心がもやもやした。

「あれ、店長じゃないですか」
「!?」

両手一杯に本を抱えた彼女が現れた。
髪の毛を結い、馬の尻尾のようにそれは動いていた。
サシャだ。
けれど、ここで、こんな姿では会いたくなかった。

***

講義が終わって、2時限目が空いているということをエレンに言われて知った。
そして、そのまま馴染みの2人に着いていくように図書館に向かった。
途中、ミカサと同じ学科のコニーが俺たちを見つけてその中に入る。
無駄に広い図書館は、近隣でトップを争うほど大きい。
多くの人間が、近所の本屋や図書館に本が無いときは、大体ここに行き着く。

「アルミン、就活やってるのか?」
「僕?まぁ、それなりにね。もう3年の後半だし。やってない人の方が少ないんじゃないかな…」
「そうだよな…」
「…俺まだ活動すらしてないぞ」
「コニーは早めにしたほうが良いと思うよ…」
「お、おう…」
「それに、そろそろ内定もらう人が居たって不思議じゃないよ」
「そうだよな。それにしても早いな、3年間」
「…うん…」

こいつらは就活してんのか、大変だな。
と思いながら本を読み進める。
ふと視線が気になった。
目線を本から、そいつに向けると真っ直ぐな目でこちらを見つめられた。

「ミカサ、お前はどうなんだよ」

思わず「は?」と口走ってしまうところだった。
だが自分の置かれている状況に、現実に戻された。
俺は、ミカサ、だった。
さすがに知らないとは答えれない。
こいつは、どうしたんだろうか。
何を目指して勉強しているのだろうか。
どこへ仕事に就くのだろうか。

「…それはーーー」
「ミカサ〜!」

図書館に響く声に、一瞬すべての視線がこちらに向いた。
その声の主を確認して、視線は散っていった。
アルミンは多少冷や汗をかいているように見えた。
そいつはその様子を察したらしく、ごめんなさい、と大きく謝った。

「サシャ、ちょっと声のボリューム下げよう」
「は、はい!」

こいつは俺の店でホールを担当している3人のうちの1人だ。
最初の頃、いや今も盗み食いをするとんでもないやつだ。
だが、最近は余る食材を食べるから、だいぶマシになっただろう。
そのせいかバイトに入ってから2年間程、サシャを1人でホールを回したことはない。

「や〜、聞いてくださいよ、ミカサ」
「…芋のことだったら聞き飽きた…」
「ひ、酷いですよ!実は、さっき店長見たんですよ」
「…は…?」
「や、そんな店長みたいに睨まないで下さいよ。実はさっきまで、そこのテーブルで座ってたんですよ」
「…そう…」
「せっかくだったら一緒に勉強しませんか?って聞いたら、断られました」
「そりゃそうだろ。バイト先の店長と俺たち大学生が一緒に勉強するわけないだろ」
「…うん、まぁ…そうだね…」
「俺だってそれくらいわかるぞ」
「…そ、それでミカサにこれを渡してくれって頼まれました」

ガサゴソと手元にある本を漁りながら、サシャはミカサが俺に託した物を渡す。
よく見ると課題のようだった。

「…課題…か…な…」
「そうみたいですよ。昨日のバイトの時にお店に忘れていったみたいですよ」
「…そう、す、ありがとう…」
「お礼は私でなく、店長に言ってください」
「わかった…」

来たなら正々堂々来ればいいものをと思いつつ、課題を仕舞う。
それが出来ない状況なのは理解出来るが。
ふと時計を見ると12時になりそうな時間だ。
普段だったら、この時間にはもう店内の掃除を始めている。
掃除したい欲求を抑えつつ、彼らの会話を聞く。

「…ミカサ、今日課題提出の日だったか…?」
「…まぁ…」
「やべ、俺、何も手つけてないぞ…」
「こんなところで余裕こいてて良いのかよ」
「…良くないかもな…」
「とりあえずコニーは急いでやったほうが良いよ…」

コニーは冷や汗をかきながら課題をやろうと準備を始めた。
どうやらこいつらは、その光景に慣れているようにも見える。
昼を食えばまた講義に勤しまなければならない。
若いこいつらは、講義なんかよりもこうやって仲間と話している方が楽しいのだろうと思いながら、しぶしぶ会話に入った。

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