Novel | ナノ


  冬、心照らす季節


季節はもう冬だ。
雪がしんしんと降る。が、すぐにアスファルトで溶けてしまう。
都会は田舎と比べ雪かきが少なくて本当に楽だ。
が、それは私の夢だったのかもしれない。

「…雪、酷い…。外出れなさそう…」

窓から眺めた風景は、昼とは思えないほど暗い。
そして驚くほどの吹雪だった。
さすがに寒くなり、暖房をつける。
つかない。もう一度ボタンを押す。
押しても無反応。
まさか、こんな時に壊れた?

「嘘でしょ…。そんな…」

何か嫌な予感がした。
慌てて、テレビを付ける。
つかない。
照明もつかない。
これは、停電。

「…そんな、まさか…」

ガスなら使えるだろうと思い、キッチンに向かうが絶望した。
ここはオール電化だった。
お湯を沸かすことすら出来ない。
鍋に使うガスコンロを調べたが、運悪くガス切れだった。
全て、諦めた。

停電から数時間経った。
コンビニへ行こうと思ったけれど、あまりにも酷い吹雪で外にすら出れない。
寒い。毛布をぐるぐる巻きにしても寒い。
もう夜が近づく。
とにかく、部屋にあるロウソクを集めた。
買って使っていないアロマキャンドルばかりだ。
マッチを探し出し、火を付けようと思った時、ふと頭をよぎった存在がある。

「…リヴァイさん…大丈夫かな…」

それと同時にキスしたことも思い出した。
でも、それとこれは別だ。
もしかしたら、彼だって、暗い思いをしているかもしれない。
ノックをし、扉を開けた

***

「…リヴァイさん、その、暗くないですか…?」
「問題ない」

冷たい声が、部屋に響いた。
薄暗くてよく見えないが、きっと、いつものソファに座っているのだろう。

「…電気、つかないですね…」
「あぁ。予備電源も使い物にならねぇ。住民には迷惑をかけている」
「…そうですね。あの、ロウソク使いますか…?」
「良いのか?」
「はい」

机に二、三個置き火をつける。
アロマキャンドルなものだから匂いがする。
少しばかりキツイ。

「くせぇ」
「仕方ないですよ。アロマキャンドルなので。それじゃあ、私、帰りますね」

ぐうぅぅううぅ

大きな音が部屋中に響く。
いかにも私の腹の音だった。
彼の方を振り返らずに、そのまま部屋に戻ろうとした。

「おい、腹が減っているのか」
「…え、あ、まぁ、減っています…」
「食うか。俺はこれから夕食だったんだが」

今夜の晩御飯は鍋だった。
彼がガスコンロを提供し、私が材料を提供した。
野菜と少々の肉。本当にシンプルな鍋だった。
食事中会話は無かった。
ロウソクの灯りを頼りにご飯を食べた。
お互いの顔はあまり見えない。
それなりに食べ終わると、彼の方から話しかけてきた。

「学校はどうだ」
「…楽しいです。大変なことも多いですけど。リヴァイさんは?」
「まぁまぁだ。これから卒論を提出して、すべて終わりってとこだ」

卒論という言葉にビクッとした。
そうだった。彼は、今年で大学を卒業するんだった。

「卒業、しちゃうんですね…」
「…あぁ…」

妙な沈黙があった。
これは話を変えた方が良いかと思った。

「そ、そういえば、リヴァイさんって、体中傷だらけですよね。もしかして、そっち系なんですか?」
「は?」

私は何をこんな時に言っているんだ。
どうすればそんな会話のネタが出てくるんだ。
一番関係どうでも良い話を突っ込んだ気がする。

「…体の傷は昔からだった。生まれたときからだった。生まれつき全身が傷ついていた…」
「…え…」
「それでよく両親に迷惑をかけた。虐待してるんじゃないかとか疑われてな…。小学校のプールの時間がなによりも嫌いだった」
「…そう、だったんですか…」
「まぁ、俺が男で良かったと思っている。女だったら、両親をさらに悲しめたかもしれないからな」
「なんか、それって、前世とか関係してるんじゃないですか…?」
「…ミカサ、お前はオカルトが好きだったのか?」

オレンジ色の灯りが彼を照らす。
目が合う。
目を逸らそうと思ったが、逸らしていけないと感じた。

「…いいえ。そういうものには興味関心はありません。でも、そういうものは信じるつもりは無いけれど、あったら良いなって」
「…」
「それに、あなたとは昔どこかで会った気がするんです。その時も印象は良くなかった。まぁ夢の話ですけど」
「さりげなく俺を貶すな。意味がわからない」
「…私も、わかりません。今何を言っているのか自分でも理解していません。だけど…それは夢だけど、夢じゃない気がしたんです」
「…そうか…」

彼はコップに注がれた酒を飲んだ。
実に上手そうに飲む。
そして、こちらに再び目線を向ける。

「少し、その夢の話、興味を持った。話してみろ」
「嫌ですよ。どうせ夢なんて妄想の塊ですから…」
「いいから」
「…はい。夢の中で私たちは、いがみ合っていたのかもしれません。お互いではないかもしれないけど、少なくとも、どちらかが…」

風で窓がカタカタと揺れている。
彼は私のただの憶測を真剣に聞いている。
それはいつか見た夢に自分の憶測を交えた妄想の塊だ。

「でも、なにかのきっかけで…信頼するようになったんじゃないかと思います。ですがお互いに恋愛感情を持つことは無かったんじゃないかと」
「…ほう…」
「持てばきっと…どちらかの、第三者に関する…特別な感情を壊してしまう。と思ったんでしょうね」

何かがこみ上げてくる。
それは、私でない私。
もう一人のミカサにも思えた。
喉の奥が焼けるように熱かった。

「そして、私たちは、どちらかの死によって、その関係は…終わった…」
「…ミカサ、なぜ泣いている…」
「え…!?」

涙がボロボロ零れていた。
気味が悪かった。

「…俺は前世とか幽霊とか、そういった類は信用しない。自分が見てきたものだけを信じてきた。だが、ミカサ、お前のその仮説、多少は信じてやらんこともない」
「…は、い…」
「だから泣き止め」

彼の服の袖が私の顔を擦る。
多少乱暴な気もするが、私は彼が優しくするようにも思えない。

「…」
「…なんですか?私、何かしましたか…」

彼の眼差しはいつもと違って弱かった。
普段絶対に見せない表情だ。
それは何かに怯えた少年のようだった。
私は怖くなった。
彼が、彼でなくなってしまうのではないかと。

「っ!?おい、何をする!?」
「…寒いから…」
「嘘だろ。お前、嘘ついているだろ…」

彼の隣に寄り添って、右手を覆いかぶせるように触る。
何をすれば良いのかわからなかった。
ただ、彼を慰めたかった。
触れた手が、温かい。
また涙があふれてきた。
どうしてだろう。
私はこんなに泣き虫だっただろうか。

「…泣くんじゃねぇ…」

そう言って軽く頭を撫でる。
慰めているのは一体どちらなのだろうか。
止まらなかった。
今まで抑え込んでいた物が、ダムが決壊したように、涙はぼろぼろ流れる。
安心したのかもしれない。
エレンやアルミンと傍に居る時と違う安心感だった。
男性に守られている安心感だった。

***

涙が止まらないなか、彼は私の髪を撫で続けた。
優しく、絹を触るように、なめらかに。
ふと顔を見上げた。
彼は、まるで別人だった。
今までの堅苦しく、影があった表情は丸いように見える。
彼自身アルコールが入っているからかもしれない。
ロウソクの灯りが彼の顔を照らす。

「…ミカサ…」

ゆっくりと撫でていた手が、私の手を触れる。
彼の手のひらはとても暖かい。
彼は生きている。

「…俺を憎んでいるか…」
「…」
「…俺は邪魔だったか…」
「…」
「…俺が嫌いか…」
「…」
「…俺が…」
「憎んでいますし、邪魔ですし、嫌いです」
「…そうか…」
「とでも言うと思いましたか、兵長」

彼は何かを悟ったように体から力が抜けた。
「るせぇよ、クソガキ」とボソッといつものように吐いた。
そのまま二人は深い闇に落ちて行く。
オレンジ色の灯りがゆらゆらと私たちを照らす。
過去に埋めることの出来なかった時間を取り戻すように、暖房のつかない凍えた部屋でお互いの体温を確かめ合った。
そのあと、私たちはどうなったか覚えていない。

***

カーテンの隙間から光が射す。
リビングで寝てしまったようだ。
大きめの毛布に二人で包まっていた。
リヴァイさんは子供のような顔で寝ていた。
毛布から抜け出し、キッチンに向かう。
コップを拝借して水を飲む。
乾いた喉が潤ってゆく。

「…そういえば、停電はどうなって…」

テレビのリモコンを探し、スイッチを押す。
ボタンを押すとすぐについた。
「やった」と思うと同時に音量を下げる。
これで電気が使えるのだ。
たったそれだけが嬉しかった。

「…電気、ついたのか…?」
「あ、はい。復旧したみたいです」
「…そうか。それは良かった」

彼は立ち上がり、キッチンに行き水を飲んだ。
先ほどの寝顔とは違い、顔に影がある表情に戻った。
どうして、こうも別人になってしまうのだろうか。

「…朝食、食っていくか?」
「え、良いんですか…?」
「別に構わん」
「じゃあ、いただきます」
「あぁ」

彼は表情を崩した。
ほんの少しだけ、少しだけ、笑顔になった。
初めて見た純粋な、笑顔。

これから私たちはどうなるかはわからない。
誰にもわからない。
だけど後悔する選択はしたくない。
遠い昔に私たちはその選択をしてしまった気がする。
今なら、昔の過ちを取り返すことが出来ると思った。
雪の白さが、私たちの過去のしがらみを拭い去った。

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