Novel | ナノ


  秋、衝動的になる季節


「リヴァイさん、これ、どうぞ」
「…トウモロコシか」
「はい。実家で作ったものなんですけど、多めに送られてきまして…」
「悪くないな」

彼との交流は前よりも多くなった。
でもそれはおすそ分け程度の関係なのかもしれない。

「なぜわざわざ、インターフォンで呼ぶんだ。ドアあるからそっちを使え。面倒だ」
「…ご、ごめんなさい。やっぱり抵抗あって…」
「そうか」

いくら二世帯住宅の家でも住んでいるのは他人同士だ。
お互いにプライベートがあるだろうから、あの扉を使うのは違う気がした。

***

学校が再び始まった。
一週間がとても長く感じる。

「ここの気候にいまだ慣れないな…」
「そうだね。急に暑くなったり、寒くなったりするからね」
「…えぇ。私たちの町とはと違い過ぎる…」

いつも通り昼食を三人で取る。
本当に、ここ最近の気候の変化には付いていけない。
午前中は暑くてしようがないのに、夕方になれば手のひら返しのように寒くなる。
これにはさすがにしぶとい私たちでも、すこし体力が持ちそうにない。

「君たち、会話中に失礼するよ」
「ハ、ハンジさん」
「やぁ、アルミン」

ハンジさんがやってきた、この人はアルミンと同じ学部で先輩になる。
よくこうやって食事中に現れる。
でも、気持ちのいい人だから嫌ではない。
すこし変だけど。

「今日は、ミカサ、君に用事があってさ」
「…私、ですか…?」
「うん。最近リヴァイったら学校に来てないんだよね。ちょっと心配だから様子を見て欲しいんだよね」

そういえば、最近見ていないかもしれない。
最後に見たのがトウモロコシを渡したあの日だ。
あれから数日経っている気がする。
もしかして何かあったのかもしれない。

「わかりました。今日、帰ったら様子を見に行ってみます」
「うん。お願いしたよ」

ハンジさんはなんだか少し嬉しそうにその場を去った。
その意味を私は知らない。

***

「リヴァイさ―ん」

インターフォンを押しても返事は無い。
いつもだったら、少し物音を立てて開けるのに。
仕方なく部屋に戻ることにした。
例の扉の前に立つ。
躊躇している。
もし、留守だったら勝手に入ったことを彼は怒るだろうか。

「…でも、ハンジさんに頼まれたしな…」

自分に言い聞かせるように扉をノックした。
そして、扉を開けた。

***

中はいつも通り、必要な物以外ない殺風景な部屋だった。
特に変わりはない。
ここに住んでいる住人が居ないことを除けば。

「…リヴァイさん…居ますか…?」

辺りを見回すが反応は無い。
リビング以外も見てみるべきだろうか。
迷ったがそれはすべきでないと思った。
ドアに手をかけた時だった。
後ろで物音がした。

「…リヴァイ…さ、ん…?」

物音のする方へ進んだ。
そこはおそらく寝室であろう部屋だった。
ドアノブに手をかけ「ごめんなさい」と一言つぶやいた。
恐る恐る開けたそこには、紛れもなく彼がいた。
眠っている彼の姿があまりにも無防備だった。
いつもの仏頂面ではない、優しそうな表情をしていた。
思わず見とれてしまった。

「…なんで…お前がここにいる…」
「え!?いや、それは…」

急に目を覚ますものだから驚いた。

「…寝込みを襲うなんて、お前はそんな趣味があったのか?」
「違います。最近、様子を見なくて、その、何かあったのかなと思いまして…」
「…そうか…」

彼の目が充血していることに気が付いた。
息も荒い気がする。
なんだか声もいつもよりガラガラな気がした。
…もしかして…

「風邪、ですか?」
「…うるせぇ…」
「嘘、つかないでください。ほら、横になって…」
「…いいから、部屋に戻れ…」
「はいはい。おかゆで良いですよね。ちょっと待ってください」

おかゆを炊くためにキッチンへ向かう。
本当に必要最小限のものしか置いていない。
人の家のキッチンを使うのは少し抵抗があったが、そんなこと言ってる場合でない。
お米は…彼の使ってしまおう。
調味料もいつも使っているものの方がいいだろう。
一通り用意を済ませ、料理に取り掛かる。
このキッチンで彼は料理をしているのだろうか。
彼は、この鍋を使っているのだろうか。
彼は…。

私は何を考えているのだろうか。
その一言に尽きた。
おかゆが炊き上がると同時のその考えは吹き飛んだ。
味見をする。
思った以上にイケる。自画自賛だが。
食器を持ち、彼の居る寝室に向かった。

***

「炊けましたよ」
「…そうか…すまない…帰れ…」
「いつも以上に口、悪いですね…。そんなに自分が風邪だと認めたくないんですか?」
「…うるせぇよ…」

彼の息がさっきより荒かった気がした。
食器を持ち自分で食べようとするが、朦朧としているのか、それとも焦点が合わないのか、蓮華をもった腕が震える。
私はベッドのそばに膝をついた。

「蓮華、貸してください。そんな震えていたら零します」
「…」
「リヴァイさん…」

堪忍したのか、彼は仕方なくという感じで蓮華をこちらに渡す。
私は、おかゆを掬い彼の口元へ運ぶ。
嫌々開く口に蓮華を入れる。
ふと目が合った。
充血した目にいつものような生気はない。
目はいつもより潤んでいるようだった。
おかゆが、熱かったのだろうか。

「…熱く、ないですか?」
「…別に問題は無い…」
「良かったです」

おかゆを入れた鍋は空になった。
彼の食欲は思った以上にあったので安心した。
これで、汗をかいて、薬を飲めばきっとすぐに治るだろう。

「はい、横になってください。あとで、薬も持ってきますので」
「…」
「とりあえず、食器片付けてきます」
「…おい」
「はい?」

ベッドに横たわる彼の左腕が伸びる。
そして、その腕が、私の頭を撫でる。
撫でたかと思えば、引き寄せる。
唇が熱いものに触れる。
何が起きたのかわからなかった。

「…んっ、やっ…ちょっと!何するんですか!」

近づいた顔を無理やり引き離すと、彼は眠っていた。
目の前が真っ白になる。
私は彼とキスをした。
初めて、だった。
それがこんな形で、迎えてしまうなんて。
食器を放置して私は自分の部屋に戻ってしまった。

***

「…だから、帰れって言っただろうが…」

自分以外誰も居なくなった部屋に一人呟く。
彼女の善意には感謝している。
無かった食欲も、久しぶりに食べた誰かの手料理で戻った。
まさか、こんなにも手を焼かれるとは思わなかった。
あいつは俺のことを大家か隣人くらいしか思ってないだろうが。
俺も男だ。紛れもなく男だ。
キスだけで済んで、良かったと思え。
クソガキが。

「…俺は…」

奴をどうしたかったのだろうか。わからない。
ただ、俺がこんなにも衝動的に動いたことに驚いた。
あいつを見ると切なくなった。手放してはいけないと直感した。
だからと言ってこんな手を使うなんて下衆のすることだ。

「…これだから、嫌なんだ…」

ミカサの頭を触れていた左手を握り締める。
食器を戻そうと思うが、体がだるく上手く動かない。
仕方なくそのまま再び深い眠りに落ちて行った。

***

ドアを勢いよく閉めた。
そのままへなへなと腰の力が抜けて、その場に座りこむ。
私は、彼と、リヴァイさんと…。
そんなの嘘だ。
思わず、唇に指が触れる。
彼の熱が再び走った気がした。
身体の奥底がビクビクしている。
私と彼が近づいた瞬間の彼の顔を思い出し、再びビクつく。

「…私は…彼と…キ、スした…」

恥ずかしい。
なのに、私しか、覚えていない。
穴があるのならこのまま入ってしまいたかった。
心が、きゅうっと音を立てて締め付ける。

***

『おい、もう少し丁寧にやれ。傷口開くだろうが…』

『…わかっています』

『…お前、こんな怪我で俺が死ぬとでも思っているのか…?』

『?…あなたは、そのくらいで死ぬ人間だとは思っていない』


『…エレンを救えるのはお前なんだろ?背中は俺が守る。行け…!』

『…はい!』

『―――』

『なんだ』

『私の報いを受けるまで死ぬのは許さない』

『寝言は寝てから言え』


『…だから、しくじるなと何度も言っただろ』

『あ…そ、んな…う、そだ…』

『…そんなツラ、するな。俺が…エレンに…怒られる…』

『―――!!!』


―――本当の気持ちに気がつくのが遅かった。
初めは何も思っても感じてもいなかった。
守ることに慣れ、守られることを知らなかった私を助けてくれたのは紛れもなくあの人だった。
だけど、目を逸らした。
気が付くのが遅かったのでない。
気が付くのが怖かった。
この選択をしてはいけないと思っていた。
私は、本当の気持ちを無意識のうちに押し殺していた。
すべてが遅すぎた。

今度は、こんな悲しい思いをしたくない…。

***

「…はぁ、はぁ…ゆ、夢…?」

汗だくだった。気持ち悪くて仕方がない。
そして、わけもわからないくらい涙がこぼれる。

「…一体、なんなの…」

頭を抱える。
底知らぬ恐怖を感じた。
手が震えている。
怖い。けれど、逃げては駄目だと思った。
とにかく気分転換をしようと、汗だらけの服を洗濯機に放り投げ、スイッチを押し、走りに外を出る。
もうすぐで冬を迎えようとする秋風は、今の私にはすこし冷たかった。

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