Novel | ナノ


  夏、新たな一面を知る季節


夏がやってきた。
都会の夏はとても暑かった。田舎とは違う暑さだった。
コンクリートの照り返しが、より一層暑さを増した。

「…課題、終わらさなきゃ…」

帰省はするつもりだが、その前に夏休み用に出された課題を片付けてしまいたかった。
きっと家に帰っても、課題はやらないと思った。
こっちにいても暑さでまともに集中は出来ないのだが…。
よし、やるぞと気合いを入れた瞬間だった。
気の抜けるようなインターフォンが鳴る。
ドアを開けると大家とは別の隣人だった。

「ミカサちゃん、スイカ食べれる?」
「は、はい。食べれますよ」
「良かったわ。だったらこれ貰ってくれないかしら?」
「え、まるまる一玉も良いんですか…?」
「どうぞお食べなさい」

そのスイカはボーリングの玉くらいの大きさのまるまるとしたものだった。
実家でも作っているが、小ぶりでここまで大きくはない。
珍しくテンションが上がった。
さっそく水で冷やしておく。

「…課題、終わってから食べよう…」

そう自分に言い聞かせて課題を始める。

***

課題が終わったのは8時を過ぎた頃だった。
昼間から始めたのにもかかわらず全然終わらなかった。
夕食を食べようと思ったが、夏バテなのか食欲もそんなに無かった。
スイカも冷え切ってしまっただろう。そうスイカを切る。
みずみずしい果汁が出る。
独特のスイカのにおいが部屋に充満した。
けれど、このスイカを食べ切れるか心配になった。
エレンもアルミンも帰省したと言っていたので、渡すに渡すことが出来ない。

「…とりあえず、食べよ…」

空が光った。
雷が落ちたかと思った。
だが、その閃光は止むことがなかった。

「…え、は、花火…!?」

スイカ片手にベランダに出る。
とても綺麗だ。田舎の花火大会とは比べ物にならないくらいの花火の数だ。
最上階からの眺めは素晴らしいものだった。

「すごい、綺麗…!」

空が光りの花が咲く。
胸が高鳴る。
こんな感覚久しぶりだった。子供のころに戻ったようだ。

「…スイカ片手に、そんなに花火が珍しいか。田舎者」

奴だ。大家だ。リヴァイさんだ。
どうしていつもこう、間が悪い。

「酎ハイ片手に花火眺めてる人よりは風流だと思いますが」
「酎ハイじゃねぇ。ビールだ」
「そうですか。それは失礼しました」
「…そう、カリカリすんじゃねぇよ。別に俺はお前のこと罵ったわけじゃない」
「でも、田舎者って言いましたよね?」
「事実じゃねぇか」

せっかく綺麗な花火が台無しだ。
気分も浮かない。むしろ沈んだ。
この人と話すとなにかイライラしてしまう。
でも、私も子供すぎる。認めよう。
せっかくの隣人なのだ。多少は仲良くすべきなのだろう。
母も言っていた。
隣人との関係を大切にしろと。
今日は仲良くする努力をしよう。

「…あの、もし良かったら食べます、スイカ」
「…は?」
「だから、スイカ食べますか?私一個丸ごと貰ったんですけど、一人じゃ食べ切れる量じゃないんです。だから、減らしてほしいんです」
「半分命令だろ」

彼はあの三白眼でこちらを睨む。
だが、ビール片手にベランダに寄しかかりながらだと、どうも威力が半減してしまう。
笑いをこらえるのに必死だった。

「いいぞ。スイカよこせ」
「え?」
「冗談なのか?」
「いえ、違います」

ベランダで柵越しの会話に違和感があるものの、別に嫌ではなかった。
私自身、そこまで彼は嫌いではないのかもしれない。
ただ、その上から目線が腹立たしかっただけなのだろう。
急いで、残りのスイカを全て切る。
そしてベランダまで持っていく。

「お待たせしました…」
「…お前、これはいくらなんでも切りすぎだ。ゆっくりベランダで食える量じゃねぇ…」

確かに切りすぎたかもしれない。
スイカは大きめの皿に七、八切れ乗っていた。

「…仕方ねえな。部屋に入れ」
「えっ、良いんですか…」
「いちいち俺の許可が必要なのか、お前は」

上から目線に若干の怒りを覚えたが、今日は仲良くする努力をしよう。
再びあのドアに手をかける。
前回とは違う理由だ。
緊張はしていない。だけど、男の人の部屋に入るのは抵抗があった。

「…失礼します」
「遅い」

大きな部屋にソファとテーブルがあった。
そして三白眼の彼は大きなソファを独り占めするように座っていた。

***

机の上にスイカの皿を置く。
会話はない。
ただ黙々と彼はスイカを食べていた。
私もスイカを食べることにした。
だけど、会話もないまま食べるのも嫌だった。

「その、リヴァイさんのご両親、見掛けないんですがどこか出掛けているんですか?」
「親か?親父の単身赴任にお袋が付いて行って、しばらく帰ってこないだろうな」

え?
今なんて?
両親は単身赴任でしばらく帰ってこない?
ちょっと待って。
これって、色々とマズイと思うのだけれど。

「…もしかして誘っているのか、お前」
「は?冗談にしては上手すぎます」
「くははっ。あぁ冗談だ。悪かったな」

初めて笑顔を見たかもしれない。
笑顔と言うより、嘲笑と言えばいいのか…。
そして互いにスイカを頬張った。

余計に何を話せば良いのかわからなかった。
ふと見た部屋は大きかった。やはり大家の家だけあって大きいのは確かなのだ。
ただ部屋が広いだけで、間取りは変わらないのかもしれないが。
そういえば、この家は二世帯住宅と言っていた気がする。
私の部屋は誰か住んでいたのだろうか。

「…そういえば、ここは二世帯住宅でしたよね」
「あぁ」
「私が住む前は、ご家族の誰か住んでたんですか…?」
「…まぁな。祖父が住んでいた。今は、住みづらいと言って違うところに引っ越したがな」

スイカを頬張る彼は少し寂しそうだった。
なにかいけないものを見てしまったような気分になり、俯く。
スイカの味気がなくなった。

「…そろそろ、花火終わるぞ。見なくて良いのか」
「あ、見ます」

ベランダに駆け足で行く。
花火はクライマックスのようで、空は花火の絨毯で綺麗だった。
赤、青、黄色、緑…それらの輝きが胸を焦がす。
その光景は決して忘れないだろう。

「綺麗…」
「そうだな」

本当にそう思っているのか疑いたくなるくらい気持ちがこもっていない。
それも彼らしいと言えばそうなのだが…。

「でもお前の方が綺麗だぞ、ミカサ」
「…」

スイカがベランダにべちゃっと音を立てながら落ち、ぐちゃぐちゃになった。
何を言っているのかわからない。
動揺を隠せないまま、彼の顔を見た。
仏頂面なのは変わりないが、瞳の芯が強かった。
その目を見て私は何もできなかった。

「…なぜそんなに固まる…」
「そ、の、そんなこと、い、われなく、て」
「そうか。…そんなことより、おい。ベランダにスイカ落とすな、汚ねぇ」
「ご、めんな、さい。今すぐ、掃除し、ます」

そのままベランダを飛び出した。
そして、部屋に戻った。
動揺が隠せなかった。

結局その夜、ビクビクしながらぶちまけたスイカを片付けた。
いくら冗談とはいえ、あんな顔で言われたら冗談とは思えない。
あの後「お祭り行かないか」と誘われた気がしたが、動揺していてそれどころでなかった。
とにかく夜はそのことを思い出して、寝るに寝れなかった。

***

『…いつか私が然るべき報いを…』


『…お前は、あの時のエレンのなじみか』

『そうか…』


『私の失態で…兵団の主力を失ってしまった。私の責任の始末は、私が』


『…自分を抑制しろ。もう、しくじるなよ』

『…はい、もちろんです』


『随分と完治するのに時間がかかった』

『それでも…再び戦えることが私は、嬉しいです』

『そうか』

『…とでも言うと思いましたか?』

『お前、絶対削ぐ』

***

「…ぅ…ゆ、夢…?」

寝汗でぐちゃぐちゃになった寝間着を洗濯機に突っ込む。
カーテンを勢いよく開ける。
夏の朝日は身を焦がす。
不思議と心が軽かった。

帰省の準備を済ませ、部屋の鍵を閉めた。
今度、この部屋に戻るときは二週間後くらいだろうか。
きっとその頃には、埃も溜まっているだろうか。

「よし、帰ろう」
「帰るのか」
「っ!?り、リヴァイさん…」
「そんなに驚くんじゃねぇよ」

半袖短パンのラフな格好だった。
彼は小柄で童顔なせいか、その格好は大学生には見えなかった。
彼の左手にはゴミ袋があった。これからゴミ出しなのだろう。

「はい、これから帰るんです」
「そうか」

歩きながら話をした。
こうやって会話するのは初めてだった。
改めて彼は小柄と再認識するが、決して子供のような体つきというわけでない。
露出した腕の太さが私の倍くらいあった。
やっぱり、この人は男の人なんだと思った。

「…いつ戻る」
「えっと、二週間後くらいですかね」
「ブレーカーは」
「落としました」
「冷蔵庫は」
「今朝、すべて片付けました」
「そうか」

この人は私が思っている以上に心配性なのだろうか。
そうこうしているうちにゴミステーションに着いた。
二週間ほどの短い別れだ。

「それじゃあ。部屋、お願いします」
「あぁ」

いつまでも無愛想な顔だ。
背を向け、私は前に進む。

「おい」
「…まだ、なにかありますか…?」
「気を付けて行って来い」
「…え…」

無愛想な顔はかわらない。
鋭い目つきも変わらない。
相変わらずなにを考えているのかわかない。
でも、彼は私を送り出した。

「い、いってきます…!」

これが、ご近所付き合いなんだろうな。
そう思いながら、私は彼に別れの挨拶をした。
彼の根は優しいのだろう。
きっと。

道路を駆ける。
コンクリートで照り返しがキツイ。
でも、その身を焼くようなジリジリとした暑さが嫌いではなかった。
私はきっと変わったのだろう。
都会に少し馴染み過ぎたのかもしれない。

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