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  春、すべての始まりの季節


春は別れの季節でもあるが出会いの季節でもある。
街には桜が咲き乱れ、蝶が舞う。
そんな季節、私は好きだ。

長年過ごした田舎を出て、私は今年、大学生となる。

私の大学は大学密集地で、そこは学園都市とも言える場所にある。
そこに一人暮らしとなる私だが、本当にたまたま良い賃貸マンションを見つけた。
1LDKで学校まで徒歩で15分程度。家賃は3万円。部屋は最上階。しかも、オール電化。
普通だったらこんな都会にある物件なら家賃10万以上しそうなものだった。
学生がこんな贅沢な物件に住んでも良いのかと思ったが、早もの勝ちだと思い即、その物件を借りることにした。

***

「…こんにちは」

昼過ぎにマンションに着いた。
荷物をそっちのけで、とりあえず隣人に挨拶をしに行く。
母が、引っ越しの挨拶の際に蕎麦を渡しなさいという助言を守り、私は蕎麦を抱えながら挨拶する。

「今日、隣に越してきました、ミカサ・アッカーマンと言います。色々ご迷惑をお掛けすると思いますが…」
「…そうか…」

思ったより隣人は冷たかった。これが、都会人なのか。
早くもホームシックに陥る一歩寸前。

「…あの、これ、引っ越し蕎麦です…。つまらないものですが、どうぞ…」
「あぁ」

そう言って、ドアを閉める。
なんて奴だ。
黒髪にやる気のなさそうな三白眼。
小柄な体格に、真っ白いTシャツ。
名前は…聞きそびれた。
慌てて表札を確認するが、かかっていない。
でも、もう一度インターフォンを押して、名前を聞くまででもないだろうと思った。
というより、もう関わらないと決めた。
相変わらず無愛想だ。
この人には明日辺りでも何かしら不運が起これば良い。
とにかく第一印象が悪い。

***

ダンボールだらけの部屋に寝そべる。
今日から、新しい新生活が始まるのだと思うだけで気分が高揚した。
でもいい加減、片付けをしなければ、始まるものも始まらない。

「…とりあえず、片付けれるものを…」

ダンボールを開けた手はしばらく止まらなかった。
衣類や食器、私物を一通り分別する。時計を見ると七時を過ぎていた。
大体ではあるが、荷物は片付いた。夕食を食べた後にでも作業を再開しようと思い、寝室になる場所にひとまず荷物を置きに行く。
寝室から戻り、すっきりとした部屋を眺める。
ふと眺めたリビングに扉があった。
そういえばまだ、この部屋は開けていなかった。
なんの疑いもなく勢いよく開けた。

それが、私の、最悪の大学生活の始まりだった。

***

勢いよく開けた扉には、空間が広がっていた。
微かに蕎麦独特のにおいがした。
そして次に、目に入ったのは上半身裸の男だった。
何が起きているのか、わからない。
とにかく…

「ぎゃあぁぁああぁぁ!?」

とりあえず、叫んだ。
そして、反射的にドアを閉める。が、閉まらない。

「っせぇな…。勝手に開けといて、謝罪の一つや二つねぇのか…」

足で扉が閉まるのを止めていた。
その男は奴だった。
挨拶をしても無愛想な隣人だった。

「なんのことですか…。というか、こちらこそ、なんでいるんですか!」
「質問の意味がわからん」

男は表情を崩さずそのまま、ドアを開けようとする。
強く引くが、閉まらない。

「おっ、大家さんにこのこと話します…!これは、とにかく、おかしい!」
「寝言は寝てから言え」

ドアが完全に開く。体の重心がそのまま床へ落ちてゆく。
ばたりと倒れこみ、そのままの態勢で男を見上げる。
男は頭を少し掻いてから、面倒そうに口を開く。

「俺がここのマンションの大家だ」

***

青天の霹靂とはまさにこのことだった。
何を言っているのか理解に苦しんだが、彼の目がギラギラと鋭く、目を合わすのもキツかった。
私は立ち上がることも出来ず、倒れたまま「ごめんなさい」とつぶやいていた。
男は上半身裸のまましゃがむ。風呂上りなのだろうか、シャンプーのにおいが微かにした。

「…正確に言えば、大家の孫…だな」
「…はぁ…」

私は寝そべり、奴はしゃがんでいる。
第三者から見たら今、私はどういう風に見えるのだろうか。

「ミカサとか言ったな。お前、どうしてこの物件が安いか知ってるか?」
「い、いいえ…」

男は表情一つ変えやしない。
なんだか、屈辱的だった。

「この物件は二世帯住宅で、大家付きだからだ」
「え?」

意味がわからない。
つまりどういうことなの。

「…それは、どういう、ことですか…」
「くどい」

少しイライラしながら冷たい視線を向けられた。
そうして男は立ち上がった。
それなりに鍛えられた体は傷だらけに見えた。
この人は、そういう系の人間なのだろうか…。
彼はそのまま部屋の奥に消えた。
私はそれを見計らって、立った。
どうしたら良いのかわからず、結局そのまま部屋に戻ってしまった。
でも、これだけは確信した。
早く引っ越したい。

***

すぐ部屋に戻り契約書の内容を確認した。
紛れもなく条件の欄に「二世帯住宅で大家付き」と書いていることを見落とした私が嫌になった。
あの日以来、大家と話す機会は無かったが、ポストに小さな手紙が入っており、そこには「俺からはお前の部屋には入らない。ベランダも柵に鍵をかけた。」と達筆な字で綴られていた。
その数日後、大学生活が始まった。
緊張していたのか、いつもより早く目覚めて準備をした。

「電気消した、テレビも消した、忘れ物なし、よし、行こう」

確認を終わらせて靴を履き、扉を開ける。
鍵を閉める最中、なんだか隣が騒がしかった。
きっと隣人も出るのだろう。挨拶をしよう。

「おはようござ…い、ま…す…」

鍵を思わず落とした。
大家だった。

「なんだ、そのわざとらしい反応は」
「…い、いえ。なんでもありません…」
「そうか」

大家は何事も無かったように鍵をかけている。
私は地面に落ちた鍵を放置したまま、どうすることも出来なかった。

「引っ越しを考えているなら諦めることだ。ここらの安い賃貸物件はほぼ埋まった状態だ。まぁ寮に入るなら別かもしれんが、寮は寮で面倒だがな。門限とか色々うるさいぞ」
「え、じゃあ、私、引っ越し…」
「あと一年は諦めろ。引っ越しにも金が掛かることは知っているだろう?」

それを言われると言い返すことができなかった。
引っ越しには膨大なお金がかかっている。
そのお金を出してくれたのは誰ですか。
紛れもなく両親。
そして、その物件を決めたのは、私。

「親に迷惑かけたくなかったら、来年まで引っ越し資金を稼ぐことだな」

無慈悲な声が私をさらに追い詰めた。

***

「ミカサ、どうだ、一人暮らしは」
「…それなりに…」
「なんだか大変そうだね」
「まぁ無理するなよ?」
「…エレンこそ…」

学食で同じ学校だが学部が違う幼馴染のエレンとアルミンと一緒に昼食をとる。
彼らは一人暮らしでなく寮に入っている。
二人の話を聞いていると、なぜ私は寮に入るという選択肢を思いつかなかったのか後悔する。

「それにしてもミカサがここまで疲れるなんてな。でも、家事は得意だったじゃないのか?」
「そうだよね。家事は何でも完璧にこなせてたよね」
「…家事が、問題じゃないんだよね」
「はぁ?」

エレンの手が止まった。
じゃあ何が問題なんだよって顔をしていた。
いくら、エレンでもその理由は話せない。
大家と。男と半同居なんて、そんなの言えない。
言えるわけがない。

「…大家が…」
「え?」
「大家が最低なんだ…!確かに私の契約書の見落としかもしれないけどあの人を見下す態度は何…!」
「ちょっとミカサ、落ち着いて!ここ食堂!」
「おい、ミカサ!」
「あのチビ…!いつか…!」
「…いつか、なんだ…」

背筋が凍った。
恐る恐る、背後を確認する。
そこに居たのは小柄ではあるが、威圧感を放っていた男がいた。
大家だった。
なぜこんなところに…?

「…大家さん。こんなところにまでついて来るなんて、ストーカーですか?」
「お、大家!?ミカサ、何言ってるんだよ!」
「エレン、こいつが大家。紛れもない事実」
「はぁ!?」
「…るせぇガキだな、おい…」

キレているのが分かった。
椅子に座りっぱなしだと負けた気がしたのでその場に立つ。
あっちもその気のようだった。

「ちょっと、リヴァイ!何してるのさ!下級生いじめるなんて恥ずかしいでしょ!」
「いじめてねぇよ。コイツが突っかかってきた」

大家の隣に現れたポニーテイルの女性?男性?はなんだか陽気そうだった。
そして大家の名前が判明した。
リヴァイ。
…待って。今、なんて言ったの…?
下級生…?

「…ミカサ・アッカーマン。今月の家賃未納だから、早く払えよ」

そう言って去った彼の腕には教科書を抱えていた。
私は見間違えていないつもりだ。
あの教科書は四年生で使うものだったはず。
彼は同じマンションに住み、しかも隣人で、半同居状態で、そのうえ大学の先輩。
ここまで来ると笑いしかこみあげてこない。
私の大学生活初めての春が、始まりを迎え、それと同時に終わりを迎えた。

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