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  スノードロップ


ここは都心のはずれにある小さな花屋です。
店の名前は"フラワーショップ ダイム"。
このダイムというのは店長が飼っているシベリアンハスキーから取ったそうです。
そして店長の名前は宜野座伸元。
幼いころからガーデニングに興味があり、やっとの思いで自分の店を構えることが出来たそうです。
決して愛想は良い方とは言えませんが、たまに笑う顔は子供みたいに見えるときがあります。
特にダイムと触れ合っている時とか…。

私の名前は常守朱。
近隣の大学に通っている学生です。
縁があってここでバイトとして雇ってもらっています。
かれこれここで働いてもう2か月ほどが経とうとしています。

「常守」
「はい!なんですか宜野座さん?」
「裏に行ってアレンジに使うカゴを持ってきてくれないか?今、手が離せなくてな」
「了解しました!」
「カゴのセンスは常守に任せる、悪いな」


店の裏にある倉庫。
使っていない花瓶やダンボール、そしてフラワーアレンジメントに使うカゴなどをしまっておく所だ。
倉庫と言っても四畳半程度の広さで天井までびっしりと物が置かれている。
そして薄暗い。

「センスに任せる、かぁ…」

実際そう言われるのが一番困った。
いまなら夕ご飯は何が良いと聞かれてなんでもいいと言われる母の気持ちがわかる気がする。
絶対にカゴを選ぶセンスは宜野座さんの方が上に違いない。
彼は私の何十倍も花のこと知っているから、この花に似合いそうなカゴをわかるはずなのに。

「うーん、この茶色いカゴが無難かな…いや、でも茶色いのはちょっと地味かな…?」
「…あ」

カゴを置いている棚の上を見上げると白い可愛らしいカゴがあった。
「これだ!」と見た瞬間感じた。
カゴに手を伸ばす。
その伸ばしていく手は震えていた。
震えた手は白いカゴに触れた瞬間落下する。
「危ない」そう感じた瞬間には遅かった。
カゴは朱めがけ落下する。

「痛い」そう感じるはずだった。なのに痛くない。
ゆっくり目を開ける。

「…まったく、なにをやっている常守」
「!?」

茫然とする。
目の前にいるはずのなかった宜野座さんが居るのだ。
棚から落ちたカゴを持ちながら、なんとなく眼鏡をかけたその顔は不機嫌そうだ。

「ぎ、のざ…さん?」
「なんだ」
「え、あ、その!」
「早く帰ってくると思ったのに遅いからわざわざ向かえばこのざまだ。…まぁ良かったな。陶器のカゴはやはり下段の方に移しておいて正解だったようだ」
「その…宜野座さん、迷惑ばかりでごめんなさい…」
「…怪我をしていなければ問題ない。そもそもこんなカゴで怪我なんてしないだろうがな」
「で、ですよね」
「…もう時間も時間だ、ダイムの散歩に行ってきてくれないか?」
「は、はい!」

慌ててダイムの散歩の準備をする。
頭の中がぐしゃぐしゃだった。
宜野座さんに謝らなければ、片付けをしなければ、ダイムの散歩に行かなければ…

「常守!」
「は、はい!」
「あなたがこのカゴを選ぶだろうと思ってたから、俺は頼んだ」


「ねぇ、ダイム」

散歩ルートの途中にあるベンチに腰を下ろす。
ダイムはやさしいまなざしでこちらを見る。

「…宜野座さんって、あんな人だった?いつも仕事に対してカリカリしてたり、たまに口悪い時もあるし…。本当は対人関係の仕事向いてないんじゃないかなって思うこともあったけどさ、けどさ…」

リールをきゅっと握る。
今もまだビクビクしている。
体が、心が。

「たまに…別人ってくらい優しい顔するよね…きっとダイムはそんな宜野座さんの顔たくさんみてきたんでしょう?」

言葉が通じるはずのない宜野座さんの飼い犬に語りかける。
でもダイムは通じているような表情をする。
「なんども見てきたさ」そんな表情だ。

「…まぁ、でも気のせいだよね」

そう、こんなの気のせい。
あるはずがない。
彼は店長だ。
彼は私の雇い主だ。
彼は、彼は―――。
「絶対に違う」そう言い聞かせる。
存在するはずのない思いを否定する。


スノードロップの花言葉
"初恋のため息"

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