05
いつもどおり訓練に励み、夕飯を食べ、部屋に戻ろうとしたときだった。
「ミカサ、ちょっと良いかな」
そう優しく呼び止めたのはアルミンだった。
少し困った顔をしていた。気がする。
「最近、夕飯を食べた後すぐ部屋に戻っているみたいだけど、本でも読んでいるの?」
「…本は読んでない。ただ…」
たまたま私が部屋に籠る理由は近くに居なかった。
アルミンなら何か知っているかもしれない。
淡い期待に口を開く。
「…その…幽霊…みたいな存在、なんて信じる…?」
「ゆっ、幽霊かい?ずいぶんと唐突だね。そうだなぁ。いるんじゃないかなぁ…?」
「…どうして奴らは存在するのだろう…」
アルミンは少し考えていた。
そのあと、自分なりの考えがまとまったようで、口を開く。
「もしかしたら死ぬ前に思っていたことが強い信念となって魂だけが残ったのかもしれないね」
「…魂…」
「うん。そう考えたら幽霊は僕たちを守ってくれる存在なのかもしれないね」
「…守ってくれる…」
「でも、幽霊はいつか帰るべき場所帰らなきゃ駄目だと思うんだ」
「帰るべき場所…?」
それ以上話すのをためらったように見えた。
だけど、ゆっくりと言葉を選んで続けた。
「だって生きている世界が違うからね」
***
「はぁ?立体機動を教えろだって?」
「兵長の立体機動はすごい。だから、教えてください」
「…せめて、それを俺が生きている時に言え」
正論すぎて言い返すことが出来なかった。
少し頭を抱えて考えていた。
つい出来心で言ってしまったことだが、兵長は真に受けていたようだった。
面倒くさそうに頭を少し掻き、こちらに鋭い視線を向ける。
「良いだろう。俺も、多少はお前の力を借りているからな」
「え?」
「…頼んでおいてその反応はなんだ。甘ったれた気持ちで挑むなよ…」
「はい」
こちらも鋭い視線を向けた。
「悪くない」とぼそっと兵長は呟き、私たちは部屋を出た。
「…そういえば兵長はブレード、逆手に持っていましたよね」
夜の平原。
訓練場にしようと思ったが、独り言を誰か聞かれるのは嫌だった。
軽く動いて汗をかく。
エレンからもらったマフラーには汗を垂らさないように気を付ける。
「…気付いていたのか」
「それって、トリガーの操作難しくないんですか?」
逆手にブレードを持ってみるが、操作がしにくい。
よくこんな使いにくい持ち方で操作しているなと思う。
「…片手に持つと腕に負担がかからない。その上、体の軸回転でより肉が削げる」
「まぁ、確かに少し腕の負担がないかもしれません」
トリガーを握る。
小指と薬指の力が思った以上に必要だ。
そして逆さなので、余計に難しい。
「…でも、握りにくい…」
「まぁ、これは我流の持ち方だからな。別に俺を真似ろとは言ってないが」
「ですが、この持ち方を出来れば私はもっと強くなる。エレンを守ることが出来る。それに…」
「あ?」
「あなたの穴を埋めなければ、勝てない」
「…そうか…」
「帰るぞ」とつぶやいた背中がいつもより小さく見えたのは気のせいだろう。
ふと見上げた月はとても綺麗だった。だけど、すこし霞んで見えた。
その日以降もしばらく訓練は続いた。
訓練自体は苦ではなかった。
兵長の立体機動の話や、効率の良い巨人の倒し方など、新鮮味のある話ばかりだった。
だけど嫌だった。
今思えばあの兵長と一対一の訓練だ。
強くなるためとは言え、嫌いな人物に教えてもらっている。
それに絶対、エレンに見られたくない。
見られたくない。
見られたくない…?
…何を言っているの?
エレンはともかく誰にも見えていない。
兵長は、死んでしまった。
私は、今、一人じゃないか。
「っ!?」
「おい、ミカサ!」
視界が回る。
よそ見をして転倒してしまったようだ。
三白眼と顔が近かった。
恐らく、覆いかぶさったような態勢なのだろう。
「…悪い。今どく」
離れていく袖を引く。
言いようのない恐怖が私を支配する。
「あ?」
「…動かないで、ください…」
何を言っているのだろう。
自分が自分でなくなるのが不安だった。
「…人類は、巨人に勝てますよね…」
「…あぁ…」
感じるはずのない重みを感じる。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「…勝利したら、どうなるのでしょうか…」
「…さぁな…」
聞こえるはずのない鼓動を感じる。
体の中が熱い。
「…みんな、笑ってくらせると思いますか…」
「…知らねぇ…」
触れた体が暖かかった。
だが、そんなの気のせいだ。
「…いつかあなたは消えるんですか…?」
返事は無かった。
いや、その前に意識が飛んでいた。
相当疲れていたのだろう。
気が付くとベッドの上だった。
きっと今までのことは夢だったのだろう。
その夜以降、私は彼を見ていない。
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