Novel | ナノ


  03


朝は誰にも平等にやってくる。
たとえそれが死人であっても。

「…なんて目覚めの悪い朝なんでしょうか。どうせならエレンの顔を見たかった」
「悪かったな…」

昨夜のやり取りは私自身、夢だと思っていた。
どう考えても現実離れしたことだからだ。
だから多少は愛想よく話をしたというのに。
こんな不快な気持ちになる朝は久しぶりだった。
亡霊は昨夜と同じ窓際に立ち外を眺めていた。なにをそんなに眺める物があるのだろうか。
どうせなら、そのまま朝の陽ざしを浴びて成仏したほうがお互いの為だと心の底から思った。

「…さっさとその汚ねぇツラ洗って来い、クソガキ」

腹が立ったので睨んだ。奴もそれを察したのか、睨み返した。
朝から本当に気分が悪かった。
イライラしながら顔を洗いに行く。

いつもどおりエレンとアルミンと一緒に朝食をとる。
とてもその時間が私にとって幸せな時間だった。

「ミカサ、なんでそんな嫌そうな顔して食べてるんだよ。そんなにパン嫌いだったか?」
「いや、パンは嫌いじゃない…」
「どこか体調が優れないのかい?」
「体調は問題ない。いつもどおり…」
「俺が居るからだろう…?」
「そうですね」
「「えっ?」」
「あっ、いや、なんでもない」

二人の反応にふと我に返った。
向かいに腕組みをしながら座る存在しないはずの人を睨む。
なんだか笑っているように見えたから余計に腹が立った。
だが、何もなかったように黙々と朝食を食べる。
いや、食べなければならない。
イライラしながらパンに噛り付く。


私は彼が嫌いだった。
今もそうかと聞かれれば肯定する。
エレンを苦しめた報いとエレンと私を助けてくれた貸しは別だ。
だが、アルミンはよく私に言っていた。丸くなったと。
兵長に対する反抗心があの日から和らいだと。
私はそうは感じていない。
けれど、アルミンがいうのなら本当のことなのかもしれない。

そして今夜もなぜか嫌いな人は私の部屋にいる。

「…毎晩毎晩、そんなに私の部屋、居心地いいんですか?」
「別に」

いつもの指定席である窓際に立つ。
彼の死後から五日が経とうとしていた。
一向に帰る気配すらない。
むしろ私のほうが長い夢でも見ているのではないかと疑う。

「…俺は死んだんだよな…?」
「はい?」
「…もうガキは寝ろ。明日は早いんじゃないのか…?」
「話を逸らさないでください。今、なんて言いました?死んだのかですって?」
「…聞こえてるんじゃねぇかよ」

「チッ」と軽く舌打ちをし、こちらに近づく。
ベッドの上の私、窓際の兵長のいつもの定位置が崩される。
その顔には表情は無い。ただ、私を見ながら近づいてきた。

「俺は、死んだよな…?」

そう私に腕を伸ばす。
伸びた腕が頬に触れなかった。
そのまま貫通した。

「…え…?」
「悪かったな。確かめたかっただけだ」
「…だからと言って、私を実験台みたいに使わないでください」
「期待でもしてたか?クソガキ」

悪い顔をしながら笑った。
呟くように「子供には興味ないんでね」と吐いた。
それに対抗して「私、年上には興味ありません」と嫌味のように言った。
少し間を置いて笑う。声を出して笑うわけではなかった。
でもそれを笑顔と聞かれればそうではない。
そういえば、この人の笑顔を私は見たことがない。

「部屋に戻る。さっさと寝ろよ、クソガキ」
「…私はクソガキではありません。ミカサです」

そうかと鼻で笑い、背を向け進む。
彼が部屋の扉を開かず、貫通し姿を消したことを確認し、眠りについた。


ドアを開けずに部屋に入るのは違和感があった。
そして、今朝はあったはずの荷物が整理され、殺風景だった部屋がもっと殺風景になった。
こうやって人間は忘れられていくのだろう。
そして本当に人間は死んでいくのだろう。
そう身に染みた。

思いっきり壁を殴るが、腕が壁にめり込んだ。
殴りたくても殴れない壁が腹立たしい。
俺はどうして死んだ。
やり場のない怒りや思いを腹の中に抑え込んだ。

「…死んだ理由がわかれば…」

根拠のないことを口にする。
死んだ理由を知れば俺は生き返るのか?
それとも在るべき場所行けるのか?
だが、理由を知れば先に進めると思った。
確証のないことは好みではないが、今は確証のない直感を頼っている。


兵長の死後一週間が経った。
相変わらず兵長は私の近くを片時も離れなかった。
ここまで来るとタチの悪い亡霊だろう。
時々話しかけられるが、誰かが近くにいるときは反応しないようにした。
エレンやアルミンに真実を伝えることはほぼ諦めた。
いや、正確に言えば伝えたけれど冗談としてしか聞いていなかった。

「おい」

「なんですか」と返すところだったけれど、今は廊下を歩いていた。
誰もいないとは思うが、他人から見ると私が独り言をブツブツ呟くようにしか見えないので、チラッと兵長の方へ目配せした。

「…外へ行きたい。ついて来い…」
「え!?」
「良いから来い」

いつもと雰囲気が違った。
なにが違うか聞かれると答えられないが、違った。
私は彼を追いかけた。

行きついた場所は兵長が死んでいたところだった。
そこには決して少なくはない花束が置かれていた。
彼の死を嘆く人が置いて行ったものだろう。
それを当の本人はまったく気にしている様子はない。

「…ここで俺は死んだ…」
「…はい…」

その場にしゃがみ込み、倒れていたところの土を触れる。
表情はいつもどおりで変わらない。
ただ土を触れていた。

「俺は死んだ理由を見つけなければならないと思った」

触れた土に指のあとが付く。
目つきが変わったのがわかった。
そして、棒立ちしていた私の方に顔を向けた。

「確信などない。ただそう思った」
「…兵長…」
「あまりお前に頼みたくなかったが…頼みがある。」
「…はい」
「俺と一緒に理由を探してくれ」

風が巻き起こる。
花束の花が舞い散った。
私は承諾した。

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