Novel | ナノ


  01


そこは、こじんまりとした洋食店。
席は15席しかない。本当に小さなお店だ。
しかも民家の一帯にポツンとある。
隠れ家的なお店ではあるが、それなりに人気のある店だったりする。

そして今日も私はその店に働きに行く。

「ハヤシ1、ポクカツ1、ポテサラ1入りました」
「…了解」

小柄で無愛想な男は、慣れた手つきで器用にフライパンを使う。
まるで横にも目が付いているのではないかと思うくらい、フライパンを使いながら調味料を迷わずに取る。
私はそれを横目で流しながらオーダーの入ったドリンクを作る。
その最中でも容赦なく呼び出しのベルは鳴る。
ドリンクを即効で作り、トレイに乗せ、そして厨房を後にした。

閉店後、食器を丁寧に磨き棚に戻す。
手が空いた時間を見計らって食器を洗うのだが、繁盛時は到底そんなことする時間はない。
私を含め3人のバイトでホールを回している。
本当にギリギリの人数で回している。
だが、今日は平日の比較的忙しくない時なので私だけだ。

「店長、時間あったら手伝ってください」
「明日の仕込みが終わったらな…」

そう言って無愛想に明日のメニューを書いたボードを見ながら冷蔵庫を確認しに行く。
私は、この人が手伝う前に終わらせてやろうと小さな対抗心を胸に磨く。
だが少しでも、ほんの少しでも汚れがあると彼はクレームを付けてくるので丁寧に行う。
しばらくして彼がやってきた。

「まだやってたのか…」
「あなたが手伝ってくれるの待ってました」
「嘘つけ」
「…」
「丁寧に洗えよ」
「…」
「…終わったら余ったプリンやるから、早くあげろ」
「…はい…!」

磨いた皿を棚に戻す。
出来るだけ早く、丁寧に。
これが終われば私にはプリンが待っている。
少しだけモチベーションが上がった。

「…あっ…」

皿を棚に戻すため移動している最中だった。
少し嬉しい気持ちになり気が緩んで手元が狂う。
そして、皿が弧を描くように宙を舞う。
ゆっくりと時間が動く。
手を思いっきり伸ばす。
すると目の前に無愛想な男が私と同じことをしていた。
ガタン!と大きな音を立てて目の前が真っ暗になっていた。
一体何が起きているのかわからなかった。

「…った」

どうやら少し頭を打ったようだった。
だけど、手の中には皿がちゃんとある。
良かった。これで店長には怒られる心配はない。
一安心し、ふと自分の手を見た。
こんなにゴツゴツしていただろうか。
手を、天を掴むように伸ばす。
なにか違う。
当たりを見回す。
そこには私が立っていた。

「え?」
「…」

なにが起きているのか理解出来ない。
私が立っている。
あぁ、これは夢なんだ。
きっと、皿を拾うときにきっと頭をぶつけて、その時…。

「どういうことだ…これは…」
「…いや、これは夢です」
「アホか、お前は」

しらけた顔をした私が睨んでくる。
恐る恐る鏡のように反射する冷蔵庫を見る。
目の前には無愛想で小さい男が立っている。
思わず冷蔵庫を殴った。

「おい、なにするんだ」
「嘘だ!こんなの嘘に決まってる!何かの間違えだ!」
「俺の顔でそんなこと言うな」
「じゃあ直して下さいよ。元の姿に…」
「無理だ」
「即答ですか」
「当たり前だろうが」

そう言って、私、いや、店長の手にあった皿を奪い取り棚に戻した。
どうしてこんなにも呑気なのだろうか。
置いてあった皿を何もなかったように全て片付けた。
信じられなかった。
そして、いてもたってもいられなくなった。

「どうしてそんなに涼しそうな顔してるんですか!」
「…来い…」

何も言わず付いて行った。
彼は私が出たのを確認して、厨房の電気を落とした。

***

気がつけば時計の針は11時を回っていた。
店の2階は彼の家も兼ねている。
3年間バイトして、初めて彼の家に上がった。
家の中は本当に必要なものしかない。シンプルなものだった。
慣れた手つきでコーヒーを2つ分机に置いた。

「お前、明日、大学か?」
「当たり前です」
「そうか」

私の姿をした彼はソファに座りながら天井を見つめている。
しばらく経って、こちらに顔を向けて話し始めた。

「しばらくの間、店は臨時休業に入る」
「そんな…」
「仕方ないだろうが。なら、お前が料理つくるか?」
「…そんなの、無理です…」
「だろうな。…残りの二人には連絡を入れておかないとな」
「…そう、じゃない…」
「あ?」

ズボンをぐしゃっとシワがつく程握る。
睨まれた気がしたが気にしない。

「…明日から、リヴァイ店長、あなたが大学に行くんですか…」
「…そうなるな…」
「駄目…それだけは、駄目…」
「単位は良いのか?俺は大学のシステムには詳しくないからわからないぞ」
「…やっぱり、行って…」
「そうか」

モヤモヤしていた。
自分の中で。
私はこんなに焦っているのに、この人は何にも動じない。
とりあえず腹が立った。
けれど、喧嘩しても無駄な気がした。

「…じゃあ、帰ります。お疲れ様でした」
「どこにだ」
「家ですけど」
「…だったら、教科書だけでも持って来い…いや、服も持って来い」
「はい?」
「俺は明日大学に行かなければならない。ミカサ、お前の代わりにな。まぁ、明日の朝でも構わない」
「…」
「なんだ」
「帰れない」
「は?」
「…私、こんな格好じゃ帰れない…」

自分の家はこの店の近所にあるマンションだ。
このマンションは近隣の大学生も使っている。
そして、隣人は私と同じ大学に通っている同級生だ。
もし、今の姿の自分が出入りしていたら変な噂が立つのではないか。
そう頭に過ぎった。
今帰ると言っても、時間が時間だ。
きっと隣もバイトが終わり帰宅する頃だろう。
目撃されたら、終わりだ。

「帰れない…」
「じゃあ俺が帰るか?」
「そっ、それは駄目。わ、私にもプライバシーってものがある」
「入れ替わった時点でそんな甘っちょろい言葉なんて、ないだろうが」

足を組みながらコーヒーを飲む姿に全身から汗が吹き出した。
まじまじと「彼」の手を見つめる。
大きくてごつい手だ。
それと同時に、改めて自分が置かれている立場に言葉がでない。

「…こんな身体、嫌だ…」
「俺もだ」
「どうしてこんなことに…」
「そんなこと言われても俺にはわからん」
「…」

表情は顔に出さずただ前を見ている。
この人は、この状況に何も思わないのだろうか。
少し苛立つが、ギリギリで抑える。
ふと、思いついた。

「お…お風呂はどうすれば良いの…それと…トイレも…」
「…そんなに気にするな。気にしても何も始まらないだろ…」
「最低…最悪だ…あなたに私の心が傷つけられた。信じられないそれでも心を持った人間…」
「うるせぇよ」
「どうして、そんなに冷静にいられるのか私には…理解出来ない…」
「だったらお前は、俺が便所や風呂行くたびに付いてくるのか?そっちの方が頭イカれてると思わないのか?」
「思わない」
「…」
「そんなこと、思わない」
「お前はーーー」

その後しばらく口喧嘩になった。
だが、私がしぶしぶ折れるという形で諦めた。
確かにこのままトイレも行かずお風呂を我慢するというのは、良くない。
落ち着いて考えれば、私は犯罪の一歩手前だ。
そんなの絶対に嫌。

結局、私が物を取りに帰った。
その道中、幸運なことに誰にも見つからなかった。
明日の講義に必要なもの、服、全てをキャリーケースに敷き詰めて。
家を出る際、この家に帰るためにいち早く元に戻ると決意をして、扉を閉めた。
三十路の男が、赤色の可愛いキャリーケースを引きずりながら、家に向かった。
誰にもこんな姿、見られたくなかった。

***

「…なんだ、この荷物の量は…」
「悪かったですか?」

ドンと大きな音を立てて、キャリーケースを置いた。
どうしたらこんな大荷物になるんだ。
理解出来ない。
そして、もっと丁寧に置け。
ミカサは自慢するように服を並べる。
もう時計の針は12時を過ぎていた。

「…悪いが、俺はもう寝る…」
「あ、はい」
「ミカサ、お前がベッドで寝ても構わない。だから、その服仕舞って早く寝ろ」
「わかりました」

仕方なくと言ったところだろうか。
床に散らばした服を元に戻した。
そして、そのまま寝室のある方へ行った。
俺はそれを見届けて、毛布を引きずり出して包まった。
クソ寒い冬の夜。
いつまでこんな生活が続くのだろうか。
そういえば、俺もあいつも風呂入ってねぇな。
思ったが、身体がもう就寝モードに切り替わってしまった。
そのままゆっくり瞼を閉じた。

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