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  12 Und es schläft ruhig


Und es schläft ruhig

「どうですか。自分の遺書を送り手に読まれる気分は」
「最悪だ」

目を覚ました時、俺はまた同じ自室の天井を見ていた。
「あぁ、またか」と思いながら、ふと左脇を見た。
俺のすぐ横で座っていた。ミカサが。
それに気が付いたように懐から、紙を出して、広げて読んだ。
馬鹿野郎。なんでお前が持ってるんだ。
身体が鉛のように動かなく、下手糞な音読を止めることが出来ないまま俺は聞いていた。
俺は生きている。
そう実感しながら。

「…これは…恥ずかしいですね…傑作です…」
「黙れ」
「なら、これを書こうとした選択を後悔してください…ふふっ…」
「…チッ」

普段慣れないことはするものではない。
今まで何度も壁外調査には行ったが、今回初めて遺書を書いた。
壁外調査前日のクソ忙しい夜に、せっかく何枚も書いた、小恥ずかしい遺書をアイツは鼻で笑いやがる。
当たり前の結果だとは思うが、改めて笑われると多少気分が悪い。
そもそもこの遺書は俺の執務室の机に閉まっておいたものだ。なんで持っている。
だがこの内容は酷いな。早くそれをミカサから取り返して燃やすなりなんなりしないと面倒だ。
そう思いながらふとミカサの方へ視線を向けた。

「おい」
「なんですか…」
「その腕はどうした」

ミカサの左腕には包帯が異常なくらい巻かれていた。
たらりと冷や汗が流れた。

「…あの後大変だったんですから…。兵長助けるのに、左腕にヒビ入りました。…私、丈夫だと思ったんだけど…」
「て、てめぇ、だから無茶するなって…!」
「…これは私の自業自得ですから。兵長は気にしないでください」
「…」
「大丈夫ですよ。私、あなたより若いから治りが早いですし」
「…今に見てろ…。俺だって明日には、この固いベッドから這い出てやる…」
「やれるものなら」

ミカサは少し笑っていた。
ように見えたが気のせいだろう。

「…マフラーはどうした…」
「あぁ…。今、洗濯してます。あなたの血がなかなか落ちなくて…」
「だから言っただろうが、お前の大事なものだから使いたくないと」
「…でも兵団のマント切り裂いて止血するのは抵抗がありました…」
「なぜだ…」
「…エレンが憧れているから…」
「またエレンか。まったくお前って奴は…」
「だけどそれとは別に、自由の翼は汚したくなかった。みんなが背負ってきたものだから…」
「…」
「翼は、汚れたら、飛べない」
「…そうか…」

身体がだんだん重たくなる。
話すのが出来なくなるくらい重たい。
今は少しだけ、休ませろ。
お前との会話は、起きたらお前が喋り疲れるまで付き合ってやる。
だから…。

***

兵長はそのまま眠った。
死んだわけじゃない。
胸が上下している。
だけど死んだように眠っている。

最初は聞き間違いだと思っていた。
意味が分からなかったから、聞いただけだった。
濁すように兵長は答えたけれど、あの人の言っていることは本当だった。
あの時、確証なんてなかった。
ただあの目を見てしまったから、本当だと信じてしまった。
確信に変わったのは、あの遺書を読んでからだ。
彼が目覚める前に、偶然見つけたものだった。
偶然というより、見つけてくださいと言わんばかりに机が主張していた。
その綺麗な文字で書かれた文章を見て、私は言いようのない気持ちになった。

この人は何回繰り返したのだろうか。
何度も仲間の死を見てきたのだろうか。
私にはとてもじゃないけど耐えられない。
仲間の死を見るたび、考えるたび、痛みに耐えるような表情をしていたのだろうか。
あなたがどれだけ傷ついたのか、私にはわからない。
本当に地獄のような世界、だ。
あなたがしてきた選択に私が口出しできる立場でない。
そうだとしても。
それがあなたの選んだ道だとしても。
私は…。

「…手伝います…あなたが、長い夢から覚めるの…」

絶対本人の前では言えない。
いや、今言ってしまったけれど…。
これは違う。本人は寝ている。
よって、言っていない。
思い出したように兵長の布団をかけ直す。
眠っている表情は私より年上の男性には見えなかった。

「…必ず、並べます…あなたと肩を…。…いや、それ以上の存在に、なります…。だからそれまで、背負っていて。…その時が来たら…私が…あなたごと背負います…」

私は、この人に守られた。
…とても感謝している…。
だから、今度は、私があなたを守る。
彼はとても幸せそうに眠っているように見えた。
なんだか私も眠たくなってきた。

「…それと…約束、守ってください…。…さ…かて持ち…教えてもらわなきゃ…でも…私は、優秀なので…そ、んなの半日あれ、ば完璧…だ…か…」

光射す部屋で、カーテンは風を浴びてひらめく。
少し肌寒いけれど、暖かい。
次、目を覚ましたら、あなたにまだ話したいことが、聞きたいことがある。たくさん。
エレンのこと、アルミンのこと、日々の訓練のこと、兵長の馬より私の馬が優れているところ、立体機動の良い使い方、どうしたら強くなれるのか、回転斬りの速度を上げること、…。
…それに、兵長、あなた自身の話も聞きたい…と少しだけ思った。
だから、次、目を覚ましたら覚悟してください…私が喋り疲れるまで付き合ってもらいます…。

「………るせぇ、独り言だな…ったく……」

そのまま眠ってしまった少女の手に握られた、文字の羅列をそろりと取り出して、鈍っている両手でビリビリに引き裂いた。
ベッドの上に撒き散ったそれを確認して、汚いとは思ったが満足そうに眠った。
男にとってその眠りは、久しぶりの安息だった。

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