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  05 Verpflichtung


Verpflichtung

翌日の夕方。
あまりに訓練が早く終わってしまってやることがなかった。
だったら、立体機動装置のメンテナンスがてら飛ぼうと思った。
その結果。
私は恐らく世界で一番高い所で、風を浴びていた。
足を壁の外に出す。きっとこの光景を見た人は驚くだろうか。
壁の中身がいつ散歩を始めるのかわからないのだから。
その前に駐屯兵団に見つけられてしまうだろうか。
風が少し冷たい。マフラーで口を覆う。

「許可もなく立体機動装置を持ち出して、そのうえ壁の上でくつろぐとはいい度胸してるな…」

突然声が聞こえた。
思わず声のほうに顔を動かした。
そこに立っていたのは三白眼の小柄な男だった。

「…その言葉をそっくりそのまま返します」
「それを上官にする態度か?」
「…」
「無視をするな」

そのまま私の隣に座った。
足を壁の外に出して、遠くの方を見つめる。
私も遠くの方へ視線を向ける。
この先に、私たちが暮らしたシガンシナ区がある。

「…お前、昔よりは多少だが愛想よくなったな」
「は?」
「だから、それが上官にして良い態度か」
「…冗談です…」
「その腐った根性、叩き直さなきゃ駄目だな」
「…はぁ…」
「エレンと会うことを禁止する」
「…!?」
「冗談だ」
「もっと冗談なら上手いこと言って下さい」
「…悪かった、だからそんな顔するな…」

今のは冗談でも済まされない…。
睨みつける。
彼は遠くを見ていた視線をこちらに向ける。
私を見ているはずなのに、見ていない。
相変わらずこの人には何を見ているのか私はわからない。

「…大丈夫ですか?」
「は?」
「いや…その、なにかハンジ分隊長にでも変な薬飲まされました?」
「…俺は元々冗談を言うほうだが…」
「…ふふっ…そうですね…」
「お前、面白い奴だな…本当に」

兵長が少し笑ったように見えた。
けれど、少し悲しい表情をしていた。
でもそれは気のせいだろう。夕日の光の関係だろう。

なぜか一方的に気まずくなってしまった。

「…兵長は…どうしてそんなに…強いんですか…」
「は?」
「…なんでもないです。ただの独り言ですので」
「人に聞こえたら、独り言は独り言とは言わねぇぞ」
「…わかっています…」

本当に独り言だった。
いや、正確に言えば心の声かもしれない。
口に出すつもりはなかった。
だけど以前から気にはなっていた。

この人の強さは異常。

「…聞きたいか…?」
「え…」

思わぬ反応だった。
そもそもこういう会話に食いつくとも思っていなかった。
この人は自分のことは興味がなさそうだったから。
強さなんてどうでも良いように思っていた。

「冗談ですよね?」
「…人がせっかく腹割って話そうと思ったのに、その反応はないだろう」
「兵長の腹は割れていると思います」
「…」
「…嘘です…。…お願いします…」

「はぁ」と大きなため息を吐いてから頭を掻いた。
兵長は向けていた視線を地平線の彼方へ向けた。
その姿が綺麗に見えた。
思わず見とれてしまった。
兵長がそれに気が付いたらしく「なんだ」と無愛想に呟くものだから、視線を逸らした。
そして、彼は静かに口を開いた。

***

「…まず、よく鍛えろ。よく食え。よく寝ろ」
「は?」
「俺はそれが基本だと思うが」
「…勉強になります…」
「もっと技術的なことを教えろとでも?」
「当たり前です…それでなかったら私は…なんのために、嫌な人の下で…」
「おい…冗談だろうな…?」
「はい、もちろん」
「目を見て言え、目を見て」
「…はい…」
「…もし、次の壁外調査で生き残ったら、お前に逆手持ちを教えてやらんこともない」
「えっ?本当ですか?」
「あぁ。気が向いたらだけどな」
「…はい…!」
「まぁ、せいぜい生き残ることだな。俺のように―――」

カーン…カーン…カーン…

遠くで鐘の音が聞こえた。
きっと本部の鐘の音だ。
もう夕食の時間だろうか。

「よし、帰るぞ」
「…はい…」
「ここから立体機動を使えば数分もしないうちに着くだろう。どうだ。今日の晩飯をかけて勝負しないか」
「勝負?」
「あぁ。先に本部に着いたほうが勝ちというのはどうだ?」
「…そんな子供じみたことしません…よっ!」
「!?おい!先行くんじゃねぇ!」

兵長が賭け事をするなんて珍しいなと思いながらも、立体機動で市街を駆け抜ける。
先に私はスタートしたはずなのに、もう兵長に抜かされた。
ガスをほぼ全く使わないで飛行する彼の技術には脱帽する。
私はいつまでこの背中を追い続けるのだろうか。

悪くはない。

いつか私は、この人と肩を並べて戦いたい。
足手まといは、もう御免だった。

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