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  04 それから、これから


身体が考えるよりも先に動いた。
私は何を狼狽えていたのだろうか。何を躊躇していたのだろうか。
あの星降る夜に私は誓いを立てた。たとえ刀剣男士の理想と反していても、何があっても彼女を守ると決めた。
私が刀剣男士であることを理由に人間である彼女と本当の意味で結ばれる事をどこか恐れていた。
だが、もう迷いなど何処にもない。
僕はやると決めた事は成功に導く為に熟考し、実現できるよう試行錯誤し、最後まで曲げない。

我が主のことを何も知らない者が本心も見ずに貶め、愚弄する事は如何なる理由があれど許さない。
男は強張った顔をし、若干後退りしながらも、私に立ち向かおうとしていた。

「こ、この私に刃を向けたところで、貴様が待っているのは死だけだぞ!」
「そうか。私は我が主に忠義を尽くせるのであれば、本望だな」
「くっ……!」
「水心子!」

男は私に勝てないことを本能でわかったのか、顔面蒼白だ。だが、彼も自尊心を保つ為には私に歯向かうしか無かった。
私の刃は人間を殺める為に振るうものではない。だが、男は私が殺しに来たと勘違いしている。刀剣男士が何の為に存在するのか。目の前の鞘に収まった刀の意味を忘れている。
──どうしたものか。
この状況で刀を抜くと理性より本能が勝った状況下の人間は何をするかわからない。
張り詰めた空気を壊す声が部屋に響く。

「お取り込み中、すみません」

こんのすけが私の足元から顔を出す。
彼は表情ひとつ変えずに続けた。

「凄く申し上げにくい事なのですが……」
「管狐か」
「どうしたの、こんのすけ」
「このお見合いは中止させて頂きます」
「え?」
「時の政府の手違いでこのお見合いを開催してしまったそうです」
「なにっ!?」
「そ、そうなんだ……」
「大変申し訳ございませんが殿方様、お引き取り願いますか?」
「当たり前だ。貴様のような方とは結婚は御免だったからな」
「ッ!」
「水心子」

咄嗟に刀を抜きそうになるが、我が主の鋭く刺さる声に踏み止まる。
我が主は息を飲み「ありがとうございました」と座礼をした。罵声を浴びても礼を忘れない彼女の凛々しさを改めて感じた。
彼は我が主を一瞥し、子供の地団駄のように足音を響かせ出て行った。

「いやー。仕事に理解があり優秀な方とお聞きしていたとはいえ、切羽詰まるとあそこまでとは。主様があんな気性の激しい殿方と結婚しなくて良かったです」
「……もしかして、手違いってのは」
「ご想像にお任せします」
「まったく……」
「主ー!大丈夫!?」
「もうボク、ハラハラドキドキだったよ」
「水心子が飛び出して行った時は血の気が引いたよ」

落ち着いた頃合いを見計らって清麿達が来た。
「えっ?みんな!?な、なんで!」と我が主は混乱している様子だった。

「水心子のお願いに付き合わされてね」
「か、加州!」
「顔真っ赤にしながら主の話を聞いていたんだよ」
「清麿ッ!」
「……え?聞いていたの?」

我が主はぽかんとし呆然としている。
彼女に全てを説明した。我が主を奪還するための作戦で集まっている事、作戦の為に騙していた事、私が作戦を滅茶苦茶にしてしまった事。全て包み隠さず伝えた。

「……ありがとう、みんな。本当にありがとう」

我が主は気の抜けたようにへにゃっと笑った。
「帰ろう」そう彼女に手を伸ばし、彼女は応えるように私の手を強く握り返した。

「さーて、俺達は先に帰ろうかな。せっかく主はおめかししてるんだから寄り道してけば?」
「えっ!?で、でも!」
「ボク達が本丸の残りの業務はやっておくね!」
「という事で、水心子、主をよろしくね」
「承知した」
「えっ、ちょっと!」
「私の方で報告書は書かせていただきますので、主さまはゆっくりとしていってください」
「こんのすけまで……」

彼らはこんのすけと共に本丸に帰った。
ポツンと私達は料亭の前に取り残された。

*****

夏の昼下がり。
私と水心子で料亭の前でこれからどうするか考えていた。今日は散々な日だった。
彼は私の仕事に理解を示していたし、きっと悪い人ではない。ただ、人ならざるものを恋愛対象としている方がおかしいと思っていただけ。
いや、むしろその認識が正しい。当たり前の事だ。
それでも私は彼が好きなんだ。

「今日はありがとう」
「感謝されるような事はしていない。むしろ私は貴女に辛い思いをさせてしまった」
「水心子が来てくれて本当に嬉しかったよ。もう少し余裕と自信持たないと」

彼は相変わらず目しか表情を見せないが微笑んでいるのはわかった。

「昨日言ったこと、覚えているか?」
「えーっと……。神隠しのこと?」
「あぁ。神隠しは貴方が思っているよりも過酷で幸せになれるものでもない。だから金輪際、容易に言わないこと」
「はい……」

昨夜の事を思い返した。
写真の中に映る父と母。そして面影が少しある幼い私。私が持っている唯一の家族写真だった。
両親のように私にもいつか最期がくる。だけど、それがいつかなんてわからない。数十年後かもしれないし、明日かもしれない。
そして、水心子の最期は私よりもずっと後だ。
いつかは水心子を置いて行く。彼はずっと私の死に悲しみ続けるのかもしれない。
見方を変えれば、私達は悲恋をしているのかもしれない。
だったら水心子に神隠しをしてもらえば永遠に彼と過ごす事が出来るのではないかと楽観的に思っていたが、刀剣男士的には神隠しはよろしくないものだったようだ。
私はとても大きな間違いをしていた。

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