Novel | ナノ


  03 運命と決戦の日


朝がきた。
ついに私の運命の日だ。心がソワソワして全く落ち着かない。
自室でモヤモヤとしながら残りの仕事を片付けていると、乱がやって来た。

「あるじさん、元気そうじゃないね」
「そうかな?」
「ボクが元気になるおまじないしてあげる」
「おまじない?」

そうすると乱は木製のヘアブラシを持ってニコッと笑う。
私はされるがままだった。
乱は私の髪を優しく握りながら梳かしてゆく。
子どもの頃、祖母にしてもらったことをどこか懐かしく感じる。

「……あるじさんは、いいの?」
「え?」
「水心子さんのこと」
「……彼は刀剣男士だから、いいの」

自分で言って後悔した。
言葉に出したことで水心子は私を受け入れてくれていなかった事を肯定してしまった。
乱に気付かれないように必死に涙を堪えた。

*****

髪を梳かし終えて、残りの仕事もあると思いすぐその場から立ち去った。
あるじさんは泣いていた。
ボクに悟られないように笑顔でも見送ってくれたけど、目元は赤かった。

「水心子さんは罪な男だなぁ……」

持っていたヘアブラシをへし折る勢いで握りしめていた。
今日の作戦遂行には全てがボクにかかっている。
「あるじさんの幸せはボクが守る」
真っ直ぐ前を向いて、決戦に備えた。

*****

時はきた。
いつも薄化粧の我が主は今日は一段と粧し込み、普段は着ることのない淡いピンク色のワンピースと白いカーディガンを着て玄関でこんのすけと共に加州の見送りを受けていた。

「じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね。あ、襟にゴミついてる」
「ありがとう、清光」
「……主、大丈夫だよ。心配しないで」
「清光……。うん、そうだよね。大丈夫、大丈夫……」
「主?」
「……帰ったら水心子になんて言ったら良いのかな。結局、今日は顔を見てなくて。……会いたかったなぁ」
「大丈夫、俺がフォローするよ」
「主様、こんのすけもついておりますゆえ!」
「ありがとう。行ってきます」
「いってらっしゃい」

我が主は悲しそうに俯きながら本丸から出て行った。
昨夜の事を踏まえると決心が鈍りそうで今日は会うことが出来なかった。だが会わなくて本当に良かった。
あんな事を目の前で言われたら、私はどうしていただろうか。

「ふー、無事に盗聴器も仕込めたけど。水心子!」
「な、なんだ」
「ちょっと、俺!あんな辛そうな主見てたら可哀想で可哀想で仕方なかったんだけど!?もう少し良い方法なかったの?」
「……私には、これしか浮かばなかった。みんなもそうだっただろ?」
「そうだけど……。乱と清麿は先に行ったから、俺達も後を追うよ」
「わかった」

本丸の事は残りの者に託し、私達もお見合い会場へ向かった。
場所は老舗の高級日本料理店だった。だが厳重な警備はなく、容易く潜入することが出来て逆に違和感を感じた。
清麿達とは店舗の屋根で落ち合った。

「そちらは順調か?」
「うん。問題ないよ、水心子」
「事前にここの制服リサーチしておいて良かったよ!いちにいが用意してくれた着物とほぼ一緒!」
「わ〜、さすが一期一振だな」
「各自に無線を渡しておく。これを使い何かあれば報告欲しい。我が主に取り付けた盗聴器の音声も聞こえるように細工した」
「わかったよ」
「はーい!」
「了解」

加州と乱、私と清麿の組に分かれ各々の持ち場に着く。
打刀3振りの中で隠蔽作戦が最も得意な加州に乱の誘導を頼んだ。
そして、乱には大役である我が主との接触をしてもらう。そこに私が合流し話の魂胆を伝え、相手方に性格の不一致などを理由にお見合いの断りを入れる。
私よりも機動能力が優れている清麿が我が主を連れて本丸に帰る。加州と乱は我が主の護衛でそのまま帰還してもらう。
そして、私が時の政府の使いとして、さらに相手方に納得してもらえるよう場を収める。
我が主の様子は加州が仕込んだ盗聴器で逐一状況が分かるとは言え、任務は決して容易いものではない。
「……各々のぬかりなく」
無線で彼らに伝え、時が来るのをひたすら待った。

*****

お見合い会場は格式高い日本家屋の料亭で私は震え上がった。
ガチガチに緊張していながら、相手方が来るのを待っていた。
「失礼いたします。お連れの方がお見えになりました」
その声にさらに緊張がより一層深まる。息を呑み「どうぞ」と返すと、ゆっくりと障子は開いてしまった。

「すみません!大変お待たせしてしまいました」

室内に入るなり、私に一礼し席についた。
来派の戦装束のようなダークブラックのスーツ、一期一振の髪色に少し黒を足した青色のネクタイ。
身体は長谷部と同じくらいで、髪型は同田貫のような短髪の好青年だった。

「お、お忙しい中ありがとうございます。その今日はよろしくお願いします」
「はい!こちらこそよろしくお願いします。まず自己紹介致しますね──」

彼は財務省の職員として勤務している26歳。
私も一応国家公務員扱いだが、審神者という職業や刀剣男士、歴史修正主義者や検非違使は国家機密扱いで、私達の存在は国家公務員の中でも、ほんの一握りの人間しか知らない。
そして彼は数少ない私達の存在を知る人で、財務省の機構図には載ることのない「機密局」の事務員だそうだ。
ひとことで言えば、超がつく秘密裏に働くエリートだ。

「す、すごいですね……。財務省という事は私達の使ったお金は把握済みという事ですか?」
「はい」
「い、以後気をつけます……」
「そうですよ。あまり無駄遣いはなさらぬよう。でも、貴女はそんな事するような人には見えませんよ」
「あははは。ありがとうございます」

少し歳は離れているがほぼ同世代の男性と友達になった気分だった。
仕事のことから趣味、休日の過ごし方や学生時代の話まで、気がつけばいつのまにか私は緊張がほぐれていた。
水心子がこの光景を見ていたらどんな気持ちだろうか。
後ろめたい気持ちがある。だけど、水心子は私のこと、本当はどう思っているのだろうか。
目の前にいる彼に水心子を重ねている私がいる。

「つかぬことをお聞きしますが、ご家族は?」
「その……」
「あぁ、すみません。こんな初対面の男がデリカシーの無いことを聞いてしまって。別の話をしましょう。えーっと……」
「構いません。家族は祖母だけです。両親は私が幼いころに亡くなりました」
「そ、それは、すみませんでした。なんて詫びれば……」
「いえ本当に私は気にしていないので、大丈夫です」
「ありがとうございます」
「……」

盛り上がっていた部屋は急に静まり返った。
苦しい沈黙が続くのかと思ったが、彼は矢継ぎ早に続けた。

「ですが!私は貴女の芯の強さや思いやり深いところはお婆様に育てられ培ったものだと思います。機密局でも貴女の活躍は噂になっていましたから」
「いえ、そんな……」
「より一層、私は貴女のことを知りたくなりました」
「え……」

彼は真っ直ぐ私を見つめる。
その瞳は慈愛に満ちていたが、奥深くに光るものは獲物を狙う獣のようにも見えた。
私は得体の知れない違和感を感じた。

*****

ボクが行こうにも、中居さんが部屋の近くをかなりの頻度で通りタイミングが掴めない。
その一方で我があるじさんと相手方の会話は盛り上がり、最初は緊張していたあるじさんの声も普段通りの声色になりつつある。
少し不安になった。
もし、主が水心子さんにフラれたと勘違いしてこの人に心変わりしてしまったら。

「あるじさん、大丈夫なのかな?」
「あの2人は紆余曲折あって結ばれた仲だよ?大丈夫だって。今は2人を信じよう。俺たちは任務遂行しないと」
「うん」

すると無線が入った。
水心子さんと清麿さんの声が薄ら聞こえてきた。

『……水心子?大丈夫?』
『あ、あぁ』
『大丈夫じゃあないよね。主のこと、不安なの?』
『え?』
『今、凄く会話が盛り上がって2人共いい感じ。だから不安なの?』
『それは……』
『僕は水心子が決めたことに従うよ』

清麿さんは水心子さんにカマをかけていた。
それは無線を通じてボクと加州にも聞こえている。
清麿さんはしたたかで、恐ろしいと思った。
水心子さんが話していた「感が鋭い」とはきっとこのことなんだ。
次に発する言葉できっとボク達の行動は変わる。
加州さんと目を合わしながら祈るように待った。

*****

清麿は僕の考えを見抜いている。
だから、彼は否定も肯定もせずに僕に全てを委ねようとしている。
彼の言う通りだ。
私は我が主を信じている。だが、我が主は私の態度に疑問を抱いている。
もしその疑問を解消するために、行動として移してしまったら。

「……私が我が主を人間の女性としての幸せを与えることが出来るのかと不安になる時がある」
「水心子……」
「彼女にとって、彼と結ばれ、刀剣男士とは見ることの出来ない未来を見ることが出来るなら私は──」

私の言葉を遮り、耳を劈くような声で『ですが!』と急に大きな声で男が話し出した。
どうやら本気で我が主を口説きに来たようだった。
今すぐにでも無理矢理に乱を突入させようと思ったが、我が主は意外な言葉を発した。

*****

彼の瞳の奥に違和感を感じた。
彼には下心がある。水心子にはないものだ。
そして私は一瞬彼に恐怖を抱いてしまった。
仮にこの人と結婚をしたとしても、この感じた違和感と恐怖は拭える事は出来ない。女の直感がそうさせる。
この瞳に私は伝える勇気が湧いた。

「……あの、私、謝らなければならないことがあります」
「なんですか?」
「私には好きな人がいます」
「え?」
「水心子正秀です」
「随分と珍しい苗字、ですね」
「私の本丸の刀剣男士です」
「……刀剣男士?な、何かの冗談ですよね?」
「冗談ではありません。本当です」
「何故です?」
「好きになるのに理由が必要ですか?」
「貴女は人間の女性でしょう?何故、無機質な刀剣男士を好きになるのですか?」

彼は静かに怒っていた。
私には彼が怒るの理由はわかっていた。彼は「こちら側」の人間ではないから。
悔しいが彼の言い分も分からなくはなかった。そして彼は水心子と同じことを話していた。
だけど、私はそれでも水心子正秀という刀剣男士を愛している。
勝手な妄想だが、彼の突然の私を避けるような言動にも何か裏があるのだろうと、そう思った。

「好きなんです」
「そ、そもそも!水心子正秀という刀はなんだ?誰しもが知るような天下五剣でもなければ妖刀村正でもない。君はそんな刀として逸話の残ったいない未熟な刀を好いているのか?」
「……いまなんと仰いましたか?」
「君の好いている刀剣男士は未熟な刀だと」
「そんなことありません」

あぁ、駄目。これ以上は、駄目。
頭ではわかっていても、水心子を悪く言われた事がなによりも物凄く腹立たしかった。
もう、お見合いや結婚なんてどうでも良くなってしまった。

「彼は新々刀の祖として全力を尽くしているし、努力する事だった忘れません。だから悪く言わないでください」
「正気か?目を覚ませ!冷静になれ!今からでも遅くない!」
「正気です」
「刀に魅入られた愚かな女め!」
「何を──」
「“私”に逸話が少なくて悪かったな」

声がしたと同時に襖が勢いよく障子が開く。紛れもなく、私の本丸の水心子がそこに立っていた。
お互いに急な来訪者に驚き、彼は蛇に睨まれたように固まり、私は彼が何故ここにいるのか理解出来なかった。
彼は私に目もくれず彼に視線を向ける。

「な!?」
「貴方が我が主をこれ以上貶めるというのであれば、私は貴様に容赦なく刃を向ける」

いつも外套で隠れて見えない鞘を彼に見せつけ、ゆっくりと柄に触れる。
水心子の目を見ればわかる。本気で彼は怒っている。
彼は本当に刀を抜こうとしていた。

prev / bookmark / next

[ back to Contents ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -