Novel | ナノ


  04 私の初期刀


水心子と2人で星を見ながら、私は今の思いを伝えた。
伝え切った。やり切ったんだ。
でも心残りがある。
それがなにか、自覚している。

「……その、私も誤解していた」
「え?」
「私は我が主の──」

水心子はそれから何も話さなくなり心配になり目をやると、抜け殻のように目には生気が無い。
生きているのに死んでいるような水心子を見て血の気が引いていく。咄嗟に彼の肩を掴んで名前を叫んだ。

「水心子!」
「っ!」
「ちょっと大丈夫?きゃっあぁッ!!!」

身体全体に雷が走るような感覚を受けたと同時に、突き飛ばされ目の前が真っ暗になった。
何が起きたのかもわからない。ただ、水心子の張り上げた声がする。
「本丸の全刀剣男士に告ぐ、時間遡行軍の敵襲あり!直ちに戦闘態勢に移行せよ!」
状況は未だに掴めていない。でも、奴らが来たんだ。
真っ暗になった正体は水心子の外套らしく、視界を遮るので外そうとした。

「そのまま隠れていてくれないか!」
「でも!」
「我が主には悪いが指揮は私が執り行う。時間遡行軍の狙いは貴方だ。私の外套は夜に紛れる事が出来るから無闇矢鱈に姿を現さないでくれないか?」
「は、はい。でも状況把握のために顔だけは出させてよ」

水心子はそのまま何も言わずに帽子を取り、私に深く被せる。これなら顔を出しても良いということか。
ぶかぶかの外套と帽子を被りながら辺りを見回す。

「お風呂中だったから髪濡れたままだよー。あるじさん、水心子さん、大丈夫?」
「びっくりしたけど、なんとか」
「問題ない。時間遡行軍は今仕留めたのを含めて6体か。わざわざ本丸にまで敵襲とは余程手詰まりなのか、それとも……」
「いきなり来たなー。主、大丈夫?」
「大丈夫!何がなんでも本丸の中に入れさせないようにしないと」
「乱は本丸の正面を、加州は裏口。私はここで我が主を守る。その他の刀剣男士の指揮は各々に任せる」
「わ、わかった!ボク行くね!水心子さん、あるじさんを頼んだよ!」
「了解。水心子、主のことしっかり守ってよね!」
「わかっている!」
「みんな、お願いします!でもなんでよりによって本丸になんか...」
「……来るぞ!」

水心子が呟いた直後に敵の短刀が来て、水心子と刀を交える。夜戦ということもあり、水心子には若干不利な状況だ。
短刀は一瞬の隙をつき彼に手傷を負わせたが「ぐっ……まさか……」と呟きながらも応戦する。
彼の殺陣には戸惑いも恐れも不安も無い、愚直なまでも真っ直ぐに刀を振るう。
外套をしていなければ華奢で少年のような出で立ちの水心子だが、今の彼の背中は誰よりも頼れる誇り高き刀剣男士そのものだった。
彼は懸命に私を守ってくれている。その姿に胸を打たれた。

「水心子!負けないで!」

私の声に応えるように水心子は動きにキレを増す。蝶のように舞う姿は屋根の上で戦闘していることを忘れさせる。
だが、短刀の攻撃は執拗に彼を斬りつける。
深傷を負っている水心子にはあまりにも過酷なもので、彼はほんの一瞬だけ隙が出来た。その隙を見計らったように短刀は勢いよく私に向かってくる。
月に照らされ不気味に光る刃に私は恐怖で動けなかった。
もう、駄目だ。

「終わってはいない……私がここにいるからなッ!」

水心子は最後の力を振り絞るように煌めく刃を振り下ろした。流星のような一撃を食い、短刀は儚く散った。
それと同時に本丸にあった時間遡行軍の気配は消滅した。

「終わった、んだよね」
「……そのようだな」

何もなかったかのように静まり返っている。思わず怖くなり水心子の後ろに隠れる。
水心子は刀を構えながら、私を護るように左腕を伸ばす。

「あるじさん、無事?」
「そっちは大丈夫そう?」
「ありがとう。水心子のおかげでこっちも無事だったよ」
「それは良かった。じゃあ、俺たち本丸の見回りしてくるから。とりあえず怪我人は無し。今回の件の報告は取り纏めて明日主に伝えるから、今日はもうゆっくり休みなよ。そうでしょ、水心子...」

大きな音を立てて水心子は倒れた。その様子を見て世界の終わりかと思った。
「水心子!起きて!水心子!」
私の声は虚しくこだまする。
だが隣で清光は神妙な面持ちで水心子を見つめていた。

「結構な深傷だけど……。もしかして充電切れ?」
「え?」
「水心子さん、疲れちゃったのかな」
「まぁ主の事を守るのに必死で気ぃ張ってたんでしょ」
「清光、手入れ部屋に連れて行くの手伝ってもらえる?」
「仕方ない」

水心子をそのまま手入れ部屋に連れて行く。
可哀想なほど傷だらけで、自分の不甲斐なさを改めて思い知った。
だが彼の表情は心なしか安堵しているようにも見えた。

*****

これは夢だろうか。
ぼやけてよく見えないがおそらく我が主が、私の手を握り何かを必死に伝えている。
でも何も聞こえない。必死に耳を傾けてみるが全然聞こえない。
私は我が主の事が好きなのだ。
そう今日の時間遡行を経て実感した。
こんのすけは否定したが、私は我が主の母の刀だった。元の主の言付けを守ろうとしたが無残にも散った。
きっと私が初期刀として顕現した理由は約束を守るためだ。
だが、私は滑稽にも我が主を愛してしまった。
最初から喧嘩が絶えずぶつかり合い、互いの主義主張が嫌にもなっただろう。だがその期間が互いの理解と尊敬を深めた。
私は失って初めて自分の想いを知った。
今度こそ必死にこの命にかえてでも守りたいと思った。それは刀剣男士との使命以外の意味も含まれていた。
だが我が主は人。私は刀。
人と刀と結ばれるべき存在ではない。人と人が結ばれてこそ本当に幸せになれる。
僕が身を引けばいいだけの話だ。
だからこそ私は刀剣男士として、偽りの初期刀として貴方を守りたい。
これからもずっと。私は貴方を守るためなら命をかける。
夢の中で我が主の華奢な手を握り返した。

「……ん」
「水心子?起きた?」
「っ!?こ、ここは?」
「あのまま倒れちゃって、手入れ部屋に直行したの。もう手入れは終わってるけど無理しないで」
「そう、か。面倒掛けてすまない」
「水心子」
「なんだ?」
「昨日は本当にありがとう。私、あなたが初期刀で良かった」
「……私も……その、だ……」

我が主は正座しながら、きょとんとしたい顔でこちらを見つめる。
私とした事が本当はこんな事言ってはいけないのはわかる。だが、せめてこれくらいは伝えたかった。

「……この本丸の初期刀は私ではない。だが、貴方が認めるのであれば、その、初期刀になれて良かったと思っている」
「なに言ってるのさ。私は最初から水心子のこと初期刀として認めているよ」
「そう、か。あと……」
「?」
「えー。その……」
「……」
「……ぼ、こほん。私も本当に感謝している。これからも宜しく頼む」

我が主の表情は少し凛とした気がする。
意を決したのか、急に口を開いた。

「昨日、私の過去の話と本丸運営方針の件は覚えてる?」
「あぁ」
「良かった。その続きなんだけど、水心子のこと少しずつ知ってくうちに堅物じゃなくて頑張り屋さんなんだって、改めて思ったの」

我が主は拳をギュッと意を決したように握りしめる。

「それに伝える事が出来るうちに大事なことは伝えなきゃなって」
「……大事なこと?」
「私、水心子の事が好き」
「なッ!?」
「水心子は刀剣男士と審神者に線引きをしている事は重々承知してる。それでもやっぱり私は自分の気持ちに嘘はつきたくなかった」
「え、あっ?……ぼ、僕のことを?き、君が?」
「うん」
「ぼ、わ、私は刀、だ!人間じゃあない。だから……」
「幸せに出来ない?そう思うならそれは間違いだよ。私は今が幸せなの」
「……」
「……って急にごめんね。今日は本丸全体が非番だから、ゆっくり休んでて」

我が主は勢いよく立ち上がり、踵を返し、スタスタと手入れ部屋から出ようとする。
咄嗟に立ち上がり、我が主の左手を握り、ギョッとしたようにこちらを振り返る。

「昨日伝えたかった事、まだ伝えられてない」
「え?」
「僕も君を誤解していた。だから理解しようともせずに自分の考えを君に押し付け、仲間と連携を取ろうともしなかった」

握った手はとても温かく、微かに震えていて、主の瞳は潤んだように見える。
まるで今にも泣き出しそうな顔だった。
それでも話を続ける。

「……人と刀は結ばれるべき存在ではない。今でもその気持ちは変わらない。でも、君を失いそうになって初めて自分の想いを知った。怖かった。君に会えなくなると思うと心が苦しかった」
「……」
「僕は刀剣男士として君を守りたい。これからもずっと。でも……」

これ以上言ってはいけない。でも、言わないと後悔する。
たとえそれが刀剣男士の理想と反していても。それ以上に失うことが恐ろしくて堪らなかった。
もう、失うのは懲り懲りだ。

「僕も君が好きだ」
「あ?えっ、でもっ」
「……今日からは主として、恋仲として君を守って良いのだろうか?」
「は、はい!」

彼女は満面の笑みで返答した。
きっとこれで良かったのだ。

*****

若竹色の瞳と対称的に顔は朱色に染まる。
彼が顔を隠す理由はそうだったのか。
「水心子、あなたは表情に出やすいんだね」
私は彼の事を1つまた知って嬉しくなった。

「私、最初なんで選んでいない水心子正秀が初期刀なの?って驚いた。政府も結局はバグという見解だったし」
「それは……」
「でもそれは違う」
「え?」
「私が水心子正秀、あなたを選んだ」
「……そうだな。きっと我が主が私を選んでくれたからだな」
「だからこれからも一緒に頑張ろうね」
「あぁ。我が主とならどこまでも戦う」
「さ、私は行くね。明日の遠征編成考えないと。戦況は日々変化してゆく。もしもの時の為に備えをしておかなければ、いざという時戦えない。日々の積み重ねが大事ってね」
「くっ……」
「ゆっくりしてね、水心子。また後で来るね」
「あぁ」

水心子は少し後めたそうな顔をしたいた。
でも、昨日とは違う顔に見えた。
水心子の頬を優しく撫で、彼に改めて休んでもらった。

「あ!」
「な、なんだ?」
「また今度星を見るのリベンジしよう?結局ほぼ見れずに終わっちゃったし」
「あぁ、わかった。そ、の楽しみにしている……」
「うん!」

水心子に手を振り、彼も恥ずかしそうに俯きながら手を振り返す。私は思わず微笑みその場から立ち去った。
でも心と足取りは軽やかだった。
そうして、紆余曲折ありながら私たちは結ばれた。

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