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  03 約束


閃光と共に現れた時間遡行軍は容赦なく我が主を傷つけ、その場に崩れるように倒れた。
我が主の首から溢れる夥しい量の紅が服まで染め上げている。
私は咄嗟に我が主の華奢な首を押さえるが、溢れる深紅は止まる事を知らず黒革の手袋まで紅に染まる。
どうか、どうか止まってくれ!頼むから!
必死に我が主を止血するが、みるみるうちに顔が真っ青になってゆく。我が主に気を取られていて、気がつけば周りを時間遡行軍に固められていた。

「これッ、が!本気だッ!」

加州清光がいとも容易く時間遡行軍を倒してゆく。
だが、加州清光の刀を握る手は恐怖と絶望で震えていた。

「主!」
「……き、よ…………」
「喋っちゃダメだって!こんのすけ!早く救護班呼んで!」
「やっています!ですが……」
「そんなことどうでもいい!早く!」

大声で話す加州清光とこんのすけのやり取りでさえ今の私には聞こえてすらいなかった。

「我が主、しっかり。生きないと、逝ってはダメだ」
「……ごめ」
「喋るな。まだ私は我が主に伝えたかった事、伝えていない」
「……」
「だから、生きて!」
弱々しく震える我が主の手が、必死に首を押さえる私の手を止めるように包み込む。
その時、何かを悟った。
我が主の手を強く、強く握り返した。それに我が主は安心したような表情をしていた。

*****

彼は必死に私を助けようとしてくれているのに、悔しいくらい力と意識が遠のく。だが恐ろしいほど痛みは感じなかった。
伝えたいことはたくさんあるのに上手く頭と口が働かない。
水心子の声が遠く聞こえる。
残り少ない力を振り絞り、確かめるように彼の手を包む。水心子も応えるように握り返してくれた。

「すい……し…………あ、り……と…………」
「喋らないで!」

あぁ、彼が顔を隠す理由はそうだったのか。ぼやけ始めた視界でも、彼の歪んだ顔がはっきりとわかる。
「水心子、あなたは表情に出やすいんだね」
大粒の涙を若竹色の瞳に溜めて、力強く私の手を祈るように握る。
私があなたにそんな顔をさせてしまっているんだ。不甲斐ない主でごめんね。だから自分の事は責めないで。
こんな事になるのなら勇気を振り絞り伝えれば良かったのかもしれない。
水心子、私ね、あなたのことが──
*****

「……す…………」
「我が主!ダメだ!帰ってきて!主!!!」

我が主は眠るように瞳を閉じた。
手を強く握りながら、必死に肩を揺さぶるが反応はない。
血の気を失った顔を見ると苦しくなった。

「主!目を開けて!主ッ!!!」
「...御臨終です」
「嘘だッ!」

こんのすけの生死を確認した声に、感情が昂り自分を抑えられないことに驚いた。
何故だ。我が主を失う気持ちはここまで辛いものなのか。
こんのすけは淡々と続けた。

「嘘ではありません。徐々にではありますが霊力が供給されない感覚がありませんか?」
「そんな事ない!まだ僕は動ける!」
「……ただ1つだけ方法があります」

その言葉は一筋の光にも思えた。

「主さまが時間遡行軍の攻撃によって命を落とした場合、彼らが歴史を改変した可能性があります。よって特別任務として主さまの過去に遡り戦うことが可能です」
「わかった。第一部隊、戦闘準備を」
「ですが、出陣出来るのは一振りのみに限られます。主さまが亡くなってしまった以上、主さまからの霊力供給は不可能です。みなさんの霊力を一振りに分け与える形でないと出陣は出来ません」
「そんな」
「みなさんの霊力を一振りに集中させたとしても数時間いや、数十分程度が限界かと」
「ならば短期決戦だ。加州清光、行けるか?」
「え?俺?」

加州清光は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。
だがそんな事もお構いなく私は続ける。

「加州清光は判断と直感力がある。……私は、我が主を助ける事に気を取られ時間遡行軍に囲まれていた事に気がつかなかった」
「……」
「私がこちらを取り仕切る。それに……」
「それに?」
「我が主の初期刀は加州清光だ」
「確かに主が選んだのは俺だけど、初期刀は俺じゃない」
「違う。私がこの本丸の初期刀だなんて一度も思った事ない」
「顕現が先か選択が先かなんて俺には些事だと思うんだけどね。だって主はみんな平等に愛してるよ」
「……」
「水心子はさ。主の事なんだかんだ言いつつも大事にしてるんじゃない?俺に小言言うのはよく主のこと気にかけてるからでしょ?」

全て見透かされていて、返す言葉が無かった。
加州清光は目を細めて笑い、彼は叱咤激励するように私の肩を叩く。

「水心子、あんたにしか主を救えない」

真紅の瞳が突き刺さる。そして懇願するようにも見えた。
彼も我が主を救いたい気持ちは一緒のはずなのに、それでも私に託した。
私が初期刀という事には納得がいっていない。だが、私にしか出来ない。

「あぁ。わかった。加州清光、我が主を頼んだ」
「そっちこそ」

こんのすけが転送の準備を完了させた。
加州清光に目線で「頼んだ」と送ると、わかったと言わんばかりに頷いた。
そして、そのまま光に包まれた。

次に目を開けると目の前には惨状が広がっていた。
一瞬何が起きているのか理解出来なかった。
おそらく列車の中なのだろう。だが私は窓ガラスを踏んでいる。
鮮烈な赤、焦げた匂いと腥い匂い、泣き叫び呻く声。
足元のガラス窓には血溜まりが出来ていて、目の前には人間が折り重なりあり得ない光景が広がっていた。
この世の地獄が目の前にある。こんな凄惨たる状況下に我が主がいるとは思えなかった。
この光景にたじろくが使命を思い出し、冷静に辺りを観察する。
我が主の人生の分岐点に飛ばされたという事か。あまりにも残酷な分岐点だ。

「近く時間遡行軍がいるという事か。供給されている霊力が少ないせいかうまく気配を察知できない」
「私もサポートします」
「助かる」

遠くで「ぅ……」と小さく嗚咽が聞こえた。
その声に向かって走ると、黒ずくめの男が何かを必死に救おうとしていた。
咄嗟に私は姿を隠した。その男は紛れもなく「私」だった。
瓦礫の下には女性が子どもを守るように覆い被さっていた。隣に父親と思しき男性もいるがなす術はない。

「……水心……子……。娘の……こと、頼む、よ……」
「何を!」
「わ、私は……こ……こま、で……。きっとこれが……運命だ……た」
「そんなことない!我が主はもっと生きなければならない!本丸の刀剣男士達や娘を置いて逝っては駄目だ!」
「……時間、遡行軍からの……こ、うげ……き……は、受け……てな……い」
「だが!」
「あな、とは付きあ……いが一番短かっ……。でも、あな……たはだ、れよ……とうけ……だん……としてのほこ、りを持っ……い……。……たし、の命よ……り、た……せつ……なむす……をまもっ……」
「そ、んな」
「すい……し……し……」
「……」
「おね、が……」
「……………承知した」

そのまま女性は息を引き取った。
女性が覆い被さりながら守った娘もかろうじて息をしている状態のようだった。意識を失い母親の下敷きになりかけている娘を救出しようとしている最中に魔を刺すように奴らはやってきた。
「なんだと!?」
突如現れた時間遡行軍に「私」は驚くが、すぐさま抜刀し幼き我が主を背に庇うように時間遡行軍と戦闘を開始した。だが「私」の主の命は燃え尽きた。すなわち彼もまた霊力がいつ尽きてもおかしくない状況だ。

「見ていられないな」
「……」
「……戦闘に加わるべきではないと?」
「えぇ、なるべく避けていただきたいです」
「何故だ」
「私達が守るのは歴史であり、そして今は主さまです。それにお二方の消耗が激しく、共闘して互いに討ち死にしては意味がありません」
「くそ……」

尽きかけの霊力を振り絞り「私」は全身全霊をかけて戦っていた。
顕現する刀剣男士は同じだが、本丸ごとに刀剣男士の経験値で思考や戦闘技術に些細な部分に違いが出てくる。
だがあそこにいる「私」は生写しと言っても過言ではないくらい同じ思考、戦闘技術だった。

「……私は我が主の刀では無かったのだな」
「状況が状況ですからね……」
「……」
「ですが、それはあり得ません。いかなる理由があれどあなたを顕現したのは主さまです。あなたがこの記憶を持ち合わせていないことが紛れもない証拠です」

こんのすけはあくまでも私を顕現したのは我が主とキッパリと否定した。
その否定に私はどのような反応をすれば良かったのだろうか。

「……我が主はこの事故から生還し、やがて審神者となる。だが時間遡行軍からすれば未来の審神者が生き残る事は厄介事。だからここで芽を摘むということか」
「その充分は充分にあります」
「歴史上の人物ではなく、審神者に手を出すということは余程手詰まりのように見受けるな。どうにか、戦闘を出来れば良いのだが……」
「あ、主さまのご母堂の水心子正秀が!」
「霊力供給が尽きたんだ」

私と同じ顔と姿をした刀剣男士は「必ず約束を守る」と苦い顔をしながら娘に触れようとしたが、その前に風のように消えた。
その姿を見て胸騒ぎがした。
私もああなってたまるものか。必ず守る。守らなければ。

「時間遡行軍!今度は私が相手だ!」

霊力供給が徐々にされなくなってきている。という事は本丸にいる仲間達の霊力が尽き始めている。その後の事は考えたくもなかった。
一刻も早く蹴りをつけなければ。焦りはあるが冷静に判断する。
残りは1体の槍。
ここは電車の車内。工夫すれば攻撃を受けずに倒す事も可能だ。だが、そんな工夫しているほど残り時間は無い。
武者震いする右手を左手で支える。
差し違えても殺す。

「これでどうだッ!」

槍に見事に攻撃は命中する。とどめを刺すようにグッと力を入れて押し込み、素早く刀を抜いた。
槍は無惨に散った。
それと同時に私の残り時間はほぼ無くなった。

「……これで良いのか?」
「おそらく大丈夫だと思われます」
「そうか、良かった」
「霊力が尽きる前にこのまま本丸に転送します」
「頼む」

ふと背後に目をやると意識を取り戻したのか、うつ伏せのままうつろな目でこちらを見ている。どうやら状況を把握出来ていないようだ。
最後の力を振り絞り、母親の下敷きになった娘を救出し、母親の近くに座らせる。
何も知らない純粋無垢な幼い我が主の頭をゆっくりと撫で、目を見て伝える。

「我が主よ、これから先も辛いことがあるかもしれない。だが、どうか我慢してくれないか。私が必ず未来で君を守る」
「……だぁ、れ……?」
「水心子正秀だ」
「すい……しん、し?」
「そうだ。どうか無事に生き延びてくれ。必ず私が貴方の声に応える」
「……ん……」

我が主は再び深い眠りについた。
私の元の主である母親と父親の手を取り、我が主の小さくか細い両手に重ねた。ゆっくりと瞳をとじて黙祷をした。
きっと私が我が主の初期刀となったのは、母親の愛情と私への願いが託されたからなのだろう。
「帰るぞ」
刀剣男士と管狐はそのまま車内から姿を消した。

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