Novel | ナノ


  02 誤解と理解


いてもたってもいられずに加州目掛けて小走りになる。

「あー!いたいた、清光!ちょっと聞いてよ」
「どうしたの、主?」
「また心水子がね」
「またぁ?」

今日もまた水心子に小言を言われた。
私が未熟なのは重々承知している。それに対して水心子が物申したいのもわかる。でも、水心子に認められなかった悔しさがある。
だから清光に話を聞いて欲しかった。

「……私は未熟なんだろうか」
「えっ?なんで?」
「水心子に……」
「あー」

加州は私の言いたいことを察したようだった。
そうなれば話は早い。

「私は、戦と本丸どちらにも重点を置いている。生活の質こそ仕事に直結するからね」
「だけど、水心子に言われっぱなしだったと」
「うん」
「でも、なんで主はそう思うの?」
「それは……」

私の過去を刀剣男士達に話す事はずっと悩んでいた。隠すつもりは無いけれど私の昔話なんて仕事に全く関係無い事だ。でも、これを機に伝えるべきなのかもしれないと感じた。
ただ、出来るなら最初に伝えるのは水心子が良いと心のどこかで考えていて後ろめたく思う気持ちがあった。
「あのね、清光、私……」
記憶も残っていない3歳頃に両親を列車事故で失った。
だが、私もこの事故に巻き込まれた。事故の衝撃で気を失っていたが無傷だった。それは私の両親が命をかけて守ってくれたから生き延びたと周りからは言われていた。
それから祖母に育てられた。祖母に育てられた事に全く不満も寂しさもなかった。むしろ私を成人するまで育ててくれた事に感謝している。社会人となり今度は私が祖母を支える番で給料の半分を祖母に仕送りしている。
だけど幼い私は、友達が両親と仲良くしている姿に帰ってくることない両親と自分を重ねていた。
ほんの少しだけ父親、母親という存在に憧れ、それを祖母に言えるわけもなく、少し悩んでいた時期があった。

「……だから生きてる以上、私の刀である以上は精神的に安定して欲しい。精神的余裕がある事は強みになると思ってるの」
「……」
「し、しんみりさせちゃってごめん!そういう訳じゃないんだけど、いや、でも話したら同じか……」
「話してくれてありがとう。俺も主の考えが聞けて良かった」
「こちらこそありがとう」
「俺もみんなに理解してもらえるような環境を作るよ」

清光は「じゃあ」とその場を後にした。
カミングアウトした事に一抹の不安はあるが、伝えた以上は自分でどうにか切り開くしかない。

*****

顔を洗い、腹拵えをして近侍室へ向かおうと思った矢先、加州清光を見かけた。
整えたはずの感情はぶり返し、加州清光に確認したく仕方なかった。

「加州清光」
「んー?何かご用で?」
「我が主のことをどう思う」
「え?どうして?」
「……私は馴れ馴れしく感じる。その馴れ馴れしさがいざという時に判断出来なくなるのではないかと感じている」
「んー。確かに距離感は近いよね。まあ主は俺達に戦いと日常生活を同等に重きを置いてるからね」

そんな事聞いた事がなく、少し動揺をした。
加州清光は私のことなど気にせずに話を続けた。

「それと両親を亡くしてるから余計にそう思うのかもね」
「は?」
「え?知らなかったの?」
「初耳だ」
「……主は3歳の時に列車事故で両親を亡くしたんだって。その時主も事故に遭遇したらしいけど無事で、祖母に育てられたって言ってたよ。祖母に育てられた事は嬉しかったけど、やっぱり人恋しい気持ちはあったって」
「……」
「ごめん。こんな雰囲気にしたかった訳じゃないかったんだけど」
「いや、ありがたい。……失礼する」
「え?あぁ、うん」

我が主の両親の事を初めて知った。そもそも我が主とは、日常的な会話をあまりしていないから当たり前のことだ。
ふと「水心子正秀」の事を思った。
刀工の水心子正秀は早くに父親を失い母親の実家で育ち18歳頃に鍛冶屋に弟子入りをした。のちに新々刀の祖となり、生涯に396振の刀を打った。
「水心子正秀」の場合は片親に育てられたが、我が主同じような境遇の中育ったのだろうか。
自らの言動を省みる。
今のままでも刀剣男士としては問題ないが、この本丸で過ごすのにはいささか問題があったかもしれない。だが、私が自ら話かけるのも少し抵抗がある。
新々刀の祖として振る舞いたいが、我が主の刀としても振る舞いたい。だが隙は突かれたくない。でも我が主を誤解していた事は真実である。
「くそー」
矛盾が生じる自分の行動に嫌気が差した。冷静になろうと近侍室へ直行した。

*****

「加州さん、大変だね。あるじさんと水心子さんの板挟みになっちゃって……」
「ほんッと、似たもの同士って言うの?お互い相談出来る相手が俺ってなのもどうなんだろう。主はともかく水心子に早く相談出来る仲間が出来て欲しいかな」

今日で何回2人に相談や愚痴を聞いたことか。
でも大体の話はお互いの事。仲が良いのか悪いのか。

「……俺も正直水心子の事まだ全部知らないけど、絶対あんな性格じゃないんだろうなぁとは思うんだよねぇ」
「あるじさんが誤解してるってこと?」
「そうそう。さっき見ちゃったんだよねー。水心子がお菓子盗み食いしてるとこ。凄く幸せそうな顔で食べてた」
「えー!意外!」
「あれが本来の性格なんだろうけど、新々刀の祖としてしっかりしなきゃーって空回りしてるのかもね」
「あー。なんとなくわかるかも。でも、そういうところが水心子さんらしいよね」
「まぁね。でもお互いの誤解を解かないと主のやりたい本丸を運営なんて難しいし、水心子は俺への小言が増えるだけだよねー。よし、俺頑張ろーかな」

乱を見てニヤッと笑った。どうやら乱も俺の笑いの意味がわかったようで、同じくニヤッと笑い返す。
水心子の様子を確認しにまず先に近侍室へ向かう。気づかれないように近侍室の襖をゆっくり細心の注意を払い開ける。
僅かな隙間から見える光景は想像通りだった。
襖を元通りにし主のもとへ向かう。

*****

あのあとすぐさま遠征部隊の編成発表し、図書室へ月に一度の整理をしていた。
図書室には歴史に関する書物以外に私の戦績、時間遡行軍の資料、刀剣男士達の元の主たちの書籍もある。
「そういえば」私は水心子の経歴を知らない。
彼が「水心子正秀が打った刀の集合体」という事しか知らなかった。ふと思い立ち、水心子正秀に関する資料を漁り始めた。
「水心子正秀」は幼い頃に片親を失いながらも、刀剣のあるべき姿を取り戻すべく試行錯誤し、日々精進しながら、多くの門弟を育てた。そして幕末に活躍した勝海舟も愛用し一度も抜かれることがなかった刀が水心子正秀だった。
水心子は夜な夜な一人稽古をする人だ。何事にも努力する姿勢は彼らの影響なのかもしれない。
彼のバックグラウンドに想いを馳せていると清光が私を呼ぶ。

「主、ちょっと良い?」
「どうかした?」
「水心子の事なんだけど」
「うん」
「主はさ、水心子のこと堅苦しいって思ってる気持ちには変わりない?」
「えっ?あー、うーん、まぁ……」
「そっか。じゃあ、ちょっと付いてきてくれる?」

連れて行かれたのは近侍の部屋の前だった。
人差し指で口を押さえる清光にゆっくりとうなずく。そろりと物音立てずに襖を少し開けて、中を見てと私にジェスチャーする。
そこから見えたものに驚いた。
畳の上で豪快に大の字で寝る水心子がいた。目を疑い、思わず頬をつねるが痛い。紛れもなく現実だ。
ふたたび清光は襖を閉めた。

「どう?」
「驚いた」
「でしょ?水心子のこと俺も最初は誤解してたけど、新たな一面を知って見方が変わったよ」
「……」
「今日は流星群が見れるんだって。たまには初期刀と星でも眺めながら話したら?」
「……そうだね」

思い返せば彼の時折見せる動揺しているような姿が推測から確信に変わる。
彼は「新々刀の祖」としての姿と刀剣男士としての誇りを重じているが、それを取っ払えば普通の少年だ。
「ありがとう、清光」とお礼を述べて、襖の向こうの水心子に声をかけると、部屋からガタガタッと慌てるような物音がし、その直後に「どうぞ」と声がした。

「ねぇ、水心子」
「なんだ?」
「今日の夜、一緒に星を見たいんだけど、どうかな?」
「え?……いや、構わないが。私で構わないのか?加州清光でも良かったのではないか?」
「水心子がいい」
「えっ!?そ、そうか。……わかった」

必死に「新々刀の祖」として振る舞おうと慌てふためく水心子を見て、心がぽかぽかと暖かい気持ちになる。
「じゃあ19時に玄関に集合で」と伝え近侍室を後にしようとした時だった。
天と地がゆっくりと逆転したかと思えば、急に速度を上げて落下する。

「っ!」
「大丈夫か?」

私は安心したのか畳で足を滑らせて背中から盛大に落下するところだった。それを水心子が左腕一本で私の背中を支える。瞳がいつもより近く感じた。
突然の出来事に頭が真っ白になり、咄嗟にその場から離れる。

「あ、あ、りがとう。水心子……」
「いや。それより足元はちゃんと確認しないと駄目だ」
「え、あ、う、うん」

その後、恥ずかしさなり逃げるように立ち去った。
水心子の瞳をあんなに近くで見るのは初めてだったかもしれない。とても綺麗な若竹色の瞳だと改めて思う。
今冷静に考えれば星を一緒に見たいと誘ったが、普通に考えればこれってデートのお誘いとも取れる。水心子は動揺していたように見えたものの仏頂面で了承したから、そんな意味で捉えてはいないはず。
だけど誘った張本人が動揺してどうする。
水心子には悟られてはいけない。この気持ちは秘めなければならないと決めたじゃないか。
自分の感情をコントロール出来ない悔しさに拳を握りしめる。

*****

急に星を一緒に見たいと言われて驚いたが、この機会を逃すとなかなか言いづらいと思い承諾した。
承諾したはいいが生殺し状態だった。
どうやって我が主に話を切り出せば不自然じゃないのか。そもそも我が主は何故この期に及んで私と一緒に星を見たいと言い出したのだ。相引きなのか?いやまさか。我が主に限ってそんな事。
考えれば考えるほど混乱した。
それに加えて、初めて近くで見た潤んで煌めく瞳を思い返しさらに混乱する。色々な感情を整理出来ずにいると時は来ていた。
19時に玄関に向かうと大きな梯子を肩に担いだ我が主が立っていた。
どうやら屋根の上で星を見るらしく、お互いにぎこちなく梯子を登った。

「わぁ、綺麗」
「すご……ごほん。綺麗だな」
「見れてよかった」
「あぁ」

ふと我が主の方に向いた。
夜空を見上げる主の横顔が綺麗だった。それはいつも見ている審神者としての横顔ではなく、1人の女性として綺麗と感じた。
この感情はなんだ。胸の奥がざわざわする。
なんなんだ、この気持ちは。
焦燥感でもなく、困惑でもなく、高揚感に近いが違う。
まさか。
いや、そんな事はない。違う絶対に違う。
絶対にだ。あり得ない。絶対にあり得ない。
だって我が主は人だ。

「わ、我が主」
「どうかした?水心子?」
「な、なぜ急に私と星を見たいと思ったのだ?」
「えっ、その、なんというか……」
「?」
「水心子とはこの本丸を立ち上げてから色々な事があったよね。でも、私はあなたと全然話が出来て無かったなって。私はその、清光に話しちゃったんだけど……」

白魚のような手はかすかに震えており、それを止めるために必死に握っている。
我が主が言いたい事が何かわかった。

「両親を3歳の時に事故で亡くしてて祖母に育てられたんだ。祖母は私に寂しいは思いさせまいと頑張ってくれてた。私もあなた達のこと家族って思って接してた」
「……私も誤解していた」
「え?」
「私は我が主の──」

その時だった。
強い衝撃と閃光で一瞬の隙を突かれる。何が起きたのか理解する前に我が主に手を伸ばした。
だが、遅かった。

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