Novel | ナノ


  01 偽りの初期刀


風薫る昼下がり。
昨夜は提出書類の締め切り日だった。泥棒に入られたと勘違いされてもおかしくないほど部屋は書類や資料が散乱していて足の踏み場がない。部屋の主は書類に埋まるように机に伏して眠っていた。
「まったく...」
ため息をつきながら外套を疲れ果てて眠る彼女の肩にかけた。
ふと書棚に視線を向けると一際目立つ江戸紫のアルバムのようなが目に入り思わず手を伸ばす。表紙を捲ると一枚のスナップ写真が貼ってあった。
我が主と加州清光、乱藤四郎。そして私の4人が写った写真。私を除く3人は楽しそうに笑っていた。
今思い返せば、この頃の自分とは変わったものだ。
そう、あの日から1年が経とうとしている。

*****

私は半年前の20歳の誕生日に審神者に就任した。
3歳の時に両親を事故で失った。祖母が私を親代わりとして育てくれた。その祖母にも伝えた。
ただ、審神者という職業は国家機密なので、国家公務員として働くことになったとしか伝えることが出来ない。それでも自分のことのように喜んでくれた。
審神者は初期刀と呼ばれる5人の中から1人だけ選んで顕現する事が出来て、私は「加州清光」と決めていた。

「それでは顕現させてください」
「はい」
 
緊張の一瞬。呼吸を整えて精神を統一する。
力を込めると目の前が桜吹雪に包まれた。桜吹雪が収まるとそこには1人の青年が立っていた。
ついに私も本物の審神者になれたのだと喜んでいたが、それは一瞬で覆される。

「私は水心子正秀。太平の世の刀だからと侮ってもらっては困る」
「……え?」
「おかしいですね」

顕現したのは江戸紫が差し色の黒装束を纏う小柄な青年で、加州清光とは似ても似つかない刀剣男士だった。
身体を雷で撃たれたような気分だった。それと同時に彼の若竹色の瞳に吸い込まれた。
とても胸騒ぎがする。
動揺している私に疑問を思ったのか、青年は私に問う。

「何がおかしい?私を呼び、顕現させたは我が主ではないのか?」
「……私があなたを呼んだの?」
「違うとでも?」
「お取り込み中すみません。現在原因解明中ですが、今のところははっきりとした理由はわかっていません」
「そ、そう……」
「初期刀の変更は如何なる理由でも出来ません」
「……わかりました」

全身が心臓になったと錯覚するほど、彼を見ると胸騒ぎが止まらない。
若竹色の瞳の青年はそんな私を静観している。
深く被った帽子と大きな襟で彼の表情は全くわからない。

「ですがバグの可能性があります。鍛刀後に加州清光をお渡し致します」
「お手数おかけします。えーっと……」
「水心子正秀だ」
「色々とあったけど水心子、よろしくお願いします」
「よろしく頼む」

それが私と水心子正秀の出会いだった。
そして私はあの時、彼に恋をした。運命があるのであれば、きっとこれがそうだと思う。
だが就任直後に水心子に話かけると「我が主よ。私は刀、あなたは人。違う存在なのだ。」そう言われ私の想いは呆気なく破れてしまった。
だから、諦めた。
だがある日、政府への書類作成で夜中の3時まで起きていた日があった。厨へ向かい飲み物を取りに行ったとき、武道場の電気が付いており最後の利用者が消し忘れたのかと思い、武道場に向かうと人気があった。
「水心子?」
彼は汗だくになりながら一人で稽古をしていた。なんだか彼の見てはいけない姿を見てしまった気がして、そっとその場から立ち去った。
私はその姿を見て厨で一人悶えていた。
隊長に任命すると動揺していたり、買い物に行けば自分の必要性を疑問に思っていたり。
彼の事を知れば知るほど好きになる。想いを隠そうとすればするほど燃え上がる。恋とはそういうものだ。

「主、どうしたの?」
「今日で審神者就任半年だから、ふと初日のこと思い返しちゃって。ほら、あの写真覚えてる?」
「主と俺、水心子と乱の4人で撮ったやつ?」
「うん。水心子は私が初めて顕現させた刀剣男士。乱は初めて鍛刀した刀。そして、清光は初期刀だけど政府から譲り受けた刀剣男士」
「改めて聞くと不思議な事だよね」
「本当に不思議。バグらしいけどね」
「俺のことも大事にして欲しいけど、水心子のことも大事にしてやってね」
「当たり前でしょ」

清光はニコッと軽やかに笑った。
私の想像通り、加州清光は話しやすくて、面倒見の良い刀剣男士だった。
比べてはいけないのだが、私が好きという事を踏まえ贔屓目で見ても水心子正秀は少し真面目すぎというか、堅苦しいという印象が拭いきれない。
私が審神者になった以上、それなりの成績を収めるつもりだけど本丸にいるときくらいは戦いを忘れて、せっかく人の身体を得たのだから楽しんで欲しかった。

「あー、でも……」
「でも?」
「水心子は少し堅苦しいってたまに感じるかなぁ。個人的にはもう少し仲良くなりたいし」
「あーまぁ、わからなくもないけど。さすがに主の考えすぎじゃない?じゃ、俺、馬当番いってきまーす」

「そうだね」と軽く笑って流したが、彼はそれは嫌がるのだろう。
彼は自ら審神者と刀剣男士を線引きをしているのだから、本丸で人らしく楽しむなんて出来るのだろうか。だけどこれも何かの縁だと思っているから、ぶつかり合う事が多いがどうにか少しでも彼と仲良くなりたい。
それに私は初期刀が水心子正秀だったことは驚いたけど全く後悔はしていない。
そう思った矢先、乱藤四郎が溌剌とした声で話しかけてきた。

*****

私が堅苦しい?
新々刀の祖として立ち回っているだけなのに、それが堅苦しいだって?
我が主が加州清光と話しているのを目撃し、無視すればいいものを盗み聞きしてしまった結果がこれだ。

我が主が加州清光に話していた通り、私は偽りの初期刀だ。加州清光の顕現を望んでいたが、何故か私が顕現された。
理由は半年経った今でもわからない。理由があるのであれば、私は我が主に呼ばれたから顕現しただけなのだ。
刀剣男士とはそういうものだ。
我が主は私を呼んでおきながら、かなり動揺していたようで瞳が涙で潤んでいた。動揺しつつも私を初期刀として受け入れた。
だが、私はあくまでも仮初。この本丸の初期刀は加州清光だと思っている。
昔話を思い返しているうちに加州と入れ替わるように乱が来た。

「あるじさん、今日の遠征どうするか決めた?」
「これから発表するつもり。あれ、もしかしてシャンプー変えた?」
「えっ!?わかるの?」

「当たり前だよ」と乱藤四郎の髪を撫でた。
乱の絹のように綺麗な髪を大層褒めていて、それに彼は心の底から喜んでいた。
我が主はどうも刀剣男士に馴れ馴れしいところがある。本丸の団結力が強まるのであれば、それが悪いこととは思わない。ただ、私達は刀剣男士だ。
あくまでも刀剣男士は人ではなく、刀の付喪神だ。付喪神とはいえ刀は人間に作られ使われる存在。矛盾した存在かもしれないが、人間である我が主とは線引きをしなければ、戦いに於いて支障が出る。
だから、私は本丸に着いてから真っ先に「我が主よ。私は刀、あなたは人。違う存在なのだ。」と伝えた。
我が主はその言葉に気を引き締めたように見えた。だが、半年もすれば無かった事になっている。
乱藤四郎の髪を慈愛の眼差しを向け梳いている。
心の奥底で何かモヤモヤする物が湧き出る。

「……こほん。我が主よ。遠征部隊の編成は決めたのか?」
「あっ、うん。これから発表するつもりだけど……」
「……我が主、わかっていると思うが先手を打つのは早いことに越した事はない。一応刀剣男士にも予定というものがある」
「う、うん……」
「頼んだぞ」
「わかってる……」

我が主は伏し目がちに返事をした。
あの顔は納得していない時の表情だ。

「我が主」
「な、なに?」
「まだ審神者として未熟な部分があるのをわかっているのか?」
「……え?」
「戦況は日々変化してゆく。もしもの時の為に備えをしておかなければ、いざという時戦えない。日々の積み重ねが大事ではないのか?」
「う、うん、わかってる。わかってるから……」

まだ納得してない顔をしているが、伝えたい事はたくさんあるがこれ以上話しても逆効果だ。「では」とその場を立ち去った。
我が主の伏し目がちに私の話を聞く顔を思い出すと心の中のモヤモヤが晴れない。この感情はなんだ。
考えても仕方がない。このモヤを取るには一度冷静になるしか無い。
「ふぅ、冷たいな……」
冷静になるためにした事は顔を洗う事だった。我が主と話した近くの水場は厨。
机の上に少し大きめの竹籠があり、そこには多種多様な菓子が置いてある。私は余程のことがない限り手をつけない。
だが今は誰もいない。
少し、少しだけ。ゆっくり菓子に手を伸ばしすぐさま口に運ぶ。
口の中に広がる甘さは脳を刺激し強張った神経を溶かす麻薬のようだった。
私も少し大人気なかったのかもしれない。
少しだけ反省し、近侍室へ向かうためにその場を後にした。

*****

「えぇ……」

馬当番をしに厩舎に向かったが手拭いを忘れてしまい、部屋に取りに行こうと厨を横切ろうとした時に水心子の行動を目撃してしまった。
別にお菓子を食べる事が悪いわけじゃない。
ただ、あの水心子がチョコレートを食べてとても幸せそうな顔をしているのを見てしまうと居た堪れない気持ちになり、部屋に取りに行くのをやめた。でも、これってもしかして水心子の素?
1人でモヤモヤしていると主が鬼のような形相でこちらに向かってくる。
この顔を見てこれから起こること全てを察した。

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